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世界の終りまで君と  作者: 佑
第一部 第一章 理不尽な転生
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11. 特性不明

 エリザベスはテーブルの上に置かれた小さな手の形のガラスを見つめた。


 これが動かなかったら、ゲームのエリザベスは嘘つきだ。

 治癒魔法に適性なんてなかったことに――。


 そう思うと、怖い。

 でも、これが第一歩なのだ。

 そっと指を伸ばして器具をつまみ、目をつむって左手に乗せて、そーっと開けて――。


 なに、これ? 


 ガラスの中の水が、消えていた。

 壊してしまったのかと慌ててテーブルに戻す。

 と、元通りの透明な水の入ったガラスになった。

 もう一度乗せてみる。

 消えた。


 中身が変わった――? ということは魔法に適性がないわけではないってことで、いいのだろうけれど……その適性がなにかは……わからないってこと?


 もう一度乗せてみる。


 親指部分にも何もない。


 エリザベスの適正――治癒魔法って言ってたのに、本当は白魔法じゃないの?


 親指部分をじっと見ているとなんとなく、指先のところにうっすらと靄のようなものがかかってきた。


 ということは白魔法は使えるってことでいいのかな――他の特性はないの?


 人差し指をじっと見つめていたら、またしてもなんとなく指先のところに靄のようなものがかかってきた。

 中指、薬指、小指……結局全ての指で同じような靄がかかった。

 なに、これ?意味が解らない。


 テーブルに戻して手を離した途端にガラスの中に戻って来た水を見つめる。

 まじまじと見つめていたら、ドアにノックの音が響いて、椅子の上で飛びあがった。


 お祖父様のことをすっかり忘れてた!


「はい! すみません、お祖父様。いろいろ不思議で……」


 急いでドアに向かい、開けようとしたところで祖父がドアを開けて入って来た。

 今まで笑顔しか見せていなかったのに少し心配そうな顔をしている。

 さっきと同じように椅子に座ってから「動いたかね」とそれだけ聞いた。


「はい、まあ……」


 それぞれの指先に靄ができたのだから、水分は移動したと思っていいと思う。


「何か聞いておきたいことがあるかね?」


 聞きたいことだらけ――でも、わかっても誰にも話すなって言われたし、そう言ったのは目の前にいる祖父だ。


 適性がわからない時はどうするのだろう。水の形態が変わったのだから、何か特別な適性があるとして――学院に入る時に検査されたらどういう扱いになるのだろう。


「あの……水が……どこの水が多いのかわからない時はどうしたらいいのですか?」


 どの程度までなら伝えていいかわからなくてそう聞くと、祖父は安心したように笑顔になった。うんうん、と頷く。


「適性が多かったのか。しかも平均的な個所があると――それは良いことじゃ。何も心配はいらんよ。流石わしの孫、といったところじゃの」

「あの、そうではなくて――水が動くのです。私が見ているところに集まってくる感じで――それで、どこにいたいのかよくわからなくて」


 わけがわからない。


 そんなエリザべを見ながら祖父が顎を撫でる。


「適性が定まっておらんのか――それは珍しいのう。特に集めやすいところはなかったか?」

「ええと……たぶん、親指、かなあ、と」


 『記憶』での治癒魔法のことがあったのでそう言ってみたら祖父の笑顔が深まった。


「ほほう、それは良い、それは良い。さっき話したが、白魔法と黒魔法の両方を扱えるものは少ないのでな、重宝されるぞ」

「あの、お祖父様?」

「うん、なんじゃ?」

「状態も、変わってしまうみたいで」

「ほうほう、さらに良い。将来が楽しみじゃの。そこも流石わしの孫、と言いたいところじゃが、流石ビビアンの――妻の孫、と変えさせてもらおうかの。変わり種は王族に多いんじゃ」


 そうなのか――。


「それって、喜ぶべきことですか?」

「当然じゃ、うちの孫のところに嫁に来ぬか? その時はの、長男ではなくて――」

「お祖父様、冗談はやめてください!」


 急展開やめて。嫁候補もやめて。


 口を噤みはしたものの、これまで見たこともないほど上機嫌になった祖父は、鼻歌を歌い出した。

 一曲きっちり歌い終えて、ちらりとエリザベスを見る。


「ついでに手のひら部分にどのくらい水が残っとったか聞いてもいいかの?」


 ……なんと答えていいかわからなかった。見える状態では残っていなかった、と思う。


「……よく、わかりませんでした。あの、すごく見えにくくて」

「ほほう? ますますいいのう」

「いいのですか?」

「当然じゃ。判別しにくいというのはそれだけ珍しいということで、本人が守られるべき存在だということじゃ。うちの――パートリッジの孫の嫁に欲しいのは山々じゃがそれでは相手としては不足かも――保護という観点では王太子の嫁の方がよいかもしれんぞ? なんなら今から口添えを――」


 うっひゃあ!


「お、お祖父様! それは、それだけはやめてください!!」


 完全にアウトだ。

 大慌てで止めようとしたら、「冗談じゃ」と、カラカラと笑われた。大きく息を吐いたエリザベスを見てまた笑う。


「やっと子どもらしい顔になったのう。心配せんでも、わしは余計な口出しはせんよ――既に隠居の身じゃ。ただし、まわりには黙っておくのだぞ? バレたらあっという間に王太子の嫁の第一候補じゃ」


 そうなの!? 

 だとしたら、エリザベスが王太子の婚約者に決まったのって、他に誰もいなかったとか、親と不仲だっただけじゃなくて、学院に入学するときの検査で変わった適性持ちだってことがバレたからじゃ――。

 うおお、いよいよ逃げ場がなくなってきた。

 っていうか、今ここで知らなかったら入学と同時に婚約者決定だったんだから、むしろセーフだったのかも――。


 ものすごい勢いで早鐘を打っている心臓を落ちつけるように深呼吸を二回。


「あの! お祖父様、聞きたいことがあります。学院入学時の適性をごまかす方法はありませんか?」


 祖父の眉が跳ね上がった――よほどびっくりしたらしい。

 しばし黙ったまま見つめ合う。


「ないこともないが――何のためにじゃ? 守られた方がいい、と言ったのは聞いたじゃろう?」

「お祖父様、私が知りたいのは『のんびりと生きる方法』です。『そのために自分にできることを知りたい』最初にそう言いました。王太子と婚約なんて――真逆です!」

「……だがあれは考えようによっては三食昼寝付きじゃろう?」


 え? ――え?


「そんなはずないでしょう!? 夫が将来の国王ですよ? 政務に忙しくて昼寝をしている暇なんてあるわけない――何がおかしいのですか!」

「いや、いくらなんでも昼寝くらいできるじゃろうが――戦争中でもない限り」


 カラカラと笑う。


 え、そういうもの、なの?


「忙しくあるべきなのはトップではなくて部下じゃろが? 長年別の家庭と隠し子を置けるほど暇な公爵がいるくらいじゃ、忙しいのは仕事の振り方が甘いだけ――それよりもお前、国王と王妃が忙しいなんぞというのをどこで聞いた?」

「それは、王様と王妃様なのですから当然でしょう?」

「なんとも、ソレは思い込みというもんじゃぞ」


 なんとな。


 目を丸くしたエリザベスを見てまた笑って――その表情が変わった。

 辛そうな顔に。


「エリザベス。王妃になって悠々自適の生活をするのは、悪いことではない。忙しすぎると思うなら仕事は周りに振ればよい。――そしてジークフリートを見下してやればよい。

 そもそもわしもビビアンも、息子二人の後でやっと授かった娘のメアリーアンをあんなやつ――すまんな、お前の父親をあんなやつなどと言うべきでないのはわかっているんじゃが――ジークフリートのところに嫁にやるつもりはなかったんじゃ。好いた相手と添わせたいと思っておった。

 そこにあの戦争が起こって――当主夫妻と長男を一度に亡くしたこの家にはどうしても助けが必要だった。だが、王家には降嫁できるような姫がおらなんだ――だからこその縁組だったんじゃ。五大公爵家のバランスを崩さぬように。

 だが――たとえそれぞれ他に思う相手がいたとしても――縁組が決まる前からあの平民の女と好き合っていて、メアリーアンのことは制約付きの上からの命令だったとしても、それでもこんな形で裏切っていいことにはならん。なにより、あやつがどう思おうと、メアリーアンは、わしらの娘はずっと誠実じゃった」


 静かな声に、抑えた感情がこもっている、そう思った。

 それにいろいろ――これまでは知らなかったことがわかった。


 お父様は、お母様との結婚が決まる前からオリヴィアとおつきあいしていた――戦争で両親とお兄さんを失くして、それで急遽家を継ぐことになって、身分的に釣り合いの取れた嫁としてお母様が選ばれた――お父様の浮気じゃなくて、最初からお父様の心はお母様に向いていなかった。それにお母様の方も、お父様を好いてはいなかったのだ。


 身体だけでなく、心が重くなったような気がした。


 貴族どうしの政略結婚のわりには想いあっていたのかも、なんていう考えが甘かったんだ。

 それに制約付きっていったいなんのことだろう――。


 けれどエリザベスが詳しく聞こうと思った時にはもう祖父は次の言葉を話し出していた。


「まあ、お前が王家に嫁ぎたくないというなら、それは構わん。メアリーアンの娘が悲しむのは、わしの望むところではない。大事な孫娘じゃ。学院に入学するときの適性をごまかしたいのなら、検査の必要がないように先に書類を作って通しておこう。

 白魔法と黒魔法の常駐でいいかの?」


 聞かれて頷いた。


「だが、三年生に上がる時は全員また調べられるぞ。その時までに自分でごまかせるようにならんとな――こんなふうに」


 いうなり祖父はテーブルの上に置きっぱなしになっていた検査用のガラスをもう一度自分の掌の上に乗せた。

 透明な水が、今度は親指と人差し指のところに集まっていく。


「こんなこともできる――おかしいのはバレるし保護対象にはなるかもしれんが、適正は不明じゃ」


 今度は水があっという間に真っ黒に色を変え、ガラスの内側全面を覆いつくす。

 どこに水量が多いのか、掌部分にどれくらい残っているのかなど、何もわからない。


「そんなに隠しておきたいのなら、やり方はちゃんと教えてやるでの。なに、ここまでできるようになれば、詳しく調べるために次に送られてくるのはわしのところか、わしの息子のところ――つまりお前の伯父のところだ。いくらでも誤魔化しはきく」


 ほっほっほ、と、さっきまでとは違う笑い方をして、アーノルドは検査器具をカバンに戻す。

 いくらでも誤魔化しはきく、と言った時に、その目が光ったような気がした。

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