灰の王子の部、第四
ルシーナ姫のことを気にかけながら大臣と国、それからこの縁談や過去の事件などを調べもう少しで全容を掴めるという間際にまた大臣によって二人の顔合わせと言う名の見合いの席が持たれ、どちらも緊張に身を堅くしながらもしかし逃れられもせずに睨み合うようにして時を過ごしていました。
ルシーナは大臣がいても大国の王子を相手に噛み付く威勢の持ち主ではありましたが、外交や口の巧さでは大臣に敵いませんのでギラギラと燃えるような目をしつつ、反撃を許されずイヴェニルに牙を向けることはできません。
イヴェニルも射殺されそうな視線を正面から受けようとも兄の覇道の妨げになるやもしれない疑わしき大臣に遅れを取ってなるものかと上辺だけは何とか取り繕って見合いを穏便に済ませようと受け答えをしていきます。
この危うい綱渡りのようなやりとりでさえも大臣の計算の内であったのならやはり大臣は侮れない相手でありましょう。
そして宴もたけなわ、緊迫したこの見合いもいよいよ大詰めと言うまさにその時、それは起きました。
婚姻に際し女性に青い鳥を贈る文化があるという銀の国の流儀に則りイヴェニルの用意した一羽の祝い鳥を従者がルシーナの侍女に渡そうと見事な金の細工の施された籠を差し出し、それを見たルシーナが嫌悪を隠しもせず遂に我慢ならないと声を張り上げ従者の手を払い籠が床に落ち。
その衝撃で飛び出した尾の長い青い小鳥が驚いてイヴェニルの方へと逃げたのです。
イヴェニルは咄嗟に顔を庇おうとしましたが、動転した小鳥の爪が、嘴が、彼の隠したい醜い焼けただれた顔の半分にかかる布を暴き小さく呻き声をあげた彼に国から連れてきた従者と侍女、護衛が壁となり慌ててイヴェニルを隠します。
大臣もあまりのことに席を立ちイヴェニルに声をかけますが、イヴェニルは答えられる状況にあらずがくがくと体を揺らし背を丸め、顔を覆う両手を剥がせずに己の国の供らの声にも答えられず冷静さを失った様にルシーナは呆然と籠を叩き落とした姿勢のまま、彼らを眺めていました。
己の焼き印よりも酷い、醜く溶けた顔の半分。どんなに敵意を露わに睨みつけても動じなかった男が、それを晒されて声もあげられずにいる様を見てようやく自分が取り返しのつかないようなとても非道なことを仕出かしたのだと嫌な動悸と身にまとわりつく後悔の念にゆるゆると宙に留めていた手が落ちていきました。
謝罪を。どんな言葉でもいいから謝罪をしなければ。
大臣の思惑があれど思えば彼自身は彼女に対して礼を失した言動はしていませんでした。傷のある女性などを受け入れてくれるものなど少ないと言うのに。
そんなイヴェニルに人としてしてはならないことをした誤りを詫びられなければ王族どころか自分は自分があれほどに憎んだような質の人間たちと同じようになり果てるとカラカラに乾いた口内で舌を動かし、必死に弁解をとしようとするも叶わず。
「……申し訳ない、気分が優れない。今日のところはこのまま部屋で休ませてほしい」
顔を隠す布を直されて一応は常と変わらぬ姿となるも大きな背を丸め、まるで痛いところを庇うようにとする姿でふらりと席を立ち供に支えられながらにくぐもった声でそれだけ言うとイヴェニルはルシーナと大臣に不格好ながら礼を取り逃げるようにと部屋を退室して行ってしまいました。
その流れの中僅かな時間で大臣が代わりに謝罪の旨とこちらがした粗相のことなど様々していたのが遠くに聞こえるような気がしましたがルシーナは彼の姿を最後まで食い入るように見据えて狼狽えています。
過去の自分を見るようで、今の自分と似通うようで。
「勝手にこの縁談を組んだのは悪いと思っている。しかし君は一体、何がしたいんだ?もう少し大人らしく、一人の王族らしく考えを持ちたまえ」
大げさに溜め息を吐いて大臣さえそんな苦言を口にし、ルシーナは悔しそうに視線を床に向けて両手を膝の上に置いてギュッと握りしめました。