13. 治癒魔法
翌日、約束の時間通りに訪ねてきた祖父は、なにやらひどく深刻な顔をしていた。
しかもエリザベスの部屋に入るなり、何かの呪文を呟いた。
「ちょっとした、盗聴防止の魔術じゃ、気にせんでいい。聞きたいことがあっての――」
そう言って窓を開けると、チュンタロウが飛び込んできて、テーブルの上に着地しようとして滑り、勢い余ってつつつーっと行き過ぎて、テーブルの反対側から落ちてもう一度飛び立ち、今度は滑らないようにゆっくりと着地した。
その愛らしい様子にエリザベスが笑い出す。
朝からかわいいものを見せてもらっちゃった。
祖父がそんなエリザベスを見てちょっと困った顔をしてから窓を閉める。
「これなんじゃがの、エリザベス、お前昨日こいつに何をした?」
?
わけがわからず首をかしげたエリザベスに、祖父は「座りなさい」と、促した。
昨日のようにテーブルを挟んで腰掛ける。
「わしは昨日、『こいつには古傷がある』と言ったじゃろ? 本来ならこんなふうに勢いよくは飛べんのじゃ――それが昨日の夕方に帰ってきたと思ったらこの通り。何があったのか聞いてみても、こいつの頭にはお前の顔が浮かぶばかりときた」
それは、つまり。
考えつく心当たりは一つだけだ。
エリザベスの治癒魔法を扱う力が本物で、それが発動したってこと……だと思う。
昨日、アーノルドが帰った後もチュンタロウはしばらくエリザベスの部屋のバルコニーにいて、手のひらや肩に留まってかわいらしく鳴いたり飛び跳ねたりして楽しませてくれた。
それが本当にかわいくてかわいくて――エリザベスも頬ずりをしてみたりそっと羽を撫でてみたり、かなり仲良く過ごしたと思う。
それがまずかったに違いない。
情けない顔で祖父を見上げることしかできない。
祖父も同じような顔で向かいからエリザベスを見おろしていた。
「のう、エリザベス。他言はせんと約束するから、話してくれんか――メアリーアンが亡くなって以来、お前の様子はおかしかった。
わしがずっとこの家を監視しておったのはもう気づいておるじゃろう?
お前は独り言が多くなったし、行動もずいぶんと変わった。
母親を亡くしたショックからのことかと思っていたが、それだけとも思えん。
勉強の進み方も話し方も、どう考えても七歳の子どものものではない。
急に魔法に興味を持つようになったかと思えば特性は隠しておきたがる。通常なら夢を描く王太子との結婚を酷く嫌がったり、おそろしく現実的にとらえたり――それに、お前は何を恐れておる?」
ため息がこぼれた。
怖くもあり、嬉しくもあった。
この人は自分のことを本当に心配してくれている。
「――自分の、未来を」
信じてもらえるだろうか。自分の前世としか思えない『記憶』が勝手に湧いてきて、これから起こる自分の未来を知っているだなんて。そしてそれを変えたいと思っているなんて。
「お前には『予知』の能力があるということか?」
そう聞かれて首を振った。
そうではない。
「私にわかるのは、このままだと自分が王太子の婚約者になって、いずれはそれを破棄されて、辺境に追放されてしまうっていう未来――それだけです。私は、それから逃げたいの。誰かをいじめて傷つけたり、傷つけられて罵られて追放されるなんて嫌。せっかく生まれたんだから幸せに生きたいの」
なのに、次々と起こる出来事は、すべて記憶にあるゲーム通りの方向に向かっている。
父親と不仲になり、義妹に嫉妬して、魔法の能力まで設定そのままの治癒魔法――逃げられそうにない。
「王太子の婚約者になんて、なりたくないの。でも私がすごい治癒魔法を使えるって知られたら、きっと婚約者にされてしまう。それを回避するための情報がほしくて――それに、どうしても断罪イベントが避けられないなら、一人でも生きられるようにと思って。だから勉強をがんばって、魔法についても調べなきゃって――」
でも、本当にこれでいいのかわからない。
どこまで抗うことができるのかわからない。
「なんと、お前が使えるのは聖魔法か――」
ぼんやりとした祖父の声に遮られ、ハッとした。
今、自分は何をどこまで話した? この人は――祖父は信じてくれたのだろうか。
驚愕の顔でエリザベスを見つめたまま固まっていた祖父は、小さな雀につつかれて我に返ると頭を振って話し出した。
「わしは最初に魔法には三つの系統がある。と、言ったじゃろう。
二つは自然界にあるものを使う黒魔法と白魔法。黒魔法は火や水、土や風を操るもの、白魔法は傷や病を癒すもの。
更に少ないのが三つ目――聖魔法の使い手なんじゃよ。白魔法で癒すことのできないものを癒す。身体に固定してしまった古い傷や失った手足も再生できるし、死んでさえおらねば死者の世に行きかけた人間でさえも癒すことができると聞いておる――わしもこれまでその使い手に会ったことはない。文献で見るばかりじゃ」
まじまじと孫娘を見る目には畏敬の念というよりも恐怖の感情までありそうだった。
「お祖父様……それを誰かに知られたら、私は――私が王太子の婚約者にされない道は?」
「あるわけがない」
二人の間に重い沈黙が落ち、エリザベスの目に涙が浮かぶ。
「のう、エリザベス?」
先に口を開いたのは祖父だった。
「お前が聖魔法の使い手じゃとしたら、婚約破棄などありえん。絶対に逃すことはない。ましてや追放など――思い違いではないのか?」
言われてエリザベスはかぶりを振った。
「王子はキャサリンを選んだわ――私はあの子に嫉妬して、学院にいる間ずっと嫌味ばかり言って――あの子はそのせいで周りから嫌われて。でも、そんなあの子を助けてくれる人たちがいるの。その中の一人が王子だった。
あの子は愛されるようになるの。私は自分の力さえうまく扱えなくて、嫉妬に耐え切れずにあの子を叩いてしまう。それを王子に見られて――いじめの全てが明るみに出て、それがすべて私のせいにされて、心の歪んだ私には王妃になる資格はない、って――それで追放されるの。それだって、優しいあの子がとりなしてくれたから追放で済んだだけ。義理とはいえ未来の王妃の姉を『国外追放や死刑なんてやり過ぎだ』ってあの子が――私、そんな未来、嫌だ」
「なんと、見てきたかのように言うのじゃな……」
だって何度も見たから。ゲームの画面で。
俯いたエリザベスの頭を祖父はポンポンと叩くように撫でた。
「お祖父様、私のこと、頭が変になったと思いますか? すべて嘘で、戯言だって」
「いや、思わんよ。お前の話し方にはふざけたところはなかったし、七歳のお前が考えつけるような話でもない。言葉使いもそうじゃ。
――聖魔法――お前は治癒魔法、と言ったか? それはすでにこの雀に行われておるしのう。
そうそう、その魔法じゃが、一体どうやったんじゃ?」
聞かれて首を横に振った。
わからない――特に何もしていない。
「なんと――無意識か。こればかりは他で試すわけにもいかんし――手足など生やした日には一発でバレる。
どおりでメアリーアンがお前をできるだけ外に連れ出さないようにしていたわけだ……お前をうちに連れて来たのもほんの数回だけじゃった。
お前たち姉妹は本当になんとも……妹の方はわしを見ると鬼か悪魔を見たかのように泣きよるし……」
長々とため息を吐くと、祖父は優しい微笑みを見せた。
「なあに、お前はまだ七歳。時間はある。ゆっくり練習すればよい――まずは座学、避暑から戻ったら魔力を起こして白魔法を中心に進めようぞ――聖魔法が発動した時に白魔法だとごまかせるようにならねばならんからの。
白魔法にも適性はあったのじゃろ?」
情けない顔でなんとなく頷く。
「よいよい、明日もう一度調べよう。水が普通の動きをせなんだのはわかっておる。それに魔力が眠ったままでも聖魔法が使えることもわかっておる。何事もひとつずつ、じゃ」
かくして、本格的に祖父から魔法を学ぶことになった。




