1話
短編のつもりで書き始めましたが、予想外に長くなりそうです。
アシュレイ・ニールセンは16歳。
貧乏子爵かつ下級役人のニールセン子爵の三女である。
その日は、父親の仕事が休みのため、家族5人でのんびりと過ごし、
午後からは姉達の婚約者を交えて少し豪華な食事を、という予定であった。
苦労人で、温厚な父、ハリス・ニールセン。どこから連れてきたのかと評判の美しき母、アンドレア。長身で細身、凛とした長女、グレイシー。長身で妖艶な次女、ステラ。身長は普通で、女性らしい体つきと、 母と同じ銀の髪と水色の瞳を受け継いだ三女のアシュレイ。
人好きはするが地味な容貌の父に対して、女性陣の美貌は際立っていた。
惜しむべくはニールセン家が貧乏な事である。
彼女たちには、社交界へデビューするためのドレスも宝石もないのだ。
しかし、ニールセン家は幸せであった。教会の鐘が九時を知らせ、見知らぬ女が家にやってくるまでは。
馬車の音がし、控えめにドアがノックされる。
「誰だろう?来るのは午後だったよな」
父親は呑気に声を上げる。
「お仕事の関係で、何かあったのではなくて?」
母親も呑気に答える。
「アシュレイ、お客様をお出迎えしてちょうだいな」
「わかったわ」
母親に言われ、一番玄関に近い位置に座っていたアシュレイが立ち上がる。
閂を外し、木製のドアを開く。
太陽を背に現れたのは、紫色のつば広の帽子を被った、水色の瞳を持つ
令嬢であった。アシュレイと同じ瞳の色である。
帽子からわずかにのぞく前髪は、アシュレイと、そして母のアンドレアと同じ
銀色であった。どのような表情をしているのか、口元は扇で隠されているため
わからない。その背後には、影のような長身の、鳶色の髪の従者が佇んでいる。
アシュレイは、見慣れぬ女性のただならぬ雰囲気に押され、
思わず体を脇に寄せ、二人を家に招き入れてしまった。
「お邪魔しますわ」
その貴婦人は、ただ一人の従者を連れ、質素な邸宅に足を踏み入れた。
人目を忍んでか、レースやシフォンなどの飾りは付いていない控えめな装いではあるが、見るものが見れば極上の素材で作られたと分かるであろうデイドレスを身にまとい、優雅に部屋の中を見渡した。
この令嬢は誰なのか。一家は固唾を飲んで次の言葉を待った。
冷静に考えれば、このご令嬢の行動は無作法すぎるのだが、
明らかに上級貴族と分かる佇まいが、全員を黙らせた。
(この方、一体、誰なのかしら)
アシュレイは突然の来訪者の後ろ姿を眺めながら考える。
彼女だけが背後に立っているため、やや不躾に二人を眺めていた。
すると視線を感じたのか、令嬢がこちらを振り向いたので、目が合ってしまった。
アシュレイは思わずびくりとなり、俯いてしまう。
扇の奥で、フッと笑われた様な心持ちになり、どうしようもなく赤面してしまう。
三女を一瞥した令嬢は、再び正面に向き直り、
鈴を転がすような声で自らの名を告げた。
「わたくし、ミシェール・ラングリスと申します」
その声を聴き、父と母はびくりと震える。
椅子がガタリと大きな音を立てたため、娘たちの視線は両親に集中する。
ミシェールは、静かに扇を下ろす。
その顔は、雰囲気こそ違うが、アシュレイと瓜二つであった。




