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世界の終りまで君と  作者: 佑
第一部 第一章 理不尽な転生
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18. 飼い猫

 ウィルベリー家の領地の邸に向かって歩きながら話すエリザベスによると、どうやらエリザベスは朝食後に「散歩に行って来る」とだけ言って邸を出たらしい。

 そして、邸に着いたのは――午後のお茶の時間に近かった。


 祖父が「守らなければ」といった子だ。さぞ邸ではみんなが心配しているだろう、と思ったのに――そこに公爵夫妻はおらず、いたのは侍女のマリーと執事のパークスだけだった。

 ウィルベリー公爵夫妻と他の娘二人は……領地内の湖に浮かべたボートに乗って遊んでいた。


 パークスがすぐさま若い従僕の一人を知らせに走らせたけれど、知らせを受けた四人が急いで戻って来るようなことはなかった。


 やはりウィルベリー公爵はあまりよろしくない人物のようだ。


 メイドのマリーが取っておいてくれた昼食を、エリザベスの部屋で一緒に食べる。

 エリザベスは自分のぶんを半分にしてトリスタンにくれた。

 しかもそれを床に置くのではなく、きちんと皿に盛り付けて自分と同じテーブルに乗せた――黒豹なのに。


 実際のところマリーはちょっと顔を顰めたのだけれど、「『チュンタロウ』はいいのに『ナイト』はダメだなんておかしいわ。同じ使い魔なのよ」とエリザベスが言うと渋々ながら頷いた。


 エリザベスには『チュンタロウ』という使い魔がいるのだろうか。

 なんにせよ、一人前の扱いは嬉しかった。


 久し振りのちゃんとした食事はものすごくありがたかったけれど、食べてみてわかった――すごく食べにくい――黒豹だし、ナイフもフォークもスプーンも使えない。


 エリザベスは楽しそうに笑ってくれたけど、スープに鼻を突っ込むことになって、コツを掴むまでに五回もくしゃみをした。カップに当たるひげが邪魔で、感覚がおかしいせいだ。肉を噛み切るのも大変だった。


「次からはあなたの分も小さく切って出すわね」


 大きく頷いた。

 使い魔の中には人に変身するようなやつもいるらしいから、自分も早めにそういうやつの一匹だってことにできないかな、と、ちら、と考える。

 だけど今後のことを考えると、動物の姿で食事をするのに慣れる方が安全かもしれない、と思い直した。


 ここにいる間はともかく、王都に帰ったら自分は『目撃者』で『生存者』だ。


「ねえ、ナイト。とりあえず他のみんなの前では普通の猫のフリをしていてくれない?」


 食後にそう言われて首をかしげた。どういうことだろう。


「私が魔法を使えるってこと、あの三人は知らないの。

 アリアンヌは気づいているし、お祖父様は知っているし、マリーもだいたいのところは知っているんだけど」


 今度は反対側に首をかしげた。つまりどういうことだろう。


「あのね、私の魔法、珍しいでしょう? ――って、あなたに言ってもそれはわからないわよね。……でも一応説明するわ。だってあなたは私の使い魔なんだし――あのね、魔法の力を周りに知られると、私の未来はゲームのシナリオどおり強制的に王太子の婚約者にされて、断罪イベントまっしぐらで追放なの。だからそこを回避するために、私が魔法を使えることは秘密なの。

 だから使い魔を持てることも今は秘密。正直あれであなたが使い魔になるなんて思っていなかったし――だけどあなたのことは、王都に帰ったらちゃんとお祖父様と相談するから――お祖父様なら絶対どうにかしてくれるから。だけど、それまではただの黒猫ってことにしておきたいの。わかるかしら?」


 正直よくわからなかった。


 『ゲームのシナリオどおり強制的に』、『断罪イベントまっしぐらで追放』のあたりが特に。


 でもはっきりわかったこともあった。


 『王太子の婚約者にされて(・・・)』、『そこをするために』ってところは特に。


 つまりそれって、トリスタンの――いや、エリザベスのためにすご~く大事なところだ。

 よ~くわかったから、とりあえず頷いた。

 不安そうな顔だったから、ちゃんとわかった証拠に「ミャ~」と猫らしく鳴いてみせたら、にっこり笑って頭を撫でてくれた。


 ……幸せだ。

 なんか、豹なのに鳥みたいに飛べそう。ふわふわしてる。


 やがて四人が帰ってきた。出迎えたエリザベスに黒髪の妹――アリアンヌが飛びついて、「お姉さま、しんぱいしたんですよ」と責める様子はかわいらしく、仲良しなのだということがわかる。

 義妹だというキャサリンも、「いっしょにボートにのりたかったです」と残念そうに言った。仲は悪くないようだけれど、慣れていないのか、少しぎこちない。


 妹二人は髪や目の色が違うだけでよく似た姉妹だということに気づいた。

 服も髪型もお揃いだ。


 この二人の様子に対し、父親は「周りに心配をかけるな」と一言注意しただけだったし、義母親は何とも言えない顔で頷いただけ。あきらかに愛情も関心も薄そうだ。


 なんだかなあ。ちょっともやもやする。


「散歩に行って、木陰で本を読んでいたらつい眠ってしまったの。ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。これからは気をつけます」


 エリザベスは穏やかな声で言って綺麗に頭を下げた。

 それからちょっともじもじした――なんか、その動きがかわいい。


「あの、お父様、お義母様……」


 小さな声で言うと、公爵がエリザベスを見おろした。


「なんだ?」

「一つお願いがあるのですけれど……」


 胸の前で合わせた手が、ますますかわいい。見上げた上目遣いも、かわいい。

 どうせなら冷たい両親じゃなくて、そういう感じでこっちを見て欲しい――じゃなくて。


「うん。なんだ?」


 そう言った声が先程より少しだけ柔らかい――いや、引きつっているような――?


「猫を拾ったの。飼ってもいいでしょう? ちゃんとしつけるし、お祖父様が使い魔にする動物を探して早めに慣れておいた方がいいって言っていたの。この子がいいの。お願いします」


 エリザベスの腕が下りてきて床から抱きあげられた――うわ。すっごい、いい匂いする。

 グルグルと勝手に喉が鳴った。


 は~、幸せ。


 何が起こっているのかよくわからないうちに、トリスタンはエリザベスの飼い猫に決まっていた。

 ちなみにトリスタンがエリザベスに抱きあげられている間に、エリザベスの父親が「そうか、義父ちち上が……アーノルド公がおっしゃったのか……それなら仕方あるまい」と呟いて遠い目になったことにトリスタンが気づくことはなかった。


「ありがとうございます。お父様、お母様」


 その声と一緒に床に下ろされて尻尾をゆらす。


 は~、やばいな。なんだろう。

 さっきの幸福感と安心感――まるでマタタビをもらった猫だ。


「おいで、ナイト」


 呼ばれて忠犬のようにとことことついて行く。

 猫だけど。

 いや、豹だけど。

 いやいや、本当は人間だけど。


「よし、作戦成功。おねだりは苦手だわ……だけどお祖父様のお名前を出す効果は最強ね!」


 部屋に入って扉を閉めるなりぐっと拳を握るエリザベス。


 おねだりが苦手……それでもじもじしていたのか。

 ホントどこまでもかわいいな。この子。


 エリザベスがベッドに腰掛けたので飛び乗って隣に座ったら、ドアに小さなノックの音がした。


「アンナ? どうぞ?」


 ドアの向こうにいたのはその通りアリアンヌで、ベッドの上のトリスタンを見てぎくりと動きを止めた。そのままじっと見つめられて、なんだか居心地が悪い。


 さっきはいい子だと思ったけど、なんだ? この妹は。


 そう思っていたら、妹は突然口を開いた。


「お姉さま……まさかその生き物といっしょにおふろに入ったりなさいませんよね?」


 黒豹でなかったら真っ赤になっていたと思う。


 なに、この妹、いきなりなにを言い出す――何に気づいたんだ。

 エリザベスは気にも留めない様子だった。


「――この子は猫科だもの、水は嫌いだと思うわ」


 邪気のない目でじっとトリスタンを見る。

 そこにふっと恐怖が混じった。


「まさかダニがいるの? ベッドに乗せちゃった――洗った方がいいと思う?」

「……ダニはいない、と思う。でもお姉さま、もしかしていっしょにねようなんて考えていたりしないわよね?」


 黒豹でなかったら――以下同文。


「ダメなの? 艶々で気持ちよさそうだと思ったんだけど」


 黒豹でなかったら――以下同文。


「ベッドに入れちゃダメ。それ、オスよ」


 黒豹でなかったら――以下同文。

 なになになになに、なんなのこの会話。この妹、なに?


「……猫科よ?」

「……何でもよ」


 もちろんそんなつもりはないけれど、使い魔って予想外にいいポジションだったんだ。

 寝顔とか見れるんだ――嬉しくなってグルグルと喉が鳴ったら、妹の目つきがきつくなった。


「お姉さま、おいそがしいとは思うけれど、おじいさまを呼んだ方がいいと思うわ。その猫にはちゃんとくびわ(・・・)を作ってもらったほうがいいと思う」


 う。

 ウィルベリー家の祖父母はもう死んでいる。

 つまり、この場合の『おじいさま』っていうのはつまり、トリスタンの祖父だ――。

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