12. 魔法講座
「お祖父様、魔法を使えるようになるにはどうしたらいいのですか? 魔力を目覚めさせた後は?」
心配事が一つ消えてほっとしたエリザベスは勢い込んで質問した。
「そこからは人によるが、願う、祈る、それと同時に呪文を使うなど、様々じゃ。それは学校に通うようになれば基本を教えてもらえるのでな、そこから自分の使いやすいように変えていくんじゃ」
「それで、お祖父様には何ができるの?」
ちゃんと適性があったことにほっとし、その適性もごまかせるとわかったら、どんどんワクワクしてきた。
そんなエリザベスを見て祖父がカラカラと笑う。
「わしか? わしならいろいろできるぞ?」
いうなり、テーブルの上に置かれた紙の束から一枚がふわりと浮かび上がった。
そのままエリザベスの目の前に着地して、次に浮かび上がったのはペン。それがひとりでに開いたインク壺に飛び込んで、蓋はことりとテーブルに落ちつく。
さらさらと文字を書き始めたペンをエリザベスは目を丸くして見つめた。
なんて不思議――。
「お祖父様、私にもできるようになりますか?」
「うむうむ。まずは魔力を起こして、それから一つずつの要素で練習するのじゃ。コップに入れた水を震わせるとか、鳥の羽を飛ばすとか」
頭の中に木の棒を持って大きな羽をふわふわと浮かばせるくせ毛の女の子の姿が浮かんだ――これも『記憶』の一部だろうか? それとも本か何かで読んだのだろうか。
あんなことができるようになるのかな。あの棒はなに――そうだ、あれは杖だ。
「お祖父様、『杖』は? いらないのですか?」
「ほう? 誰から聞いた?」
誰から?
ということはやっぱりこれも『記憶』の産物だったか――。
言い淀んだエリザベスを見て何を思ったのか、アーノルドはそれ以上追求せずに話を進めた。
「魔法を扱うときに媒体を使う者はおる。その方がわかりやすいこともあってな。『杖』は便利じゃ。じゅうぶんに慣れれば必要なくなることもあるが、使った方がいい場合もある。薬液を混ぜる時に指を使っていては溶けかねんのでな。
だが何を媒体にするかは人による。『言葉』を使う者も多いぞ。『呪文』というやつだ。『紙』もよい。文字や記号、絵を描いて使う。『護符』は白魔法『呪符』は黒魔法……。
そうそう、使い魔という言葉を聞いたことはあるか?」
それはマリーが見せてくれた今世の本で読んだことがある。
動物を使役する人が出て来る絵本や物語はここにも普通に存在していたので、エリザベスは大きく頷いた。
「本で見ました。あんなふうに動物を仲間にすることが本当にできるのですか?」
「あれは中々便利なものだぞ。自分の代わりにいろいろ用事をこなしてくれるし、伝令のようなことをするヤツもおる。わしのを見るか? だが他のやつらには言うなよ」
「いいのですか!?」
いったいどんな生き物だろう。魔法の第一人者と謳われる祖父だ。きっと見たこともないような生き物使役しているに違いない。
エリザベスの心が浮き立つ。
片目をつむった祖父が立ち上がり、窓辺に歩いて行ってガラス戸を開けた。
と、バルコニーの手すりに、一羽の雀がとまっていた。
……。
カラス、ではなく、雀。
黒猫でもなく、雀。
エリザベスと目が合った雀は、小さくぺこりとお辞儀をした。
なんと。……かわいい。
「お祖父様……なんてステキな使い魔でしょうか♡」
「じゃろう? みなわしの使い魔と聞くともっと恐ろしいものを想像するのじゃが、そういったモノは目立つ。もちろんそういうモノもおるにはおるが、相手に気づかれては監視はできん」
カラカラと笑って肩目をつむっる祖父。この人がなぜあれだけ父の動向に詳しかったのか、理由が分かったエリザベスだった。
「この雀さん、お名前はあるのですか?」
そう聞いたら、祖父の目が細くなった。
なんだろう。でも、まあいいや。
「触ってみることはできるのですか? おやつをあげてもいいですか?」
目を輝かせて雀に手を伸ばそうとする孫娘を見て、祖父の頬が緩む。
「ペットではないが、お前が触りたいなら構わぬよ……使い魔の契約について知っているわけではなかったのか……まあ、それはそうじゃな、まだ七歳の娘だ……うむ」
「お祖父様? どうしたんですか?」
何やらぶつぶつ呟いているが、エリザベスはかわいらしい雀の方に夢中で一切気にしていなかった。やわらかそうな羽根にそっと触れると、つるつると滑り、温かい。
エリザベスはこれまで生き物を飼ったことがなかった。理由はわからないが、メアリーアンがが許可しなかったからだ。
初めて触れた小さな命はとても繊細で愛おしい――。
「お祖父様、掌に乗せてもいいですか? この子は何を食べますの?」
「乗せるのはかまわんがペットではないので餌はいらんよ――基本は野生じゃ」
『乗せるのはかまわん』と言われた時点でエリザベスは掌を上にして差し出していたし、雀の方も心得たかのようにそこに飛び乗っていた。
「あら、でも野生なら私、触らない方がよかったのでは――」
そうは言ったものの、掌の上をちょんちょんと飛び跳ねるように歩く爪がくすぐったくて楽しい。それに重さがわからないくらい軽い。
人の匂いが着くと生きるのが難しくなるため、野生動物には触れない方がいい、という考えが頭をよぎったが、あっという間に消え去った。
だって触ってもいいって言われたし。かわいいし。
「私もこんなかわいい使い魔を連れられるようになりたいです。お祖父様が本当にうらやましい♡」
「そうかそうか。わしもこいつは気に入りでのう。本来なら契約を破棄して自然に返してやる年は過ぎたのだが、古傷のこともあるし、最後まで面倒を見るつもりでおるのじゃ。こいつもそれでいい。と言うのでな」
少し寂しそうに言う。
「まあ、この雀さんお話をするのですか。なんてお利口さんなのでしょう――」
ますます目を輝かせる孫娘を見て、つい祖父も口が緩んだのか、ちょっとだけ詳しい話をした。
「使い魔の契約をするとな、言葉を交わせるようになるやつがおるのじゃよ。契約には名前が必要で、こいつにはわしが名前を付けたんじゃ。その名前をわしが覚えている限り、こいつはわしの使い魔なんじゃよ。だからさっきはお前の質問に答えなかった。名前を共有すると、こいつも共有することになる。こいつを呼びたければ好きなように呼びかけるとよい」
「まあ、そうなんですね! そういうことなら……で、この子は男の子ですの? それとも女の子?」
聞かれた祖父は吹き出した。
「知らんよ。気にするところとは思わなんだ」
「お名前を決める時に気にしなかったのですか!?」
驚くエリザベスを不思議そうに眺めた祖父は、しばし時間を置いて頷いた。
「本来がペットではないからの。このように長い付き合いになるとわかっていれば、考えたのかもしれないが……お前、オスとメス、どっちじゃ?」
「チュン」
「……メスじゃ」
「チュンチュン!」
「そうじゃの、まあいいじゃろ、メスで」
「チュンチュンチュン!」
「ああ、ダメか? ならオスじゃ」
……。
今のって、会話だろうか?
「……あの、お祖父様?」
「……ということで、オスだそうじゃ」
心なしか掌の上の雀が膨らんだように見える。いや、気のせいじゃない。
ふっくらしてますますかわいいのだけれど、怒っているのだろうか。
「では、チュンタロウと呼ぶことにします」
直感に従ってそう言った。でも、『チュン』はともかく、『タロウ』ってなんだろう。まあいいか。
「ずいぶんとかわった名前じゃの」
にこやかな祖父とそんな感じで過ごす午前中は、とても楽しかった。
の、だが。




