7話
ブックマークありがとうございます。1話の段階では数話で終わるつもりだったのですが、予想よりだいぶ長くなりそうです。
夕食の準備が終わらないうちに、ニールセン家に馬車がやって来た。
室内に緊張が走るが、降りてきたのはローエンとステラだった。
「なーんだ、びっくりして損したわ」アシュレイは呟く。
ステラが先に降りてきた。
「あらアシュレイ、髪の毛も整えていないじゃない」
ステラが、アシュレイの頭を撫でつけながら茶化す。
「そんな事をしている時間も、心の余裕もなかったわ」
アシュレイは横目でローエンを見る。白い花束を抱えており、
御者にチップを払っている。やはり気前がいいとアシュレイは感心した。
「こんばんは。本日はお招きいただき、ありがとうございます」
ローエンは完璧な笑顔で花束とウィスキーの瓶をハリスに手渡した。
彼は思わぬ追加の土産物に破顔する。酒好きだが、主に金銭的な問題で酔いつぶれるほど飲ませてもらえないのだ。
「お父さんを甘やかすと、そのうち毎日お酒が飲みたいって泣き出す様になるわ」
アンドレアが花束を受け取りながら、ハリスを茶化す。ローエンはアンドレアをちらりと見た後、しげしげとアシュレイを眺めた。
「アシュレイさんはお母さん似なんですね」
「よく言われます」
顔立ちだけなら、姉二人も十分母に似ていると言えるのだが、やはり色の印象というのはかなり強いらしい。
食事会は和やかに進んだ。アシュレイはどこまで話すか悩んだが、家族たちはあっさりと全ての出来事をローエンに伝えてしまった。その中で、若き日の母が幼い王子……王弟殿下にそれはもう熱烈に言い寄られていたことが発覚した。
「ふむ」
ワイングラスを傾けながら、ローエンは神妙な顔で頷く。
「つまり、アシュレイさんはラングレス侯爵家と、シュヴェリーン大公の両方から狙われているわけですね。片方には約束が、もう片方には強大な権力がある、と」
赤ワインを一口含み、彼は話を続ける。
「単純に考えれば、初恋の女性にうりふたつの令嬢を見つけたシュヴェリーン大公が、ラングレス侯爵家に縁組を願い出た。しかし、一人娘のミシェールはそれを了承しない。侯爵家の誰かが、彼女に駆け落ちした叔母とその娘の話を伝え、彼女は自分の身代わりとしてアシュレイさんを差し出す事を思いつき、この家までやってきた、ですかね」
「なるほど」
ローエンの語りに、五人は納得した。
「そういう風にまとめられると、そういう話なんだ、ってすっきりするわね」
グレイシーが白ワインの栓を抜く。
「ほんとよね。私たちだけじゃ、ごちゃごちゃしてばっかりで話がまとまらなかったもの。やっぱりローエンさんに来てもらって正解だったわ。ジョルジュには残業を押し付けて悪いことをしたけれど」
「ジョルジュは年末の復活祭に向けて、どんどん残業してお金を貯めたいと言っていましたよ?まあ、何を買いたいのかは聞いていませんけどね」
「まあ」
ステラは口の端を上げ、にんまりとした。
復活祭では、男性が意中の女性ないしは妻に贈り物を渡すのが習わしだ。
「しかし、なぜ公爵家との縁談を渋るのかな?」
ハリスがベーコンをつつきながら呟く。
「そりゃ、嫌なんじゃないの……相手が」
アシュレイは昼間の出来事を思い返していた。見た目は素晴らしい王子様然としていたが、あれは間違いなく曲者だ。自分が本物の令嬢でも断りたくなるだろう。
「後継の問題もあるわ。ミシェール一人しか子供がいないから、どこかへ嫁ぐとなれば子供を二人は産まないといけないし。婿に来たリカルドは外国の人間だから、遠縁から誰かを連れてくるのもなかなか難しいのよね。私が言うのも申し訳ないんだけど」
「だから、何かあった時はこちらの子供を引き取る、って話になっていたのね」
勘当したとは言え、有事の際には跡取りになるかもしれない子供達だから治療費を援助した。貴族らしい合理的な考え方だ。
「そうね。オフェリアは体が丈夫じゃなかったし。三人とも女の子だから一緒に育ったけど、男の子が産まれたら引き取らせてくれ、って言うのは遠回しに打診されていたの。結局産まれなかったけど」
アンドレアはさらりと恐ろしい事を言う。
「確認したい事があるのですが」
ローエンがワイングラスを置き、テーブルの上で指を組む。
「グレイシーさんは、婿を取ってニールセン子爵家を継ぐ。ステラさんはジョルジュと結婚して平民になる。その気持ちは二人とも変わらないんですよね?嫌な言い方をすれば、侯爵家と縁がある事がわかれば、もっといい条件の相手が見つかる可能性は非常に高いです」
「わたしは考えていないわ。他のお婿さんはごめんよ」
グレイシーがきっぱりと誘惑をはねつける。
グレイシーとステラは、社交界にはデビューせず、相手を見つけた。
アシュレイの目から見ても、二人は美人だし、気立てもいい。それぞれの婚約者たちも、とてもいい人だ。持参金など無くても構わないと言ってくれ、二人を本当に大事にしてくれている。それぞれのカップルが引き裂かれてしまうとしたら、アシュレイとしても、とても悲しい気持ちになるだろう。
「理由がなんにせよ、ラングレス侯爵家が娘の動向を把握していないとは思えません。アシュレイさんはどう思うんですか?社交界に出て、位が上の貴族に嫁ぎたいと思いますか?」
ニールセン一家は一斉にローエンを見つめた。
アシュレイを除く4人の瞳には、落胆の色がある。てっきり末娘に気があると思っていた裕福な紳士が、「せっかくだから名家の養女になっちゃえばいいじゃん。玉の輿に乗れるよ?どうせ相手いないんでしょ?」と言った様に聞こえたからだ。
ローエンは気まずそうに、「申し訳ありません。部外者なのに、出すぎた事をいいました」と謝罪した。
ステラは唇を尖らせる。
「ローエンさんはそれでいいの?アシュレイが連れていかれて、うちみたいななんちゃって貴族じゃなくて、本当の貴族令嬢になっちゃっていいの?」
「ええと、良くはないんですが、その、実家が。ええ。実家が」
ローエンの言葉が、急に歯切れが悪くなる。そんな様子の彼に、アンドレアは何か感じ入る事があるようで、じっと様子を見つめていた。
「とりあえず、もうあの子が来ちゃうんでしょ?一旦ローエンさんがアシュレイに結婚を申し込んでいる事にして、大公さまは侯爵家になんとかしてもらいましょうよ。跡取り問題とかは、姉さんが結婚して子供が三人ぐらい産まれたら考えるって感じで、次世代に持ち越し。これでどうよ?」
ステラが強引に話をまとめようとする。
「わかりました。その方向で行きましょう」
ローエンは二つ返事で了承する。
アシュレイは彼の事がよくわからない。口調は落ち着いているが、妙に突っ込んできたり、はぐらかしたりで、他人事なのか関わる気があるのか、一体を考えているのか。理解不能と言ってもいい。
(ローエンさんも、変といえば変な人よね……)
「なんだかもう、面倒くさいわ。とりあえず誰が来て、何を言われても断固として断る。姉さんたちに話が行っても同じ。それでいいのよね?」
アシュレイは一人一人の顔を見つめ、確認した。全員が強く頷いたため、安心し、ほっと溜息をついた。
「ところがどっこい、そんな簡単な話じゃないんだよなぁ」
突然響いた聞き覚えのない男の声に、空気は凍りついた。




