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2話

真面目な感じですが、途中からコメディチックになる……予定です。

 沈黙が、室内を満たす。


「アシュレイにそっくり……いえ、お母様に似ているのかしら」

 長女のグレイシーがなんとかして言葉をひねり出す。


「うふふ」


 ミシェールは軽く微笑むと、手にしている扇を従者に手渡し、アシュレイの方へ向き直る。

 その時初めて、アシュレイはミシェールの顔を見た。しかし、自分の顔がそれほど彼女と似ているとは思えなかった。雰囲気が違いすぎるのだ。


 彼女は白くしなやかな指を、先ほどまでアシュレイが座っていた素っ気ない木の椅子にかける。


「アシュレイ、どうぞお座りになって」

 伸ばされた左手を拒むことも出来ず、アシュレイはのろのろと椅子に近寄り、すとんと腰掛ける。

 吐息が聞こえそうなほど近くに来て、ミシェールと背格好がほとんど同じだと気がついた。


「生き別れの双子とか?」

 次女のステラが口にする。

 他人とは思えない。血縁関係があるのだろうとステラは確信している様子だ。


「生き別れの双子なのは、わたくしたちではありませんわ」

 ミシェールはぷっくりとした血色のよい唇で笑みを作る。真珠の様な白い歯がちらりとのぞく。


「ね?アンドレア叔母様?」


 三姉妹の両親は死刑台に登る前の囚人の様な表情をしている。

 グレイシーとステラ、そしてアシュレイは、ああ、そういうことか、と得心した。

 母親に似ている以上、父親の不義の子ではないだろう。

「何処からやって来たのか不明な、ハリス・ニールセンの美しい妻」であるアンドレアの、「何処かにいるはず」の親戚が彼女を訪ねてやって来たのだ、と三姉妹は考えた。


「あなたは……オフェリアの」

 唇を噛んで俯いていたアンドレアがポツリとこぼす。


「そうですわ。わたくしも驚きましたの。母親がそっくりな双子だからと言って、

 父親が違ういとこ同士がこんなにそっくりな事、あるかしら?」


 ミシェールは帽子を外し、従者に手渡す。後頭部に向かって美しく編み上げられた艶やかな銀髪があらわになる。そして、三女が座っている椅子に両手をかけ、背後から顔が真横に並ぶ様にして体を屈める。甘い香りがアシュレイの鼻をくすぐる。


「それで」

 ハリスが固く閉ざしていた口を開いた。

「ミシェール・ラングレス侯爵令嬢。貴女は、何が目的でこの家にいらっしゃったのですか?」


「あら」

 ミシェールは目尻を下げて笑う。そうするとよりアシュレイにそっくりだと、四人は思った。


「お二人はわかっているでしょう。約束を果たして貰うために来たのですわ」

 その言葉を聞いた父と母は青ざめ、再び黙り込んでしまった。


「それはどう言う……」

 アシュレイは真横にいるミシェールに問いかけるが、従者のとぼけた声がそれを遮る。


「失礼。話が長くなるので、座ってもよろしいでしょうか。ちょうど、椅子が二つありますし」


「失礼しました。ささ、どうぞ」

 しっかり者のグレイシーが反応し、立ち上がる。

 そのまま彼女は来客用の茶器を出すために台所へ向かって行く。何用かは知らないが、初めて出会った母方の親戚である。侯爵令嬢と言う肩書きの真偽はともかく、叩き出す訳にはいかないのだ。従者はステラの隣、ミシェールはグレイシーの隣に腰掛けた。元々姉達の婚約者のために空けておいた席だ。


 沈黙が再び場を支配する。グレイシーがお茶の準備をしているのだろう、かすかに物音がする。

(なんだかまるで、私が裁判にかけられているみたいだわ)

 突然現れた従姉妹を名乗る令嬢のおかげで、アシュレイはひどく混乱していた。

 自分だけ一人、家族から分断されている様に感じるのが、どうか気のせいであってほしいと彼女は強く思った。


「さて、どうしたものでしょうか。別に命を取ろう、などと言う話ではございません。私が話した方がよろしいですか?」

 従者がテーブルの上に置かれた紫色の帽子を見つめながら、呑気な声を出す。侯爵令嬢の従者にしては、威厳がなさすぎる男である。


「わたくしが話すわ。フェリックスは黙っていて頂戴」

 ミシェールがピシャリと言い放つと、御者は「御意」と短く答え、満足そうに口元を緩めた。


「若き日のアンドレア叔母様は、城の官僚だったハリス叔父様と恋に落ちました。しかし、先代のラングレス侯爵……わたくしたちのお爺様は猛反対しました。貴族の位を剥奪してやる、以外にも暗殺してやる、などと発言したとかしないとか?それもその筈、侯爵には双子の娘以外、他に子がいませんでした。アンドレア叔母様は病弱な妹の代わりに婿を迎え、爵位に着かなければならない立場だったのです。既に婚約者も居たのですからね」


 ここで、一旦ミシェールは話を止め、周囲の人間を一瞥した。

「ここまでの話はご理解頂けますか?」


 アシュレイはぼうっと、テーブルの上の帽子を眺めていた。絹のリボンに、白いバラの生花があしらわれている。普段はそんな事は無いのに、彼女が現れてからどうにも体の調子が悪く、会話に口を挟む事が出来なかった。


(状況についていけなさすぎて、具合が悪くなってきたわ……)


「ええと、お母様が実はラングレス侯爵家の跡取りで、婚約者もいて……でも、お母様はお父様と結婚して、ここにいる。と言う事はつまり……お父様とお母様は、身分違いの恋をして、駆け落ちを……?」


「ステラさん、話が早くて助かりますわ。流石はわたくしの従姉妹」

 ミシェールは嬉しそうに微笑み、指を組む。

 実際問題として、両親はほぼだんまりを決め込んでいるし、アシュレイはどうにも具合が悪い。

 従者のフェリックスは黙れと言われたきり微動だにもしないため、ステラが会話に参加するしかないのだ。


「身分違いの恋を認めて貰えず、式の日取りも決まりつつある。思いつめた若い恋人たちは、とうとう強行手段に出てしまったのですわ」

「既成事実……そう、子供を作ってしまったのです。しかも、叔母様は失恋で塞ぎ込んでいるふりをして屋敷にこもりきり、産むしかない時期までひた隠しにした」


 ステラとアシュレイは、思わずグレイシーが居るであろう台所へ視線を向けた。

 真面目な長女は、自らの出生にその様な劇的なエピソードがあるとは今までに想像した事も無いだろう。


「二人が駆け落ちしたせいで、病弱な妹のオフェリアと、元々アンドレアの許嫁だったリカルドは迷惑を被りましたわ。それでも、二人は家の為に嫌々ながら結婚しました。そしてなんとか一人娘のわたくしをもうけたのですが、それ以上は望めませんでした。母は病弱ですし、結ばれないながらも思う殿方がいたとの事ですし、父も妹よりは姉の方が良かったとこぼしていたそうですわ」


「お二人には、大変申し訳ないことをしたと思っています」

 父ハリスが、テーブルに額がつきそうなほど深く頭を下げた。


 ハリスの萎れた姿を見て、ミシェールは腹立たしげにテーブルを叩く。

 その様子が、アシュレイに実際には見たこともない裁判の風景と、

 裁判官の打ちおろす木槌の音を連想させた。


「お二人どころの騒ぎじゃありませんわ。まあ、わたくしは産まれていませんけれども」

 ミシェールは紅潮した自分の手のひらをさすりながら、ため息をつく。


「お爺様もひとりの父親として、娘の幸せを願っていない訳ではありませんでした。ニールセン子爵の爵位を剥奪せず、アンドレア叔母様は急病で領地へ静養に行ったことにして、二人のことは黙認する。そのかわり、何かあった時には、ラングレス家の血を引く子供を差し出す事。この件について、書類にサインした事、覚えてらっしゃるでしょう。今日がその日なのですわ」


 アシュレイは自分の従姉妹だと言うこの少女が、熱っぽく語るのを

 他人ごとの様に眺めていた。

(何かあれば、子供を差し出す……誰を?何のために?)

 なんとか話を聞いてはいるものの、いよいよアシュレイの意識は遠のきはじめる。

 自分の体はどうなってしまうのだろう。この場で彼女の異常に気がついているものはいない。


「あ、あの。それってつまり、私たちの誰かを侯爵家の養女にするって事ですか?」

 両親と妹の間でウロウロと視線を彷徨わせながら、ステラが問う。


「少し違いますわ」

 ミシェールは立ち上がり、異常な熱を持ち始めたアシュレイの両頬を掴み、ぐいと自分側に引き寄せた。

 額と額がぶつかり合うほどの距離感に、アシュレイの胸は苦しくなる。


「アシュレイさんには、わたくしの身代わりになっていただきますの」


 そこでアシュレイの意識はぷつりと途絶えた。



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