12.兵士と騎士
短いです
明日も投稿します
アレスは悩んでいた。
ユーリーが質問を受け、アドバイスをした日の夜、アレスは豪奢な部屋に多くの本を持ち込んで、思考に没入していた。
アレスの用意した本の多くは兵法、それも騎士の戦い方についての本だった。
「どれもこれも正面から突っ切る力技。俺の憧れていた騎士は皆脳筋なのか?」
本にされるほどの戦いは多くの場合英雄的な側面を持つ。
それは悪く言えば尾鰭のついた、真実とは異なる、よく言えば理想的な勝利だ。
だが実際はそんなに安易なものではない。
陽動や欺瞞、環境を利用した罠。
裏切りなんてものもある。
騎士の対面的に公にできないことは塗りつぶす。
力を持たない貴族たちが、その名と評価を守るためにとられ続けた方法だ。
アレスはどれもパッとしない夢物語に呆れる。
「今日は休もう。明日また…ん?」
足元に落ちている一冊の本に目がいく。
古びた本ではあるが、なんども使用された本だった。
「これは…」
アレスの手に取った本は、騎士ではなく、兵士の兵法書だった。
2日後、アレスは朝一でユーリーのもとに向かった。
「先生、質問があります。」
ユーリーは眠そうな目をこする。
「なんだ?言ってみろ。」
「騎士に兵士が勝つことは可能ですか?」
ユーリーは少し驚いたように、眠そうな目を開く。
「どうしてだ?」
アレスは苦い顔をしながら答える。
「僕たちは騎士ではありません。少しだけ魔法の使える騎士の卵です。ならば騎士の戦い方を真似るのは名が重いと思いました。」
騎士とは万能の戦士。
魔法と剣術に長け、騎士道にその命のあり方を誓ったものたちを指す。
アレスたちはまだ騎士ではない。
正々堂々勝負できるほどの実力は無く、また騎士としての多くの戦い方を実践できるほど技能が定着しているわけではない。
「まぁ、たしかにお前らは騎士ではないしな。お前のことだ、くそまじめに騎士兵法でも勉強してきたんだろ?あんな本は貴族崩れの騎士が書いてるからな。夢物語で溢れてる。」
図星を当てられ、少し恥ずかしくなる。
自分もまた王族の一人なのだから
「それで、兵士は騎士に勝てるかだな?結論から言うなら無理だ。そもそも使える技術と一つ一つの練度が違う。ベテラン騎士が万全の体制で行けば、一人で兵士百人は殺せる。」
そもそも兵士と騎士が分けられているのには、そこに絶対的かつ明確な差があるからだ。
兵士とは量産を目的としたコストと性能、そして育成期間において効率を優先したものたちだ。中にはもちろん騎士と渡り合えるほどの実力者がいないとは言わない。
が、騎士は根本的につくり方が違う。
魔術を使い、剣術は兵士の何倍も鍛錬を重ね、命のあり方さえ己に強制する。
「わかりにくいか?兵士が一人しか殺せない劔なら騎士は千人殺せる劔だ。そこには埋められない差がある。」
「そうですか…」
「だが、お前の聞くべきはそういうことじゃねぇだろ?お前が聞くべきことは、兵法で騎士は殺せるかだ。」
アレスは面食らったようにおうむ返しをした
「兵法で騎士を殺す?」
「お前もわかってはいると思うが、騎士だって裏切り、陽動、罠や欺瞞は使用するし、通用する。戦争で騎士が死ぬ場合は大きく分けて二つ。」
ユーリーは指を二本立てる。
「一つ目、単純に相手に実力差で負けるとき。」
これは相手が騎士の場合だ。
騎士同士の戦いでは最終的には実力がモノを言う。
「二つ目は相手にはめられたときだ。」
いくら一人で百人からせようと、百一人で攻められればあと一人のところで死ぬ可能性は大きい。
欺瞞に陽動、予想外の戦力や、地形的なふりが重なれば相手が魔術も使えぬ兵士とて、被害なく済ませるのは至難の業だろう。
「お前の言った通り、お前たちはまだ騎士ではない。他のクラスも含めてな。故に兵法で倒すことは可能だ。ま、下手な策打てば力負けはするかもしれないけど。」
アレスが頷く。
「もちろん、正面から突っ込むって作戦もいいんだぜ?力を持っている奴らの正面突撃ほど怖いものはないな。」
バッファローを相手していると思わせる勢いだからなぁー。
本当に怖い。
「ま、トライアンドエラーだ。何十個でも試してみるといい。」
アレスは整理ができたのか、お辞儀をして出て行った。
「ありがとうございました。」
「俺たちが取るべきは集団戦だ。」
その日の放課後、クラスメイトに残ってもらい、作戦を伝える。
教室には結界を貼り、盗聴などを防ぐ。
「他クラスの持つ俺たちのイメージは協調性のなさだ。そこをついてくるだろう。おそらくツーマンセルで一人づつ、最悪他の二クラスは手を組んでくる。」
このクラスは嫌われもの、変わった奴らの集まりだ。当時の協調性のなさは、ピカイチだろう。
だが今は違う。
勝たねばならない理由があり、そのためには協力が必要だと理解している。
今まではアレスが単にまとめていただけだ。
それでは勝てない。
この作戦には信頼関係が必要なのだ。
「相手がツーマンセルで攻めてくるのならこっちは五組全員だ。完璧な連携を持つ集団戦で臨む。」
ある意味騎士とは真逆の戦い方。
個の強さを生かす騎士とは違い、集団による強みを生かす戦い方。
それはさながら欠けたものを補うような戦い方。
「頭は俺がやる。みんなは頭の俺を支えてくれ。」
傍聴を阻止する結界を突き破り、歓声は教室を飛び出した。
ユーリーは校舎の屋上で、焼き菓子をつまみながら本を読んでいた。
おそらく今頃アレスが騎馬戦について話しているのだろう。
放任主義の自分としては、ほっといても成長していく生徒たちはラクなのだが、教師としてどうなのかと言われれば少しだけ気まずいところがある。
ほんの少しだけね?
「そう思っているのなら手を貸してやればよかろう?」
声をかけてきたのはリゼリアだった。
「人のティータイムを邪魔した挙句、エスパーのごとく人の思考を読むのはやめろ。」
「師匠へタメ口とはいい度胸だな?それよりもその茶菓子どこから取ってきた?」
「応接室。」
あっけらかんと答える。
取ってくださいと言わんばかりにおいてあるのだ。少しくらいいいだろう。
「いやしいやつめ…そのくらい買う金ならあるだろうに。」
「で?用件はなんだ?そんなこと言いにきたんじゃねぇんだろ?」
「勝てそうか?」
リゼリアはそう聞く。
「知らん。俺は放任主義なんでね。」
「成る程。自信はあるようだな。」
リゼリアは夕日の落ちる地平線を眺めてそう呟く。
「貴様が放任するのは放任しても問題ないと思うからであろう?」
「さぁね。やっても無駄だからかもよ?」
「それならこの場にはいないだろう。貴様は皮肉れているのに行動は素直だからな。」
「うっせぇ。」
ぶっちゃけ言えば勝っても負けてもどっちでもいいと思っている。
勝つことに意味があるかと言われれば、あまり意味がない。
ここでの勝利は自信という名の慢心と達成感というなの怠惰を生むだけだ。
「勝てるならよし、負けてもよし。思考し、用意し、戦う。この経験さえできればあとはなんでもいいんだよ。」
なることはなるべくしてなる。
結果は全て必然。
そして1週間が経った。
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別作品も書く予定なのでそちらもお願いします