251. ルークの解呪 SS的な
「――ちょっと聞くが、お前はその――使い魔のフリをしていた甥を私から取り戻すためにここに来ることにしたのか?」
「そうよ。ナイトは私の大事な――半身と言ってもいいくらいの大事な存在だったの。魔王に囚われているなんて許せるわけがない――絶対に解放してもらうつもりでいたわ。自由にしないと、って思ったのよ」
「いや、言っていることがまたおかしいぞ? 取り戻しに来た自分の使い魔なのに解放? 自由にする、と?」
ひそめたままの魔王の眉とは対照的に、エリザベスははっきりと頷いた。
「そうよ。もともと元気だってわかったらそうするつもりだったの。ナイトがあなたの魔の手を逃れて、私の使い魔でなくなって、もう二度と攫われたりしないようにしないとって――そのために来ることにしたのよ」
腰に両手を当てて当然とばかりに力説する。
「お前はそのために――たかが黒豹一匹と交換に、魔王の妻になりに来た、ということか?」
呆れた顔にエリザベスは今度は怒った顔になった。
「ええそう。――あなたの奥さんになりたいわけじゃなかったけど、他に行くところはなかったし、行きたくないところならたくさんあった――背に腹は代えられないわ。あのままだとウィルの奥さんになっちゃうし――王妃よ? すっごく大変でしょう? 絶対ごめんだわ。
それに魔王ならどんな国の王子でもきっと太刀打ちできないんじゃないかなって。パートリッジのお祖父様にも勧められたし――って、お祖父様はもちろんだいたいのことはわかっていたみたいなんだけど。
私もね、あなたがどんな人なのかは知らなかったけど、トリスタンの関係者なのはわかっていたから似てるといいなって思ったし、私がちゃんと役に立つってわかったら、守ってくれるんじゃないかなって思ったのよ。
それで家事全般は完璧にマスターしておこうと思って――笑わないで。がんばったのよ。それはもう、ものすごく」
ダンジョン一階層の温泉施設の二階。
住居スペースになっている部屋のテーブルを囲んで、四人。
百面相中の魔王と、それを幸せそうに見つめるマリー……改め、セリーナ。あとは目下ここに来ることになったいきさつを力説中のエリザベスと、それを幸せそうに見つめるトリスタン。
「守るのは当然だろう――お前は自分がどれだけ得難い存在かわかっていなかったのか?」
どうにか笑いを腹に収めた魔王が目を細めた。
「ちゃんと欲しがってくれる人がいなかったもの。――ナイト以外は。
私、いつだって贅沢を言うつもりはなかったのよ。でも周りの男の子たちはみんな将来のお相手が決まっていたの。それにアルフォンソの妻になることを考えたらここの家政婦だって天と地――一生独り者の方がマシよ。あの人、性格が最悪」
エリザベスが鼻を鳴らすと魔王の顔が歪んだ。再び笑いをこらえる。
「アルフォンソとは?」
「リナリアの王太子よ――それに、ベルナルドはチャラい振りがうまくて、私ああいうのすごく苦手なの。フェリペはサディスト――王子様っていっても千差万別ね。せっかく転生したのにがっかりよ」
「ベルナルド? フェリペ?」
「どっちもハリオネスの人。国王とその弟よ」
「……そいつらからも求婚されたのか?」
「なんならエリックも数えるわよ。直接口説かれたことはないけど、弟のカイルか自分か選んでもいいって言われたわ。ちなみにモルドネシアの王太子と弟ね」
「勢ぞろいだな――ウィリアムだけでなく?」
驚きの顔。
だけど、ウィリアムの名前を聞いたエリザベスはちょっとだけ顔を顰めた。
「……ウィルのはカウントしないわ。サリーに先に会ってたら、絶対私になんか……他の人たちだってそうよ。見た目と能力だけが目的なの。
でも、ウィルには――たとえ本当の恋愛感情ではなくとも、ちゃんとした好意を示してもらえたんだから――そうね、よしとする。ウィルは王道の王子様だし、本気じゃない口説き文句だって他の人たちに比べたらずっとマシだった。求婚して欲しいとは思わなかったけど」
エリザベスがまた両手を腰に当てると、魔王の顔がまた歪んだ。
「ずいぶんと前向きだな……ちなみに、贅沢を言うなら、どんな希望があったんだ?」
「あら、わからないの?」
「居場所と愛だろう? 甥の子どもが八人――後は――何だったか。温泉を地上にひくことと、ダンジョン一階層分の農地、だったか? 魔王に向き合ってそんな要求をする人間がいるのかと――吹き出さずにいるのは大変だった」
エリザベスは今度こそ顔をそむけて小さく震えた魔王にぴしりと指を突き立てた。
「――ちょっと、笑わないでよ。私、真面目に話してたのよ。
最悪なのよ? せっかく転生したのに聖魔法付きで、この外見の公爵家の長女、しかも悪役ポジなんて――」言葉が切れた。大きく息を吐く。「偽りの求婚なんていらないのよ。置き物みたいに飾りたがる人はたくさんいても、誰も、私のことなんて――本当の意味で欲しがってはくれなかったんだから。たとえ嫁になりに来ていたとしてもあなたもそうだった。セリーナに首ったけでしょ? 私にいろいろ親切にしてくれるのは解呪目的。愛してはもらえない。嘘で慰めてくれなくていいわよ。事実だから」
「そうだな――」
目じりがわずかに下がった魔王の顔が――優しい――それは隣のセリーナの方を見たからだ。
「だが今のお前にはそいつがいる。満足しているはずだ」
そう言われたエリザベスが頬を染める。
うん。今日もかわいい。
「ええまあ――そう」
「私は約束しただろう? 『黒髪で金の目の子どもを抱かせよう』と。お前が賛同した時のそいつの顔は実に見ものだった」
「最初はどっきりしたけど、すぐにあなたたちの子どものことだと気づいたのよ。伯父様だってそういうつもりで言ったでしょう? ナニーとして雇ってもらえるならそれもいいかな、って――」
「いいや、最初から甥の子どものつもりだった。それにしても『ナニー』とは……乳母になるつもりだったのか? 確かに、贅沢は言わないと自分で言っただけあるな」
今度こそはっきりと魔王が笑った。
「笑ったわね? 最後まで笑わないで聞く、って言ったのに――私がいなかったらセリーナとのエヴァー・アフターは見込めないのよ?」
「そうだな――すまない。面倒をかける」
素直に謝罪する魔王にエリザベスがやさしい顔で笑う。
「ちっともすまなくないわ――解呪の後ってトリスタンがすごく優しいから――ダンジョン内で解呪するのって大変なのかと思ってた」
そう言いながらルークに手を伸ばした。
「ここは魔素だらけだからな――お前の処理できるだけでいいぞ?」
「わかってる。でも大丈夫よ。前よりずっと楽だから」
エリザベスの身体をしっかり抱きしめると、ふにゃ、と力が抜けた。
ルークの視線の先にセリーナ。今回の解呪が済んだら触れるようになるかもしれないという二人の期待が視線に溢れている。
抜ける魔力と、入る魔力。そこに抵抗は一切ない。フィルターを通すように、不純物がないことを確認するつもりもないらしい。
トリスタンの中から伝わった魔力は、そのまま聖魔法の発動に使われてルークの身体に到達する。
それでも五分もしないうちにエリザベスの瞼が下りるのは、やっぱりエリザベス自身の魔力がかなり薄まるからで、自分体の中に残す分の魔力はちゃんと自分のものにする必要があるからだ。
その過程が――なんか、全部俺で染まっていくって感じで――実はちょっと――いや、かなり――ため息とか、もたれかかって来た時の首筋とか、ちょっとだけ開いた唇とかも――ホント、無茶苦茶そそられるわけで。
解呪の後の自分が優しいのは、そんな状態のエリザベスがものすごく……だっていつもより色っぽ――げふんげふん。
信頼されてる。
いや、愛されてるんだな――って、ホント。




