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世界の終りまで君と  作者: 佑
第三部 第四章 障害
202/253

202. 一応、落着?

 シュヘル邸の中だけだけれど、レイラが時々人の形で過ごすようになった。

 それだけじゃなくて、エリザベスと一緒に家事もするようになった――やっぱり両手が使えるようになったのが大きいと思う。


 家事は好きじゃないのだとばかり思っていたのに、実際やってみるとレイラはけっこう器用で、「『人間の』母親が一通りの家事は教えてくれたの」と話してくれた。


 人の時は大抵は日当たりのいい応接室か庭にいる。

 小さな袋に乾燥させた花を入れたポプリを作るのがレイラの新しい(子守りの合間の)仕事になった。冒険者ギルドに依頼を出して、ダンジョンの二階層で花を採って来てもらって、薬草と同じようにエリザベスが乾燥させる。その花の部分を(一部の品種は茎や葉も)使っている。

 結構好評で、商業ギルドを通じて薬などと一緒に王都の雑貨店でちまちまと売りだそうかという話になったら、レイラが「仕事ってこんなことでもいいの?」と笑顔になった。


 サラとレイラとエリザベスはますます一緒にいる時間が増えた。

 興奮した子どもたちを落ちつかせる時はこの三人が有効で、サラとレイラがそれぞれロランとエリックを捕まえる。ロランは大抵それだけでおとなしくなる――サラに首元を強く噛まれると小さく「キャン」と鳴いてそれまでだ。


 けれど、レイラはそこまで冷徹にはなれなかったらしい。最初はエリックを捕まえた状態でエリザベスのところに引きずって行くことが多かった。

 エリザベスがエリックに触ると、沸騰した鍋に水を入れたかのように急におとなしくなるのはけっこうおもしろい。

 レイラの「エリー、お願い~」っていう声は当初こそけっこう響いていたけれど、だんだんと減ってきて――「おとなしくしないとエリーのところに連れて行くわよ?」っていうのが増えてきている。


 二匹はかなりやんちゃで、っていうか、一匹だった頃に比べると三倍いや、十倍くらいうるさくなったような気がする。お互いに遊び相手ができたことがよっぽど嬉しいのか、大抵は動物の形で駆け回っている――この二人は大きさもあまり変わらない。


 当然エリックがレイラと二人で過ごす時間はかなり減ったのだけれど、レイラは楽しそうに遊んでいるエリックを見るのが嬉しい(それに安心でもある)らしく、ご機嫌だ。たとえ乾燥させた花の中でかくれんぼをされても、割と鷹揚にあしらっている。

 ただし一度やってはいけないと叱られた悪戯を再びやった時や危ないことをした時は遠慮なく捕まえて叱る。

 本当に姉のようだ。


 そのうちレイラがエリックを抱っこしたままソファでうたた寝をしたりするようになった――何の警戒もしない状態。それはレイラの中ではあきらかにエリックの『本来』より『現在の外見』が優先されているせいだと思う。


 まあ、行動もぐんと幼くなったし……。

 だけど、あれはたぶん――半分くらい、いやもっとかも――わざとだと思う。

 困り顔のエリザベス曰く『かわいい見た目を利用して、警戒心を解かせる作戦』。

 あまりに子ども扱いされ過ぎて情けない顔をしているときもあるけれど、フラれて国に帰るよりはずっといいのだろう。


 優秀な従業員候補を失ったラグドルは「さっさと戻してもらえよー」って言ってるけど、あの様子だとまあ、それは当分ない、と思う。



~~~~~~



 あの夜のことは、翌日話すことができた。

 トリスタンとエリザベスが起きたのは十時近かった。

 かなり疲れていたのになんで目が覚めたのかというと、


「エリー! 起きて! 大変! エリックが縮んでる!!」


 って大声と一緒に、レイラが寝室のドアを叩いたからだ。


「今行くから待って――」


 とりあえずまだぼんやりと眠そうなエリザベスの額にキスをしてから――本当に、出て行かれたとかじゃなくてよかった――眠い目をこすりながらドアを開けたら、『人』のレイラが小さい黒豹を抱えて立っていた。


「あ、トリスタン。ごめんなさい、起こして――仕事、休んだのね? 昨日はありがとう。あたし――取り乱してごめんなさい。もう大丈夫――トリスタンの怪我は大丈夫だったの? それ、エリーが治してくれたのよね? よかった――ほら、エリック、あなたも謝って!」


 両手で持った黒豹をぐっと前に突き出す。

 情けない顔と体勢だけど、フラれたわけではなさそうだ。そしてなぜかところどころ……白い。黒豹なのに。


「……とりあえずよかったな――で、捕獲されたのか?」

「……ありがとう。まあ。そんなところだ」


 『何が』を省いて会話した。


「『よかった』?『ありがとう』? 違うわよ、エリック! あなた昨夜トリスタンに噛みついたのよ!? 凄い音がしたんだから!! 絶対肩の骨が折れてたし、ものすごく痛かったはずだし血も出て――」


 勢いよく話しながら、両手でつかんだ黒豹を容赦なくガクガクと揺さぶるレイラを見ていたら、昨日のことについてエリックを追及したい気持ちや怒りが急激に失せて――それでもそのまましばらくやらせておいて、もういいかというところで止めた。


 揺さぶられるままになっているのはなかなか辛そうだ。

 そしてふわふわと白いものが飛んでいるのはなんだ――粉、か?

 黒豹がくしゃみを一つ。

 レイラも一つ。


「レイラ、昨夜のことは朝のうちに謝ってもらったから、もういいんだよ」

「え!? そうなの? もう会ってたの?」

「ああ、うん。なんか、うちのジジイが『そうした』らしい――詳しくは本人に聞いて――っていうか、下に行っててくれる? ちゃんと着替えてから降りるし、俺とリジーもまだ話せてないんだ」


 頷いたのを確認してドアを閉める。

 振り向いたらまだベッドにいたエリザベスが――こっちを見ていたと思ったのに、そのまま俯いてしまって、足が止まった。

 俯く直前の顔が、泣きそうな顔に見えたから。


「……リジー、昨夜は――えっと――」


 さっきの顔と、半分治っていた肩の怪我。

 レイラといた時のことを見たんだとして――別に何もなかったけど――何と言ったものか。

 『本当に、かなり辛かったんだよ。そこは間違いない』エリックはそう言っていた。

 それに、エリックからだいたいのことは聞いたけど、エリックが小さくなる前のことと、ここで一緒に寝ていた理由は――エリザベスからも聞いておきたい。

 どう聞いたものか。


「トリスタン――今の、レイラなんでしょう? あの痕をつけたのは……エリックよね?」


 迷っていたら震え声が聞こえて、本当に泣きそうなんだとわかって、ベッドに駆け寄った。

 『あの痕』っていうのは、絶対レイラの首元の赤い痣のことだ。


「そう――あれは俺がレイラを見つけた時にはついてたんだ。昨日、エリックがレイラを酷く怖がらせたのは、あれのせいもあったみたいで」


 急いで説明したらちょっとほっとした顔――それが心配だったのか? だとしたら杞憂だ。


「昨夜は菩提樹の木の上に黒豹のレイラがいるのを見つけて、一緒に帰ってきたんだけど、レイラはまだ怖がってたんだよ。

 だから俺はエリックとは違うしそんなことしないってわかってもらおうと思って、レイラに言われるままにナイトで背中に登られたり、首の後ろを咥えられたりたりとかして――おとなしくいろいろ試してもらってから、最終的に安心させようと思って軽くハグしたんだけど、戻って来たエリックがそれを見てカッとなったらしくて――飛びかかられて、あの怪我だったんだ。

 レイラの怪我もそのときのだ。あとで診てやってくれる? 俺の首を狙ってたエリックを止めようとしてくれたんだけど、逆に押さえつけられて――さっきは見えなかったと思うけど、怪我をしたところは首の後ろと肩の後ろなんだ。

 レイラの呼びかけでエリックは正気に返って、そのまま応接室から飛び出したんだけど、レイラはすごく泣いてて――しばらくしてから部屋に送ったんだけど、震えが収まらなくて――そのままあそこにいるうちに、俺も寝ちゃって――ごめん。見たんだよね?」


 一気に説明したら。


「……うん。ごめんなさい」


 ん?

 謝られた――?


「なんでリジーが謝るんだ? あそこで寝ちゃったのは俺のせい――」


 顔を上げたエリザベスの目に涙が盛り上がった。


「私、治癒魔法、最後までできなかったの――あれはきっとレイラだって、わかってたのに。あんなふうに他の人に触ったら嫌だって、それしか考えられなくて、手が震えて、ダメだった。ただ、嫌だったの――だから、ごめんなさい……それ、私がやったの?」


 そのまままた俯いた。

 怪我が半分治ってたのはそういうわけだったのか。

 そして、それも気になってたのか。


「嫌な思いをさせて、ごめん。うん。残りの怪我は俺がここに来た時にリジーが触って――もう殆ど治ってたし、あっという間だった」


 そっと抱き寄せると、すんなり腕の中に納まりはしたんだけど、――納得してもらえたのかな――なんか、エリザベスらしくないような気がするんだけど。

 そのまましばらくそうしていたけれど、思い出して聞いた。


「エリックは――どうしてああなったんだ? ジジイがやったってのは聞いたけど、それに俺が戻って来た時にあいつがここにいたのは――」


 腕の中のエリザべスの肩がちょっと強張った。


「それも……ごめんなさい」

「?」

「昨夜――ちょっと寂しくて、エリックに黒豹に変わってもらったの。ちょっとだけ撫でさせてもらいたくて――ほら、小さい頃、嫌なことがあった時にしたみたいに――」

「ああ――」


 って。エリックに抱きついたって話?

 まさか、それも気になってたのか――つまり、気にするようなことがあったってことか?


「さすがに本人にってわけにはいかなかったし、とりあえず黒豹でハグさせてもらったんだけど、ちょっと――」

「ちょっと?」


 言い淀む様子に不安になる――それに自分がやったことを棚に上げているのはわかるけど、黒豹のエリックをハグしたと聞いて小さなイライラが湧くのは――なんて勝手な自分なんだって思うけど。

 俯いた顔の顎にゆっくり手を当ててそっと顔を上げさせてみたら、そこにあったのはやましさではなくて、その点ではほっとしたんだけど、やっぱりなんだか――それにちょっと情けない顔? みたいに見えた。


「あのね――なんか、妙な感じで魔法が効いちゃったみたいで……」


 それはどういうことだろう?

 ちょっと首を傾げて言葉を促す。


「私の不安な気持ちがエリックにも移った感じで、その……私が触ってないとエリックが泣くようになっちゃったの。それに、トリスタンのことを考えると即座に攻撃したくなるって言うし、レイラのことは襲い掛かりたくなるって――あの、そういう(・・・・)意味で。

 私に触っていないと感情の制御ができない、って言われて、お互い困っちゃって」


 眉の下がった困り顔は、その時のままの心境だろうか。

 そして――『泣く』ようになっちゃった、って言った? 他はともかく、エリックが? 不安で『泣く』とか、あるのか?

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