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世界の終りまで君と  作者: 佑
第一部 第一章 理不尽な転生
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23. 前向きな帰宅

 夏の間、田舎で過ごせてよかった。


 そう考えながら馬車に揺られながらエリザベスは膝の上で丸まっているナイトを撫でる。

 ガタガタと揺れる馬車に長時間に乗っているのは辛いけれど、行った価値は十分にあったと思う。


 田舎では父親も義母親もゆっくりできたみたいだったし(父親に関してはゆっくりしている場合じゃないような気がしていたけれど)、キャサリンもどうにか貴族と平民の違いを理解し始めた。

 自分がどちら側になったのかを自覚して、自分の方が合わせなくてはならないのだと気づき、苦戦しつつもがんばっている。「なんで」「どうして」と聞く回数が減ったし、ミス・マリーゴールドの注意する声も、向こうに行ったころに比べればぐんと減った。


 マナーなんて、半分以上はそうする理由がわからないものなのだから、理由なんて考えずに覚えるしかないのだ。慣れてしまえば朝の「おはよう」という挨拶が勝手に口から出てくるように自然にできるようになる。


 勉強の進度については妹二人は全く違うようで、キャシサリンの教師は別に探すことになった。

 それが決まったアリアンヌはご機嫌で、取り組みの真剣な様子にメッシーもご機嫌。妹とその侍女はこの夏の間にグンと仲が良くなったようだ。

 キャサリンのマナーの身につき具合や勉強の進み方を間近で見たことで父親も納得したし、自分の娘に合った侍女を決める、という公爵夫人としての初仕事にゆっくり取り組めることになった義母も楽しそうだ。


 よかったな、と思う。


 仲が良くなったのはエリザベスとマリー、マリーと祖父、エリザベスとアリアンヌもそうだ。


 夏の終わりに再び様子を見に来てくれた祖父の勧めもあって、エリザベスはマリーとアリアンヌに、自分には「前世の記憶」のようなものがあり、ときどきよみがえってくるのだということを話した。


 信じてもらえないかもしれないと思っていたのに、祖父のおかげで本当だという前提で話を進めることができた。

 マリーには祖父が大体のことを説明しておいてくれたのではないかと思った――田舎への最初の訪問以来、祖父はマリーにも何度か手紙をよこしている。

 勉強の進度や生活面の指導についての手紙なのだけれど、チュンタロウだけでは心もとない部分を確認しているようにも思えたし、祖父とマリーの間で何か約束のようなものが交わされたのだと思う。


 マリーもアリアンヌも、それぞれ「未来での断罪を回避する」ために協力してくれることになった。

 その手始めとして、マリーは父親のジークフリートに報告する勉強の内容をやや簡単なものにかえてくれた。普通の子どもよりはよくできる程度に。

 王室から婚約の打診が来た時に『そこまで出来が良くない』と言えるように。

 実際はかなり良くできているらしい。転生チート、つまりズルだけど。


 アリアンヌはとてもいい話し相手になってくれた――ときどき半信半疑になるようだけれど、いろいろ質問されればエリザベスがあらためて気づくことも多いし、自分の頭がおかしいのではないかと悩むことも格段に少なくなった。


 祖父、マリー、アリアンヌに対して不思議な記憶のことを話せるようになったことで、エリザベスの心はずいぶん落ちついた。記憶の自分と、ここでのエリザベスがどんどん近くなったように思う。


 うん。いい夏になった。


 戻ればまた王都での暮らし。

 自由に出歩けない日々が戻って来ることに少し気が重くなっているのは確かだけれど、祖父による魔法講義が再開されるのは楽しみだ。


 出だしは最悪だったけれど、いい夏だった。


 窓の外を見ながらもう一度そう思う。

 七歳の自分はできるだけのことをした。

 味方を増やしたし、キャサリンをいじめていない。


 ゲームの記憶では、エリザベスに味方はいなかった。メイドのマリーとはあくまで主従の関係で、祖父はゲームには出てこない。強いて言えば妹のアリアンヌは味方だったけれど、ある一定の距離があったように思う。

 今は、味方だ。


 それに何より、使い魔をゲットできた――そう考えながら膝の上の黒豹を撫でる。


 ゲームのエリザべスにはこんな素敵な使い魔はいない。


 ナイトは本当に賢かった。

 夏の間、午前中の勉強の時間はずっとエリザベスの隣にいた。

 教科書や本をのぞき込み、じっと見つめている様子は読んでいるとしか思えないし、マリーに質問しているとしか思えない時さえある。


 尻尾を立てて首をかしげるのが合図で、理解できると首を戻し、わからないときは――本当にわかっていたりわからなかったりするのかは謎だけれど、首はそのままだ。

 エリザベスの考えすぎかもしれないけれど、マリーの方もちゃんとわかっているようで、ナイトの首が戻るまで丁寧に説明している。

 まるで生徒が増え、級友ができたみたいで勉強が楽しくなった。


 ナイトは計算もできる。

 エリザベスが計算を間違えると、間違えているところを尻尾で示してくれることがあるから間違いない。ただし暗算でできる範囲は限られているようで、桁の大きい数字の時はエリザベスが計算を書いている紙をじっと見ながら確認している。


 アリアンヌ用に作って壁に貼ってやった九九の一覧表を、マリーが自分も覚えたいと言ったのでもう一つ作って自分の部屋の壁に貼ったら、マリーよりもナイトが夢中になった。

 随分毎日熱心に見上げていると思ったら、今度は九九のカードを器用に床に並べ、前足の爪に引っ掛けてめくったりしていて――その様子はちゃんと覚えたか確認しているようにしか見えなかった。

 これも実際のところがどうなのかはわからないけれど。


 家族と一緒の食事やお茶の時間は隣の椅子の上におとなしく座っていることができるし、散歩にもついて来る。まるで仔犬のように。


 夜はエリザベスのベッドの上の足のところで丸まって寝る。時々トイレなのか散歩なのか、ドアの下の方につけられた猫用の出入り口から出て行くけれど、朝にはちゃんと帰ってきて足もとで寝ている。


 チュンタロウとも仲良しだ。

 最初の一回だけは飛びかかろうとしたので焦ったけれど、祖父の使い魔なのだと話すとすぐにおとなしくなった。時々ベランダの手すりに並んで二匹で外を見ている――動物同士で使い魔同士のせいか、何か話しているように見えることもある。


 使い魔って、そういうものなのだろうか。


 艶々の黒い毛は触り心地がよくて毎日撫でても飽きるということがないし、金色の目はとても綺麗で温かい。


 父親、義母親、妹、義妹。

 あの四人が『家族』に見えて、自分は違う、そんな嫌な気持ちになって心が落ち込むときも、自分を唯一の主人として信頼してくれているあの目を見ると、嫌な気持ちはまやかしだ、と思うことができた。


 いつだって一人じゃない。

 ナイトがいる。

 自分のことを必要として、好きでいてくれる人――正確には人じゃないけど――がいるのは支えだ。

 期待には応えたいと思うし、まっすぐ向けられる瞳に恥じない人間でいたいと思う。

 キャサリンや両親に向かう、もやもやした気持ちはそういう人間にはそぐわない。


 本当にいい拾い物をしたと思う。


 現に今、こうやって王都に帰るのが嫌じゃないのも、ナイトのおかげだ。

 父親の膝に頭を乗せて眠っているアリアンヌ、義母親の膝にはキャサリン。

 エリザベスの膝にはナイト――一人じゃない、と気づかせてくれる。

 ガタガタ揺れる馬車の旅も、ナイトがいるから悪くない。


 未来の学校でだって――たとえ断罪イベントが避けられなくても、きっとナイトは一緒にいてくれる――だからその時もその後も――きっと前を向いていられる。


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