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9話

 アシュレイは馬車に揺られていた。四人乗りの馬車で、アシュレイの向かいがリカルド、左がミシェール。斜めにフェリックスが座っている。


 先ほどまでは騒音と言っても差し支えないほどだった親子が、無言のままじっとアシュレイを見つめている。


「ねえ貴女、前世って信じる?」

 突然ミシェールに問われ、アシュレイは言葉に詰まる。


「前世って。前の人生、ってやつですよね。本に出てくる」


 そう答えながら、昨晩見た夢のことを思い出す。全く知らない国で、何らかの罪で死を選択させられた、あの夢だ。


「従姉妹なんだから、敬語はいらないわ。貴女も今日から侯爵令嬢よ」

 ミシェールは何がそんなに楽しいのか、ころころと笑いながらアシュレイの肩をポンポンと叩く。そんな事は決まっていない。ただ、避難ついでに話を聞けと言われただけだ。これからリカルド叔父が言うところの「ミシェールの妄想」が始まるのだろうか、と身構え、向かいに座る男性陣を見る。二人とも目を逸らしている。何度も聞かされて辟易、と言った所だろうか。


「それで、前世よ。前世。端的に言うと、ここはゲーム……物語の中なの」


 そう語るミシェールの眼光はとても冗談を言っている人間とは思えない。アシュレイはひとまず話を合わせる事にした。


「それはどんな話なの?」


「よく聞いてくれたわ!!」

 ミシェールはアシュレイの両肩を強く掴む。


「この世界は、乙女ゲーム『ラブ&パニック〜王都炎上〜』そのままなの。私はヒロインであり、悪役令嬢のミシェール・ラングレスよ。ヒロインは別にいるけど、私がやったのはプラス版だから、ミシェール編があるって事ね」


「悪役……令嬢?ええと、性格の悪いご令嬢、でいいのかしら」


「少し違うわ。まあ、主人公の好敵手よ。このゲームはマルチエンディングで、バッドエンドの種類がめちゃくちゃ多いし、正規のルートでも、悪役ムーブをしないと好感度が上がらなくて攻略できないのよ」


「悪役なの?ヒロインなの?どっち?」

 アシュレイはミシェールの妄想癖を甘く見ていた。初っ端から会話についていけないのだ。


「わかりやすく言うと、ひとつの舞台があって、そこに複数の脚本があるの。私たちはその脚本の中から一つを選ばなきゃいけないのよ」


「はあ」

 アシュレイは気の抜けた相槌を打つ。


「主人公は、侯爵令嬢。彼女は美しいけれど、家庭環境が良くなくてひねくれて育っているの。16歳で社交界にデビューして、意中の男性を口説き落として結ばれるまでの話よ」


「それって前世も何も、普通の貴族令嬢の人生そのままでは?」


「『ラブパニ』のクソゲーぶりは、その選択肢のひどさにあるのよ。全ての攻略キャラに、ノーマルエンド、ハッピーエンド、バッドエンドがあるの。普通にプレイしていたら、当たり障りのないノーマルエンドになると思うじゃない?でも、このゲームは違うの。ハッピーエンドへ突き進んでいたはずが、選択肢を一個間違えたりフラグ管理に失敗すると、バッドエンドに一気に移行したり、突然攻略キャラが死んだりするのよ。あとヒロインの選択肢がクソなのよね。何度『は?』って言ったかわからないわ。逆ハールートをやろうとして、何度国が滅びたことか。しかも1週目で正しかった答えが、2週目でも正しいとは限らないのよ。また分岐ルートが多くて多くて……」


 ミシェールは水を得た魚のように語り続ける。


「誰か死んだり、国が滅びたりする話なの!?」

「そうよ。それで、とりあえず無難なルートを選んでクリアしようと思ったんだけど、復活祭のあたりでループしちゃうの。最短のバッドエンドルートね。街中で馬車に轢かれて死ぬの」


「デビュタント直前からゲームが始まるんだけど、今回は違って、子供時代から始まったの。そしたら、子供の頃のフェリックスと出会えたのよ!それで、彼がアンドレア伯母様のことを突き止めてくれたの。ちなみに、フェリックスって隠しキャラなのよ。クリアデータがある状態で、確率で出現するの。ほんとは暗殺者なんだけどね。今は私の執事」


「暗殺者って……」

 アシュレイはフェリックスをちらりと見た。彼は無表情のままだ。深い緑色の髪は、馬車の中だとほとんど黒に見える。アシュレイは裏社会の人間など見たことはない。


「フェリックスはね、身体能力がすごいのよ!毒味もできるし、私発売前から彼を推してたのよ!声優のファンでね。でも生きてる間に彼のルートをクリア出来なくて、こっちに来てからは全然フェリックスルートに入れなかったの。バッドエンドルートで何回も殺されはしたんだけどね。でも今は私の執事」


「ぶふっ」

 リカルドがとうとう吹き出した。ミシェールはそんな父親を冷たい目で見る。

「もう、お父様ったら何回話しても信じてくれないんですもの。お母様は信じてくれたのに!」


「ミシェールはオフェリアと同じ不思議の国の出身だからね。そりゃあ分かり合えるだろうさ」

 フェリックスは何も語らない。無表情のまま、ミシェールを見つめている。


「それでね、今回は違うルートに入ったし、私はフェリックス推しだから、今回は失敗したくないの。だからあなたに手伝ってほしいのよ」


「えーと、私に代わりに馬車に轢かれろ、と言う事?」

 正直に言って、アシュレイが理解したのは「ミシェールはフェリックスが好き」「いつも馬車に轢かれて死ぬ」の2点のみである。その他の部分は脳が理解するのを拒否した。


「厳密に言うと違うわ。いえ、貴女が轢かれるとどうなるのか気にならない訳じゃないけど」


「ヒロインのすり替えよ。貴女がヒロインになるの。私はそれを観察する」


「そんな事、できる訳ないじゃない!?」

 アシュレイは腰をずらし、ミシェールから距離を取った。


「できるわよ。貴女はすでに攻略対象とフラグを構築してる。ゲームにはアシュレイのアの字もなかった。駆け落ちした姉の事を、母が恨んでいる、その一文だけ。でも貴女はすでにローエンとフラグを立ててる。それに、王弟殿下に街で声をかけられたんでしょう?今までは、その役目は私に回ってきてたの。でも今回は貴女。つまり、もうすでに私たちの役目はすり替わりつつあるの」


 ミシェールはアシュレイににじり寄り、ほっそりした指を彼女の前でぐるぐる回す。その仕草はまるで怪しいまじない師の様だ。


「多分だけど、疫病が流行った時に伯母さまが援助を頼みに来たって言ったでしょう?あの時にこっそり取り次いだのがフェリックスなの。本来なら、あなたはそこで死んでいたんだわ。お母様とお父様だったら、けんもほろろに追い出したはずだもの」


「しないよそんなの……」

 リカルドの心外そうな呟きを、ミシェールは無視して言葉を紡ぐ。


「ねっ、頼むわよ! 私このループから抜け出したいの! もし今回失敗しても、また絶対貴女のところに迎えに行くわよ! ループに道連れよ! 一生つきまとうわよ! 今回はフェリックスがいるんだもの、もうこのルートで一生を全うしたいのっ!!」


「ひいっ」

 額同士が触れ合うほどの距離に詰め寄られ、アシュレイは何も言い返せない。音が小心者なのだ。


「大丈夫、大丈夫。贅沢にはすぐ慣れて、元の生活には戻れなくなるわ。顔と家柄はいい奴ばかりだから、普通にしてても好きになれるわよ。多分……ね。とりあえず、復活祭のループを越えられたら戻っていいし、もし好きな人ができたらそのまま私のふりをして結婚していいわ」


 そんな事不可能に決まっている。この少女は狂人だ。向かいに座っている二人は完全に状況を諦めているとしか思えない。


「貴女には、先入観なしで攻略対象を選んでみてほしいわ。別に手堅いローエンでもいいんだけどね」


「あの、ちなみにその話にはどんな人が出てくるの?」


「んー、そうね。ローエンでしょ?大公と、王子と……」

 聞いてはいけない単語が耳に入り、アシュレイは話を遮る。


「ちょ、ちょっと待って。今王子って言わなかった?」


「そりゃいるでしょ?乙女ゲームよ?王子がいなくて何がいるって言うのよ。王子、貴族、執事、金持ちの庶民、ワケあり男、この辺は鉄板でしょ」

 そんな事は常識だ、とミシェールは何事も無かった様に話を続けようとするが、彼女の言っている事は王族に大して詐欺を行えと言っているも同然ではないか。


「ええ?」


「あ、お父様は名前しか出てこないモブだから気にしなくていいわ!ストーリーにはなんの関係もないから。あ、モブって脇役って意味ね」


「この方が?脇役?」

「お父様は、多分BGMとかお助けアイテムが擬人化した姿だと思ってるのよ」

「は……え……」


「ま、御伽噺でヒロインを助けてくれる魔法使いだと思えばいいわ。なんたって私のお父様ですもの、一番裏切らないキャラじゃない」


「マカセタマエ」

 リカルドは無表情のまま、裏声でおどけて見せた。ミシェールはそれを見て満足そうに手をパチパチと叩き、フェリックスもそれに倣う。


「とにかく、ゲームは社交界デビューの二週間前に始まって、いつも年末の復活祭でバッドエンドになるの。そこまで頑張りましょう」


「やっぱり私が馬車に轢かれろと?」

「もういい加減馬車から離れてちょうだい。そうならない様に全力を尽くすから」

「わ、私詐欺とか不敬で処刑されて、家族にも迷惑がかかるのでは?」

「うちはラングレス公爵家よ?平気平気」

「絶対に無理。絶対に無理よ。ミシェール、あなた、お医者様にかかった方がいいわ」


 アシュレイとミシェール、従姉妹同士の押し問答は屋敷に到着してからもしばらく続いた。


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