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黒の王子、灰の王子  作者: アロエ
5/10

灰の王子の部、第三



両親がまだ生きていた頃。彼女は兄と共に王城の敷地内でかくれんぼをして遊んでいました。決して意図して護衛を撒いた訳ではありません。ですが彼女が隠れた場所は木の上でした。必然的に人の目につき辛い、そんな場所に隠れていた彼女をある人物が呼び留めました。


お兄様は貴方を見つけることが出来ず降参だそうです、そろそろお茶の時間ですし菓子を食べに行きましょうと言葉巧みに幼い彼女を誘い、彼女はそれを本当の事だと思い木を降りてしまいました。


身なりもきちんとした誰かはわからないも貴族としてよく見られるような輩に連れられるまま、王城の外へと向かい流石におかしいと足を止めようとしては大人の力で捩じ伏せられ意識を奪われ。


次に気付いたのは見覚えのない、暗い地下牢のような場所で彼女は鎖に囚われていました。大人達が何か良からぬ事を話すのを耳にし人生で初めて恐怖を覚えました。


奴隷の証しとして他国でやりとりをされる焼鏝が近くで赤々と燃やされていたのをよく覚えています。


まるで罪人の首を断ち切るような体勢を強いられ、床に視線を固定され叫ぼうとも助けは与えられず項に何かを押し付けられ。肉の焦げる香りと自分のあげる悲鳴がわんわんと響くのを遠くに感じまた意識を失いました。




夜中、ハッと目覚めた彼女は荒い呼吸を整えようとしながら自分の手を掲げて視界に入れます。あの時より年を重ねた手が映りました。力ない子どもの手ではありません。弱きままの女性の手でもありません。


弓や剣を握り締め、手込めにされる運命に抗い努力してきた証として胼胝がある可愛いげの欠片もない手です。それが震えるのを暫く見据え彼女はぎゅっとその手を握り込みました。


兄のいない今、自分の身は自分で守らなくてはなりません。兄が自分の代わりとして黒の王子へと目通りを願い、婚約を取り消してくれようという間、兄に身を潜めるように言われていましたが自国の貴族に見つかってしまい黒の王子が駄目なのであれば灰の王子にと縁談を持ち込まれ、己の意思を無視したやりとりをされてしまったのですから。


兄に頼り逃げ隠れしていても望まぬ婚儀が進められるだけ。否、兄の帰りを待っていればあの時と同じく手遅れになってしまうでしょう。そうなる前に一刻も早く灰の王子を撃退し、自国の貴族に罰を与えなければ。


ベッドから半身を起こし、枕の下から出した護身用の剣を両手で確かめるように取り、彼女の鋭い眼差しを僅かに残された灯りが照らし出し深い青が宝石のように光りました。






一方、イヴェニルも己の一番信用の厚い従者に情報の収集を命じ放ちました。更に身軽な侍女も二人ほど自国へと帰還させ兄と兄の婚約者やその周辺に変わりがないかと調べさせた上で兄に指示を受けるようにと言い含めました。


国に在る時とは違い限られた駒でやりとりをするには頭を使わなければなりません。いざという時には自分も直ぐに動けるようにしなくてはと一際気を引き締め、イヴェニルは翌日にもやって来た大臣との対話に臨みました。



国王の代理として王子と姫を支えてきたという大臣について話しましょう。その男はよく言えば見目の整ったご婦人方に好かれそうな口のよく回る男、悪く言えば一分の隙も見せない油断ならない狡猾な男でしょうか。


兄が自国の貴族に向け悪態を吐いていた狸親父というのはこういった男だろうとイヴェニルは考えました。姫の激しい言動をなかなかに抑えきれていない所は多少あれど、それ以外に抜け目が見られず痛いところを突いてやろうとのこちらの探りも非常に巧く交わしていく。


兄に付き従うばかりの己より一枚も二枚も上手かとイヴェニルは素直に己の力量の無さを、経験の差をも思いましたがそれでも退かずに食らいつき続けました。



そうして手に入れた情報によると、大臣は確かに二人の両親である国王夫妻が領地の視察に行った先で不幸な事故に遭い帰らぬ人となった折りにまだ幼かった兄妹の後見人として進んで立ち、今の今まで相当の地位を得ていた事。


しかしジルクハード王子が後数年程で王位を継ぐ。己に勧められた令嬢ではなく姫に傷跡があるという差違。そしてその傷跡は傷跡などという優しいものではなく、焼印であるというより酷な事実。


深く調べずとも出てくるそれらの情報は重要なものではないという事に他ならないものでありましたが意図せずあの気丈な令嬢の秘密を知り、イヴェニルは罪悪感を覚えました。兄の婚約者が何者なのか分からない恐れよりもそれは遥かに心を締め付けます。


兄ならば簡単に籠絡されないという信頼があったからでしょうか。それとも楽しげに婚約者とした女性と話していた兄を見ていたからでしょうか。


己の顔の半分に手をやり布の上からざらつく肌を撫でるようにしては今後どのようにあの女性と顔を会わせようかと考えます。あの激しく怒りを見せた一件以来一度も顔を会わせずにいようとも、元々自分との婚約話しで赴いたのです。最後の日まで会わせず終える事は国として、王族として出来ないでしょう。


あと七日間。姫はどう動くのか。イヴェニルは既に慕われる事のない相手への対応に困り果て途方にくれてしまいました。



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