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パパとお買い物デート編

後半少しシリアスです。

 こんにちは、「私の天使」こと華ちゃんです!

 はい、しょっぱなから意味不明な事言ってゴメンナサイ。

 店員さんの生ぬるい視線に耐えられなくて、思考もおかしくなってるみたい。


 これもぜーんぶ、パパのせいなんだからね!!




 「今日はいい天気だね。デート日和だ」

 「そーだね」

 にこにこと嬉しそうに笑って私の手を繋ぐのは、彼氏ではなくパパですけどねっ!

 悲しいかな彼氏なんていないからデートはもっぱらウチの激甘パパしかいない。


 前にうっかり、「私って、魅力ないのかなぁ」って鏡を見ながらつぶやいたのをパパに聞かれて、私がいかに可愛いかを約二時間延々と仏間に正座して聞かされた時には、もう意識が飛ぶかと思ったよね。少し反論しようものなら倍以上になって返ってきたよ…。微笑んでいるはずのママの写真も、心なしか妙なオーラを放って何かを訴えていた気がする。気のせいだろうけど。



 実際、子供の頃に近所の男の子に「ブス」って言われて泣かされた時は大変な事件だった。私だけでなく、相手の男の子もその家族にとっても一生忘れられない出来事になったよ。


 子供の喧嘩に両親揃って出てくる事ってある?


 いや、喧嘩とも言えない。叩かれたわけでもないし、ただ口で「ブス」って揶揄われて悲しくて泣いただけ。…それが当時、両親から「可愛い」とだけ言われて育った私にしたら衝撃で、自分に言われた事だと思わなくて、両親の言葉は嘘だったのか、私は本当はブスなのか、私は可愛いのにどうしてこの子にそんな事言われなくちゃいけないのって、両親まで馬鹿にされたみたいで、まぁ、今考えたら自意識過剰で恥ずかしい限りだけど、本気でそう思って泣いていた気がする。

 そしたらそこで黙っているはずのない娘バカの両親が二人そろって立ち上がっちゃって。

 私を連れ立ってその子の家に行って、びっくりしたその子の両親が(その子は親に何も言っていなかったらしい)詳しい事情を聞く前に、当の本人である男の子が顔を出しちゃったもんだから、玄関先で説教ならぬ「愛とは何か」という謎の講演が始まった。


 その子は怒られると思ってびくびくしていたし、その子の両親も何があったのかと、子供をかばった方がいいのか、私含むウチの両親に誤った方がいいのか判断つかない状態で始まった愛の宣教(といって間違いじゃないと思う)に、ポカーンとして、明らかに話が長くなりそうな雰囲気に家の中に通しちゃったりなんかして。

 当の私だって、ひどい事言ってきた男の子には会いたくないって涙目でママの後ろに隠れていたんだけど、よくわからない長い話が始まったから、思わず嫌だったはずの男の子と顔を合わせて首をかしげてしまった。

 気がついたらローテーブルに温かいお茶(私にはジュース)とお菓子が並べられて、私が難しい話についていけずにお菓子をもぐもぐしている間も話が進んで、つまらなくなって男の子に話しかけようとしたら、その子もパパとママの話を真剣に聞いていて、尚更暇で暇で、暫くしてとうとうパパに「お家かえろ?」って話しかけた。そしたら、


 「うちの華はかわいいでしょう?」って、満面の笑みでママが。


 全然話を聞いてなかった私が「う?」って、袖を引っ張っていたパパに首をかしげたら、パパは真っ赤になって「可愛いだろう!!」って私に頬ずりしながら鼻息荒く相手のご両親に私を見せて。


 ちょっと正直、何言っているんだろうって子供ながらに意味がわかりませんでしたね。


 それでも、うちのパパとママの圧に負けたのか、何か催眠術でもかけられたのか、みんな満場一致で私が可愛いって言いだして。

 「えぇ、えぇ、華ちゃんはとっても可愛いわ!」

 「そうだな、こんなに可愛らしいじゃないか、なぁ、光太」(そういえばそんな名前だった)

 「うん!華はカワイイ!…ブスって言って、ごめんな」

 って光太くんも恥ずかしそうにモジモジしながら謝ってくれた。


 え?なんでこうなったの?全然わかんない。


 私が目を丸くしている間に、光太くんパパとママがようやく、なぜ私の両親が突然訪問してきて、さらにこの長い講演会が始まったかっていう結論に至ったみたいで、「光太、あんた華ちゃんにブスなんて言ったの!?」、「女の子に対してそんな事いうもんじゃない。華ちゃんはこんなに可愛いじゃないか!」って今度こそお説教が始まった。

 最後の光太くんパパは明らかに洗脳か何かされたような発言だと思う。


 比べてパパとママはどこか満足そうに、「それでは、長々とお邪魔しました」ってすっきりした笑顔で爽やかに笑って、「さぁ、帰ろう」って私に手を差し出した。

 どうして光太くんの家に来たのか、何の話してたのか、とか、よくわからなかったけど、光太くんは謝ってくれたし、可愛いって言ってくれたし、ようやくお家に帰れるんだって思ったら断る理由はなくて、「うん」って両手でパパとママとそれぞれの手を繋いで三人で並んで帰った。

 その日から、それまでイジワルしたりツンツンしていた光太くんの態度が激変。すっごく優しくなって、いっつも私に「可愛い」って言うようになったから、同じクラスの子たちに私の事が好きなんだってからかわれてたけど、真っ赤になりながらもそれを否定しなかったし、クラスが変わっても小学校を卒業するまで私を「可愛い」って言うのをやめなかった。

 今思えば、やっぱりパパとママに魔術でもかけられたんじゃないかと思う。




 閑話休題。




 大型デパートに車でやってきた私たちは、駐車場から仲良く手を繋いで歩いていた。

 パパとお出かけするときは基本手を繋ぐか腕を組むかの二択である。ママがいたときは、誰を真ん中にするかはともかく、三人で手を繋ぐのが当たり前だった。(パパが真ん中になるとデレデレになるから基本的に私かママが真ん中だったけど)

 ニコニコしているの時のパパは童顔までいかなくても若く見えるから、たまに兄弟や恋人に間違えられたりする。特に恋人に間違えられたりするとパパはもう喜んじゃって、「華!結婚するか!」とか人の目を気にせずに言うから、天国にいるママがいつか雷を落としてくれないかと期待しているんだけど、なかなか実現する気配がない。

 ママ、面倒くさいんだろうな…。

 

 「さぁ、華。どこから回ろうか」

 

 優しく手を引いてエスコートしてくれるパパが彼氏だったら、言う事ないんだけどなぁ。

 いや、パパを恋人にしたいとか、恋愛対象としてパパが好きとかそういう事でなく。

 私だって高校生なんだよ!

 素敵な彼氏に憧れたっていいじゃない!

 ショッピングで手を繋いで仲良く歩くのはもっぱらパパ…だもんなぁ。

 はぁ。

 

 「どうしたんだい、ため息なんてついて。私の可愛い天使に暗い顔は似合わないよ」


 「ほら、笑って?」と言いながらするりと頬を撫でてくる貴方のせいでため息ついてるんですけどね!

 わかってる、パパ!?


 「わかったから!今日はお気に入りの店、みーんな見るまで帰らないからね!」

 「ふふ、わかっているよ。お姫様」

 鼻歌でも歌いだしそうな雰囲気で隣を歩くパパをちらっと見上げる。

 高校で彼氏ができても好きなものおねだりできないから、やっぱりパパの方がいいかも。

 な~んて思っちゃう時点で、やっぱり私に彼氏なんて無理かもしれない。



 「お客様、こちらはいかがでしょうか?」

 「華、可愛いよ。これにしたら?」

 「こちらもお似合いになりそうですが…」

 「明るい雰囲気が華にぴったりだ。着てごらん」

 「こちらは最近入ったばかりの商品で」

 「これもいいね。…でも、ちょっと丈が短いんじゃないかな?」

 「その点はこちらの商品と合わせていただくと…」


 ・・・って、試着室に入ってる私を放り出して店員さんと盛り上がっちゃうから、やっぱりパパと買い物に来ちゃダメだって、毎回思うんだけどね。

 私は着せ替え人形じゃありません!


 「パパ?そんなに買っても着れないよ…」

 「そんなことないさ。学校から帰ったら、着替えて私に見せてくれればいいだろう?」

 「華の可愛い姿を独り占めだね」って、そういう事言うから勘違いされるのに!

 ほら、ショップのお姉さん「キャッ」て顔覆ってるよ…。周りの視線もさっきより感じるような。これでまた痛い父娘って思われちゃう!


 「はいはい。じゃあコレとコレ!あとはいりません!」

 急に居心地が悪くなって、試着して気に入ったブラウスとスカートを一着ずつ選んでパパに押し付ける。

 「華、これはダメかい?」

 名残惜しそうに襟と袖にフリルがあしらわれた可愛らしい花柄ワンピースを差し出してきたけど、これで許すと後から後からまた別のものを出してくるからここは毅然とした態度で、「却下!」。

 あ、パパがしょぼくれながらお会計してる。

 店員さん、別に慰めなくていいのに。


 女の子らしいショップバッグを手にしたパパと腕を組んで向かった先はランジェリーショップ。

 最近、ブラのサイズが合わない気がするってパパに言ったの覚えてたみたい。

 「いらっしゃいませ」

 笑顔のお姉さんが迎えてくれる。腕を組んで入店した私たちに一瞬視線が集まった気がしたけど、気のせいかな?


 「今のじゃ合わないんだったね。たしかに、少し大きくなったかな?」

 「もう、パパ!人前で恥ずかしいよ…」

 さすがに触るのは控えたみたいだけど、視線が胸元に注がれてさすがに恥ずかしい。

 ママがいなくなって、それまでママがやっていた事もみんなパパがやってくれるようになった。ママの分もって私の事を思ってやってくれてるのはわかってるけど…私だって年ごろの女の子なんだって、ちゃんとわかっているのかな。


 「お客様、よろしければサイズをお測りすることもできますが」

 最初ぶしつけにじろじろ見られた気もしたけど「いかがいたしましょう?」と聞かれて、是と答える。そのためにきたんだもんね。

 「パパ、ちょっと行ってくるね」

 「あぁ、きちんと測ってもらっておいで。私は華に似合いそうな下着をみておこう」

 ふわりと笑って手を挙げたパパを残して、私はお姉さんとカーテンで隠れるフィッティングルームに入った。

 正確に測ってもらうために上着を脱いでいると、「あの…」と小さな声で話しかけられた。

 「す、素敵な…お父様、ですね?」

 どこか聞きにくそうに、おずおずとした感じで話しかけられたけど、世間話の一環かな?

 どう答えたらいいかわからず、一瞬言葉につまる。

 「…はい。とっても優しいパパなんです」

 ここは無難に答えておこう。どこか探るような目をする店員さんに笑顔で答えておいた。


 これでパパの株も上がっちゃうかな。私って健気な娘!


 その後は特に会話もなく、メジャーの音だけが響いて、数値とアドバイスを聞いて終わった。


 「パパ、終わったよ」

 「あぁ、華…」

 服をきっちりと着なおしてパパの元へ向かうと、パパは白のスケスケのベビードールを手に涙を浮かべていた。なんだかパパの背負う空気が重い。

 「ど、どうしたのパパ…」

 面倒そうだと思いながらも、聞かないわけにもいかない。

 「い、いつか可愛い華が…こんなドレスを着てお嫁に行くかと思うと…」


 いや、これ()()()じゃないし。


 こんなスケスケドレス着て教会行ったら罰当たりもいいところでしょうよ。

 教会にすら入れてもらえないよ…。

 それより、どれだけ先の話をしているの、彼氏すらいないのに。

 笑顔じゃないパパはちょっと怖いんだってば!店員さん引いてるでしょ!

 

 ここはしょうがない、優しくて可愛いパパの娘になりますか。

 「私のお婿さんはパパなんでしょ?いいから下着、一緒に決めよ」

 「華っ!そうだった!華は私のお嫁さんだったね。下着ならあっちに華が好きそうなのが…」

 途端に嬉しそうに顔を崩して(いや、まさに崩壊と言って過言じゃないと思う)、私の肩を抱いて先導するパパは、ウキウキという効果音が聞こえてきそうだ。


 普段私から「パパのお嫁さんになる」とか絶対言わないもんね。子供の頃は、パパのお嫁さんになるのが当たり前だと思ってたけど、さすがにそれは違うんだって今ならわかる。だから冗談でも言ったりしないんだけど、パパが喜ぶなら言った方がいいのかな?


 連れられて行った陳列棚には、確かに私好みの可愛い下着が並んでいて、中から着け心地がいいと評価の高い下着をいくつか選んだ。

 私に直接サイズを聞いては来なかったけど(聞いてくれたらちゃんと答えるのに)、私が手にしたブラでサイズが上がった事がわかったらしく、パパは何度か頭を撫でてくれた。

 …恥ずかしい。

 ちょっと顔が赤くなってしまったかもしれない。

 なんとも言えない、店員さんたちの生温かい視線が突き刺さって、一気に疲れがやってきた気がした。

 こうして、冒頭に戻る。




 まぁ、そんな私の内心など露知らず、でも私の機微に敏感なパパは「休憩しよう」とレストラン街にやってきた。

 さすがに女性もののランジェリーショップの買い物袋を持ってもらうのはどうかなと思って自分で持とうとしたんだけど、「何故だい?華の全部は私のものだろう」とやんわりと断られた。パパがいいならいっかと思ってお言葉に甘えている。

 どこがいいか聞かれたから「どこでもいい」と答えたら、ファンシーな内装の可愛らしいカフェテリアに入ることになった。どうしてここにしたの?と聞いてみたら、「華がこのお店に座っていたら可愛いだろう」と満足そうに微笑まれた。

 うん。パパの言う事ってやっぱりよくわかんない。


 「何が食べたい?」

 「ショートケーキ美味しそう!でもパンケーキもいいなぁ」

 席に座ってテーブルのメニューに目を通せば、我を選べと言わんばかりの美味しそうなスイーツたち。

 甘くて美味しいものには目がない。でも、食べ過ぎて太りたくないし…。パパなら両方食べたら良いって言ってくれるのはわかってるし、どんな私も可愛いって言ってくれる…からこそ、こんな時には甘えてはいけない事を私はしっかり学んでいる。

 「うーーーーん」

 「両方頼めばいいのに」

 「ダメなの!」

 ほら、やっぱりそうやって甘やかそうとする。

 際限なく食べたら太るって身をもって知った私は、そんな誘惑には負けないんだから!

 ………食べたいけど。

 「そうだ。じゃあパパと半分こしよう!」

 「え!いいの!?」

 あ。こうしてまたパパの策略にはまってしまった。

 パパは決めかねている私を想って言ってくれたんだろうけど~~~!

 うん。まぁいいよね。半分こだし。甘い物に罪はないよね!

 「じゃあ、そうする。ありがとっ!」

 満面の笑みでお礼を言えば、パパは「どういたしまして」と嬉しそうな顔をして片手で頬杖をつきながら私の頭を撫でた。


 「お決まりですか?」

 ちょうど良いタイミングで通りかかった店員さんを呼び止める。

 「はい。ケーキセットのショートケーキ、ドリンクはホットコーヒーで。もう一つはパンケーキセットのミルクティーでいいね?」

 「うん」

 注文を終えると、店員さんは確認のため注文を繰り返すと去っていった。

 ドリンクを言ってなかったけど、さすがパパ。私の好みは完璧に把握済みのようだ。




 「ねぇ、パパ」

 「なんだい、華」


 一息ついて、つかの間しんとなる。



 「ママがいなくなって、今パパは、寂しくない?」



 別に今でなくてもよかった。家でもよかった。でも、ずっと聞きたくてタイミングをのがしていた事だった。

 私は、ママがどうしていなくなったのか、死とはなんなのかすぐには理解できなかったけど、もう二度と会えないんだとという事がわかったとき、泣いて泣いて泣いて、泣き叫んでパパにすがった。

 しばらくたってもふとした時にママを思い出してはパパを泣いて困らせた。

 でもパパは、お葬式の時と、最初に私が泣きすがった日に一緒に涙を流した時以来、泣いているところを見たことがない。


 本当はパパ、無理しているんじゃないかな?

 私と一緒にいて、つらい思いしてないかな?

 寂しい想い、してないかな?


 大きくなるにつれて、そんな事を考えるようになった。

 毎年パパと一緒にお墓参りに行くし、ママの話をすることはある。でも、こういった聞き方をするのは初めての事だ。少しだけ、緊張する。


 パパは少し、驚いたようだった。

 笑うとできる目じりの皺が薄くなって、すこしだけ目を細めた。


 「寂しいよ」


 パパは一言だけつぶやいた。

 今度は私がびっくりした。だって、パパは私に心配かけないように「寂しくないよ」って言うのかと思ったから。


 「この寂しさは、一生消えないさ」


 パパの言葉に含まれる感情が、それだけママが大事だったと語っていて、胸が苦しくなる。

 その言葉を聞くと、気づかないふりをしていただけで、本当は私も寂しかったんだって気づいてしまった。パパにした質問が、そのまま自分に返ってきたような気がする。


 寂しいと、言ってはいけないような気がしていた。


 ママがいなくなって、男手一人で私を育ててくれたパパ。私はまだ高校生だし、独り立ちだってしてない。ここまで大変だったんだろうなって想像しかできない。

 そんな苦労をかけているパパに、大変なパパに、私が寂しいって言ってはいけないんだと思っていた。そんな事言ったら困らせるし、万が一、じゃあ再婚して別のママを…なんて言われたら、家を飛び出していたかもしれない。パパに限って、それはないだろうけど。

 今更、ママが亡くなってすぐのときみたいに泣きわめいたりはしないけど、心の奥底に燻っていた想いの居場所がようやくできたみたいで、寂しくていいんだと認められたみたいで、胸に熱いものがこみ上げてくる。


 目の前の椅子から私の隣のソファー席に移動してきたパパに抱きしめられる。

 「パパぁ」

 思わず甘えた声をだして抱きついてしまった。

 「お待たせいたしました」って声が聞こえた気がしたけど、瞳からぽろぽろ溢れる熱い涙とぐるぐると胸を巡る沸騰した感情のせいで応えることができなかった。

 パパは服が涙で濡れるのも気にせずに、私を抱きしめ、片手で頭を撫でてくれる。


 「辛い想いをさせたね」


 そんな事言うから、益々涙が止まらなくなってしまう。


 ばかぁ!

 辛かったのはパパでしょ!


 そう言いたいのに、喉にひっかかった声は音にならない。それでも、意思表示のためにパパの服に押し付けた顔を左右にブンブンと振った。

 しばらく泣いて、ようやく涙が収まってきたころ、パパが店員さんに何かを頼んだ。

 ハッとしてテーブルを見ると、どれくらい前からあったのか、少し表面が乾燥したショートケーキと、パンケーキ、それにすっかり冷めてしまったコーヒーとミルクティーが並んでいた。


 「…冷めちゃった」

 声もなく泣いたせいで掠れる喉を気にして、パパがお水を渡してくれる。一口こくりと水を飲み込んでから、茫然とテーブルの上を見つめる。

 悲しい現実を目のあたりにして、脆くなった涙腺がまた新たな涙を送り出してきた。


 「こちらをお使いください」

 「ありがとう。すまない、飲み物を温めなおしてもらえるかな」

 店員さんが何かをパパに渡していたけど、赤くなった目元を人前に晒すわけにはいかなくて、コアラのようにぎゅっとパパにしがみつく。

 店員さんは了承して去っていったようだ。

 この状況を見られたのが恥ずかしくて、ごしごしと服の袖で顔をぬぐっていると、やんわりと腕を掴まれ止められる。

 「こら。そんな風にしたら目が余計に腫れてしまうよ」

 腕を下ろされ、赤くなっているであろう顔をパパに見下ろされると、目尻に唇が降ってきた。再び盛り上がった涙を、チュッと吸われる。

 「もう、パパ?」

 「ふふ。もう泣き止んで、私の天使」

 じとりと目の前の顔を睨みつければ、尖った唇を人差し指でつつかれた。

 「これで冷やすといい」

 パパに渡されたものを受け取ると、冷えたおしぼりだった。さっき店員さんが持ってきてくれたものはこれだったらしい。小さくありがとうと言って瞼にあてた。


 「そうだ。大事な事を言っていなかった」


 その声と同時に両脇に力が加えられて身体が持ち上がる。驚く間もなく、パパの膝の上に抱えあげられていた。

 「ちょ、パパ!?」


 「ママがいないのは寂しいけど、華がいて、私は今とても幸せだよ」


 反論の声を上げようとしたのに、耳元で優しくそんな事を言われたら、また涙があふれてしまう。

 「パパのばか」

 ようやく言えた反抗の言葉は、思った以上に弱弱しく、力なく握ったこぶしと一緒にパパの胸に当たったて消えた。




 しばらくそうしていると、空気を読んだように店員さんが温かいコーヒーとミルクティーを持ってやってきた。ここでも生温かい視線を貰ってしまったことは誠に遺憾である。


 「さぁ、美味しいものを食べて元気をだそうか」

 「…パパと私の、半分こだからね」


 あたたかいミルクティーが、水分を失った体にじんわりと滲み込んでいく。ほぅ、とついたため息にパパが後ろで笑ったのが振動でわかった。

 その後、食べるときに行儀が悪いから、膝から降りる、降りない、あーんする、あーんしないで揉めたことは余談である。


 「ふふ。華?お口の横にクリームがついているよ」

 そういって指で私の口の横をぬぐったあと、それをペロリと舐めとった姿は通常運行すぎて、むしろホッとしてしまう私って、おかしいのだろうか。とりあえず、人目のある場所で直接舐めとられなかったからよしとしよう。


 なんだかんだ言って、私もパパが大好きなのだ。


 ケーキを食べ終わって席を立つ前に、周りに人の気配がない事を確認して「パパ大好き」と囁いてほっぺにチューしたのは、私とパパだけの秘密である。


 でも、言った後、その日一日、始終幸せそうにずーっとデレデレしていたパパを見て、言ったことをちょっとだけ後悔した。




 天国のママ、見てますか?

 ママがいなくて寂しいけど、私たちは幸せに生きています。

 でもやっぱり、パパじゃないホンモノの彼氏、ほしいなぁ。




・パパとママは魔法使い。もしくはメンタリスト。

・光太くんは好きな子ほどいじめたい→好きな子は溺愛にシフトチェンジ

・パパは天然。行動に深い意味はない。ただ底抜けに娘を愛しているだけ。(時に世の中はそれをセクハラと呼ぶ)

・華ちゃんは「お父さん」「お母さん」で呼ぼうとした時期があったが、両親があまりにも悲しむので今の呼び方で定着した。(そして誤解が広がる)

・水谷一家と関わりがある人たち「あぁ、またか」

・水谷一家と関わりのない人たち「犯罪?警察を呼んだ方が…」

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