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黒の王子、灰の王子  作者: アロエ
3/10

灰の王子の部



兄を庇ったのに後悔はありませんでした。


兄とはたった僅かな時間しか生まれが違わないというのに、自分より優れ、初めて触れたものでもどのような事も水を得た魚のように順応していくのです。


それは王として立つに相応しい、人の上に立つに相応しい、神のような存在でした。


畏れ多いと自分が手を伸ばすのを躊躇っても彼は自分の片割れはお前しかいないのだと笑って上げられずにいた手を取り、遊びに、共に連れ立つ事を許してくれるのです。


それがとても嬉しく、とても誇らしく。彼は兄を慕い、信奉し隣に立つに相応しいよう、影として立ついつかを夢見て必死に学び兄に着いて行こうとしていました。



そんなまだ遠い道のりを進む途中に兄を害そうという輩が現れ、迷う筈もなく彼は繋いだ手を離し兄を草が生い茂る場所へと突飛ばしました。例え転んだとしても傷が最小限に留まるように。幼い自分達が出来る抵抗と時間稼ぎにはそれしか浮かびませんでした。


パシャリとまるで悪戯をし合った時に水をかけた時のような軽い音がし顔の右半分と肩に何かがかかり。



「あ゛あ゛あああああああああ!!」



熱い、痛い。それが脳を占め、王族らしい振る舞いも忘れ不様に顔を押さえ地を転げ回ります。そんな事をしても痛みが軽くなるでも無くなる訳でもないとわかっていても立つ事は出来ませんでした。止める事も出来ませんでした。


兄の慌てた声と、兵が駆けてくる音を耳に気を失い。意識を取り戻すと医務官と両親が居ました。母は泣いていましたが父は兄をよく守ったと彼の咄嗟の行動を褒めてくれましたので、彼は兄はどうしていますかと問い、無事に部屋でお前が帰ってくるのを待っていると聞き安堵に表情が緩みました。


その時、また引き攣るような痛みが襲い、呻きながら顔に手をやると幾重にも巻かれた布の感触がし父と医務官に兄と揃いのような顔を無くした事を知らされたのです。




あれから十年以上は経ったでしょうか。灰の王子と呼ばれる青年は兄の隣で様々な女性を眺めてきました。


年が同じ兄弟揃っての見合いの為でしたが、自分のような醜く兄の足を引っ張るしか出来ない存在では終生妻を娶るなど叶わない事でしょう。権力や立場にものを言わせ、兄の身に何か起きた時に代わりとなるに相応しい子らを作る事も臣下達から提案を受けなかった訳ではありません。王族としてそれは考えなければならない普通の反応です。


しかし他でもない兄がそれを否と叩き捨てました。自分をそのように扱おうとすると彼の知る優しくも頼もしい兄は、狂ったような反応を見せ始める事に気付いたのは兄の悪評が国内でポツポツと聞こえ始めてからでした。


英雄や正しき王として立つ事を望まれて生まれてきた筈の兄がそのような謂れをされ、貴族は勿論民にも疎まれ愚かな王子、忌むべき王子と口々に言われる現状を知り何故だと彼はそのものらを斬り捨て粛清したい思いに駆られましたが堪えました。


ここで自分までも取り乱しては兄に迷惑がかかるでしょう。頭の良い兄がこのような噂をそのまま看過しているというのにはきっと理由があるに違いない。彼はそう考えたのです。



きらびやかな服を身に纏った美姫は兄をまず見、その後に彼を見ました。どんなに気を払い隠しても侮りの色が感じとれました。それは隣にいた兄にも同じでしょう。否、敏い兄にはもっと簡単に確実に感じとれたかもしれません。


飴を溶かしたような色の髪をしたその美姫が兄にアプローチするも刺々しいきつい言葉で全て返され、姫君は終いには涙を浮かべて去って行きました。


同じ黒髪の艶やかな姫、異国の香りを感じる褐色の肌の姫、頭の良さそうな自国の宰相自慢の娘。その誰とも彼は話を交わしませんでした。代わりに兄が視線で、よく回る舌で巧みに彼女らと向き合い全て気に食わないと傲慢に弾き返し終わりです。


彼も段々と不安と危機感を抱き始めました。兄はもしかしたのであれば結婚をする気は無いのではないか。自分に向け、悪い反応を示した女性であればあるほど手酷く返すのですから、これはもう自分のせいではないか、そう考えてまた何ていう事をしてしまったのかと彼は自責の念に心を潰されそうになっていきました。



そして十何人目かの見合いの席。彼は只管自分は石であると自身に言い聞かせ、縮こまりなるべく姫君の目に留まる時間を少なく済ませようとしていました。その願いが届いたかどうかはわかりませんが、銀の髪をしたその背の高い姫君は挨拶の際に僅かばかりこちらに顔を向ける他は兄の射殺すような視線に晒されようと淡々と話を進め恙無く顔合わせを終えました。


彼はその女性の後ろ姿を見送る兄の今までにない行動に期待を込めます。恋でなくともいい、女性全てを憎むようなそんな兄が若干でも興味を持てたなら、少しずつ歩みを進め王としていずれ立つに相応しい兄を支えてくれそうな女性が現れたなら構わないと。




姫君と兄が婚約を結ぶ事となったと聞かされ、両親は勿論彼もとても喜びました。ああ良かった、これでこの国も安泰だ。自分の為に兄が罪滅ぼしのように犠牲となる事は無くなるのだと兄が自分の元に顔を見せる度に笑みを見せ喜びと言祝ぎを口にし、兄の子を見る日が楽しみだとまで口にし兄が早すぎると苦笑しぶっきらぼうに恥を隠すかのような振る舞いをするのに目を細めました。


兄は銀の姫君の側に他者が寄ることを嫌いました。それはまるで弟たる彼に心無い女性が寄るのを避ける行動にもよく似ており、それが彼らを知る者らにより信憑性を持たせました。


婚約式が終わり、国の至るところで祝いの色が見られ恩赦のように酒や食事が振る舞われ。ふわふわとした久しぶりに心地好い気持ちを満喫している時です。



灰の王子宛に銀の国の貴族より縁談を持ち掛けられたのは。



彼は戸惑いました。兄に相談しようか、否、漸く婚約者が決まり二人共にゆったりと日々を過ごしているのに水を差すのは野暮と言うものでしょう。何より銀の姫の生まれた国からの縁談です。


銀の姫君が独り身の自分を思って気を回してくれたのかもしれない、その親切を無下にしては兄の顔に泥をつける行為となりましょう。


己の顔の焼け爛れたそこを隠す布を上から撫でるように押さえ、彼は縁談への返事を書きます。用意が整い次第そちらへ足を向けるので席を準備してほしいと。



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