3,思ってたより素直でした
生徒たちに会いに保健室まできた。
騎士を育成するとあって、保険棟と呼ばれるくらいは大きい。軽く体育館くらいだ。
ドアを引いて中に入る
「よぉークソガキども。気分はどうだ?」
ドアを開けると、反応は3つ。
1つ、怯える。
2つ、怯えながら睨む。
3つ、怯えながら悔しがる。
「そんな怖がんなって。全員後遺症はないな?あったらリゼリアに怒られちまう。」
反応はない。
「お前らのパパやママが御偉いさんなのはわかっている。俺が気に食わなければパパとママにでも辞めさせるよう頼めばいい。まぁ、到底辞める気はないがな。」
ただし、と続ける。
「はっきり言うが俺以上の元騎士はそういないと思え。リゼリア先生曰く、どうやら俺はすごいらしい。」
数人がクスクスと笑う。
「お、何人か笑ったな?お、おいそんなに怯えんなよ悪かったって。何もしないから。」
笑ったことを怒られると思ったのか怯えられた。
ちょっと怯えすぎじゃない?
傷つくなー。
「お前らは強い。おそらく小さい頃から家庭教師でもつけて訓練に勤しんできたのだろう。例えば一番最初にかかってきた…名前なんだ?」
膝蹴りを食らって吐いた少年はびくりとしてから、こっちを向いて名前を言う。
「アレス。アレス・エンディバラ」
「アレスか、お前の場合、国軍の精鋭脳筋たちと同じだけのフィジカルはある。だが弱い、何でかわかるか?」
アルスは面食らったように口を開け、すぐに悩む。
一応、教師になった身としては自分で考えて欲しいが、今回は仕方ない。
「悩むことじゃない。戦い方を知らないからだ。直線的に攻撃した場合の相手の対応を知らないからだ。」
「それに嘲笑金髪娘!お前もだ。」
「なっ!?ちょ、嘲笑金髪娘!?!?」
「お前も戦い方がなっていない。魔術の使いどころ、弱点や長所、剣戟との組み合わせ方。全てがなっていない。」
「わたしにはイリス・ラーグナーという名前があります!!!」
なんか騒いでるけど華麗にスルー。
「いいか?騎士になるには師が必要だ。1人で極められるほど、騎士道は甘い道ではない。俺が師匠になる。それが嫌なら俺の代わりに授業できるやつでも探して自分でやってろ!!!」
「お前らみたいに気に食わないからと、親の力で師匠を選ぼうとしてる奴らに、わざわざ稽古をつけてくれるのは、仕事がなくて、ひまな俺くらいだ。」
「俺だったらいつでも稽古をつけてやる。何だったらなかば殺しにかかってきてもいい。そんときは相応の覚悟をしたほうがいいが…どちらにせよお前らは師匠がいないと騎士になれない。俺は生徒がいないと金にならない。その上お前らは気に食わない俺を見返すタイミングがいつでもある。悪くないだろ?」
生徒たちが黙り込む。
こいつらがやっていたことは、決して間違ってはいない。自分の師匠を選ぼうとしていただけだ。
だがそれではいつになっても騎士にはなれない。
騎士道とは、教える人間がいて初めて成り立つ道。
そして師匠とは選ぶのではない、自分が選ばれるのだ。
「俺はお前らを選んだ。拒むも選ぶも自分の自由。あとはお前らが選ぶだけだ。」
「わかったよお前に着いていく。ただし教わることがないと思ったら辞めてやる。」
アルスがそう言う。
「借りは返します。絶対に。」
嘲笑金髪娘もといイリスがこちらを睨んでくる。
「他の奴らはどうなんだ?」
クラスの奴らも、顔を付き合わせて俺も私もと賛同する。
意外と素直じゃん。
この光景を見るのは二度めだ。
最初は、俺が小隊を持ったばかりの頃の話。
今回みたいに全員をねじ伏せてから話し合う。
結局のところ騎士道を歩むものは皆脳筋なのだ。
そんなことを考えていると、話が終わったのか、こちらを向いていた。
「俺たちはあんたに着いていく。ただしさっきも言ったが、借りは返すし、教わることがないと思ったら、勝手に辞めさせてもらう。」
「やってみろ。それができるほど俺は弱くねぇぞ?お前ら三ヶ月もろくに授業やってないんだろ?元が優秀でもサボりまくったお前ら雑魚虫に倒せると思うなよ?」
ドヤ顔で言うと、生徒たちは顔を引きつらせた。
「言ってくれんじゃねーか!」
アルスが切れかかる
「おいおい図星か?」
「うるさい無職!」
「おぉ?」
無職?
ほほぉーう?
「騎士団クビになったんだろ!武功をあげてないからリストラでもされたのか?」
リストラ?
武功をあげてない?
ほほぉーう?
「そうだよ。あんた何で仕事ないんだよ?そんなに強いのにさ?」
「仕事ない人なんて信用できないだろ。みんなもそう思うよな?」
「そうだそうだ!!無職が偉そうに説教してんじゃねぇ!」
おいおいあたりキツイな。
「分かったいいだろう俺の前職と、何でクビになったのか説明するから。だから無職というな!今は教員だ!」
このクソガキどもめ!
人を無職無職言いやがって…
「改めて自己紹介だ。俺の名前はユーリー・クロイツ元戦 乙 女騎士団第一小隊長だ。よろしく頼む。」
リゼリアは屋上で眼下にある保険棟を眺めて想いを馳せる。
リゼリアが育てた弟子の中で文句なしの最優秀。長い伝統とその功績から"最優"の称号を与えられたワルキューレ騎士団に所属し、一年足らずで小隊を率いた異例の騎士
ユーリー・クロイツ
ワルキューレ騎士団は無双と称えられた団長が急病によって不在になってから2年間業績を落としていない。
普通に聞こえるがこれは本来ならあり得ないことだ。
ワルキューレ騎士団も、一枚岩ではない。
しかし、団長不在となれば受ける仕事の難易度を下げるのは団の消耗を考えれば当然な措置だ。そうなれば利益も減る。
しかしそれがない。となると団長抜きで今までの仕事を同じだけこなしていることになる。
知人の多い団の中にそれだけのことができることをリゼリアは1人しか知らない。
そして北の蛮族の降伏の知らせで推測が事実として確定した。
『北方の侵攻を阻止。ワルキューレ騎士団圧倒的』
新聞の見出しでは小隊までは特定していないものの、第一小隊の活躍は界隈では周知の事実となっていた。
首狩りの第1小隊として
「そんな奴がここで教師をやっているなどとしれたら、あのアホの副団長は一生愚者の汚名をかぶるのだろうな。」
幸いにもユーリー・クロイツ本人についてはバレていない。
だがそれも時間の問題だろう。
「しばらくは様子見だな。」