11.特訓するそうです②
扉をあけて入ってきたユーリーは教師用の椅子に踏ん反り返った。
この椅子なかなかに座り心地がいい。
「ん?どうした?ないならいいけど悩んでる奴もいるだろ?」
そう投げかける。
だいたい、これだけの競技一つ一つにしっかりとしたストラテジーを組めという事自体無茶振りなのだ。
ま、その無茶振りした張本人が俺なのだけど。
「先生、質問があります。」
最初に手を挙げたのはイリスだった。
イリスは教卓の近くまで小走りで駆け寄り、質問をする。
「魔力エンチャントを教えてください。」
おっと、こいつそこに気づくとは…
「やるじゃねぇか。いいぜ明日第二修練場に来い。コツと見本くらいは見せてやる。」
準高等とはいえ、魔力を固定して、ただ身体に付与するだけだ。一度感覚を掴めばそう難しい話ではない。
次に来たのはレッドだった。
「先生このルールなんですが…」
「ぶはっはっはっは!!!お前おもしれーな!!まじ最高!!」
結論から言えば、レッドの質問はルールギリギリだった。
裏技、黒よりのグレーゾーンと言ってもいい。
だが筋は通ってる。
「いいなそれ!!やれ!絶対にやれ!!」
俺の大好き、搦め手裏の手卑怯な手。
是非とも実践していただきたい。
その後も順々に生徒たちは質問をしていき、気づけば最終下校時刻を過ぎてしまっていた。
リゼリアに怒られたのはまた別のお話。
生徒たちを見送り、教員室に残ったリゼリアとユーリー。
「何か面白いことでもあったのか?」
リゼリアがそう聞く。
「あぁ。あいつらはやっぱり面白いぞ?俺の予想を超えたのが何個かあった。いや〜まじで楽しみだよ。」
「反則ではないんだろうな?」
「そりゃそうさ。ルールは守る。じゃなきゃ意味がない。」
翌日の放課後、生徒たちは修練場にやってきていた。
修練場の使用は割り振られており、トラブルなど起きようはずもないのだが…
「見られてるな。」
「見られてますね。」
アレスは予想通りの偵察に頭を悩ませる。
そんな時、あくびをしながらユーリーが入ってきた。
「お前らなにやってんの?時間ないんだからさっさと動け。」
このドアホは〜!
「偵察が来てるんですよ?手の内晒すわけにはいかないでしょ!?」
アレスは半ギレでそう返す。
呆れたようにあくびをしながら返す。
「あのなー、どのクラスもスタンダードは変わらねぇんだよ。見せてもいいところをここでやれ。見せられないものは授業中にやればいいんだから。」
ぶっちゃけどのクラスも考えていることは同じだ。
魔術とゴーレムという共通の課題に対して、生徒たちのもっているカードほとんど同じ。
対応が似てくるのは必然といっていい。
だからこそ…
「お前らが勝負に勝つために必要なのは隠しカード。いわゆる奥の手、切り札って奴だ。それは見せちゃいけないのは正しい判断だ。だが基礎的な能力は別に見せても構わない。警戒させるつもりで見せてやるのも手だ。」
「わかったらとっとと動け。」
そう言って手を叩く。
そもそも生徒の偵察などあまり意味がない。
生徒たちにわかるのはせいぜい強そうか弱そうかぐらい。
そんなものに時間をかけるくらいなら練習した方が効率的だ。
「イリス達は第2に行くぞ。一応結界魔術ははるから問題ない。」
第二修練場につくと、イリス達に向き直る。
「いいか?今から多元の二種複合を習得するのはできないことはない。感覚を掴めさえすればな。だが無理な可能性もある。」
「分かってます。」
「ならいい。よく見ておけ。」
手のひらに魔力固定の魔術を発動、そこに魔力を固定する。その後、身体にポイントを設置し、そこを起点に付与魔術を発動、付与対象は言うまでもなく魔力固定をした魔力。
今回は膝からつま先、拳と膝に付与をした。
「こんな感じだ。この魔術の壁は二つ。一つ目は付与のポイントを設置した後に、魔力固定した魔力を付与対象に設定すること。二つ目は、付与対象の魔力をしっかりポイントに付与し定着させることだ。」
「うわっ超難しそうなんだけど。」
「できないよ〜!」
ナーガとミーアが頭を抱える。
「最初は難しそうでも、感覚を掴むと、一式のように楽々できるのがエンチャントのいいところだ。サリウスとリベラ、イリスはエンチャントしたことはあるんだろ?多元式は術式の構造が複雑だが、式の一つ一つを見るんじゃなくて、式全体として扱うといい。少しはやりやすくなるだろう。」
魔術の基本は式の構造を理解することでもある。
そのためエンチャントをするたびに、付与対象の式を隅々まで認識しようとすれば、それだけ莫大な情報を処理しなければならない。
一式は簡単な式のためそれでも付与できるのだが、多元式は、それでは流石に無理がある。
「いいか?ここは適当に式を捉えるんだ。むしろ式なんて考えず、事象だけを認識してもいい。魔力を固定し、そこにある魔力をイメージしろ。それをそのまま自分の設定したポイントにくっつけるんだ。」
「お、おぉ!?」
サリウスが声を上げる。
サリウスの拳に、少しだけだが魔力がまとわりつく。
やっぱり、やったことある人間は習得が早いなー。
にしても…
「イリス、考えすぎだ。式の情報が多すぎる。認識として、お前は多元式の情報を精密に扱い過ぎだ。」
「うぅ…適当に、適当にするのよ私!」
なんかダメな方向に走りそうで先生は心配です。
「う、ううわぁー!!できるかぁ!!先生なんかわかりやすいイメージないの!?」
ミーアが絶叫を上げた。
「手に集めた蜂蜜を、自分の選んだ場所に塗りたくる。」
「なにその例え!?でもわかりやすい!」
騒がしい奴だなこいつ。
まぁそれでできるなら簡単なんだけどな…
いわゆる天才って奴だ。
「あ、できた。」
天才なんかい!!
「お前、天才だよ…」
「先生に褒められたぁぁぁ!!」
ただ…
「絶対に人に魔術教えんなよ?」
「なんで!?」
魔術は論理だ。
感覚でできる天才は教えるのが決まって適当だ。
「すげーなミーア!!どうやったんだ!?」
話を聞かない奴め、後悔するぞ?
ミーアがナーガに教える。
「えぇーとね、なんかこう、手にためた魔力を拳にべちゃーってつけるの。」
ほら見たことか。
そんな説明でできる奴がいるわけねーよ。
「うぉぉぉ!!できたぜ!!」
お前も天才なんかい!!!
もう嫌だ。
俺教師の自信なくしたよ。
「先生できません…」
俯いてそう言ってきたのはリベラだった。
「やっぱりこう言うのって才能なんでしょうか…」
「いやいやいや違うから。あれがおかしいだけだからね?これ準高等だから。それにリベラ、最終的により出世するのは論理を理解してる奴だから心配すんな。いいか、順序だてて行使するんだ。」
「なんでー!?私たち天才は騎士団でちやほやされないの!?」
「早速調子に乗ってるな?イメージだけで魔術が使えるってのは、逆にイメージがないと魔術が使えないって意味でもある。今までもあったろ。よくわかんないけど使えたなんて経験が。」
図星だったのか二人は目をそらした。
「騎士団に入ってから苦労するぜ?例えば迷彩術式。あんなのイメージなんてできないから。透明になるとかで済む術式じゃねーからな?」
「ひどい!先生ひどい!」
「そうだ!子供の夢潰してなにが楽しいんだ!」
「お前らを思ってだろーが!今のうちに理論を理解する癖をつけとけ!」
「先生できたんですけど…」
イリスがそうユーリーに言ってユーリーに近づく。
拳には魔力がしっかりとまとわりついている。
しかし異様な外見で。
「なんだ?魔力刃?」
魔力刃とは魔力の形状を操作して作るもの。
概念自体がアバウトな魔力は、他の形状操作に比べて群を抜いて難しい。
それをイリスが?
「ん?」
よく見るとイリスの拳にまとわりついている魔力は、身体中に張り巡らされていた。
「おいおいおい。お前、系譜魔術はなんだ?」
系譜魔術。
それは家系によって得意な魔術であり、その家の血筋に刻まれた術式のことである。
魔術理論的に言うならば、先祖代々からつながる、家系図そのものが魔術式として稼働しているもので、中には理論が解明できないものも数多くある。
「エ、エンチャントですわ。エンチャントの中でも形状を付与する魔術です。」
「なるほど。魔力の形状付与は超高難易度。系譜魔術で適正があるなら理解出来る。親からはなんで説明されてるんだ?」
イリスは焦ったように答える。
「私の家系は、18のになると系譜魔術を教えられるです。一応、形状エンチャントの魔術だと教わってはいたのですが…」
「俺たちに見せたのは仕方ないが…おそらくだが、お前の家の系譜魔術は形状付与、それも魔力の直接操作だ。形状は血筋に従って発現するのだろうが…帰ったら親に言え。系譜魔術には呪い的な要素が含まれることもある。」
言ってみれば系譜魔術は先祖から受け継いだ古の魔術。中には強力だがデメリットを抱えるものもある。見た感じはなさそうだが、万が一がある。聞くに越したことはない。
「お前らも今日はここまでだ。家に帰って反復練習しとけ。」
こうして1日目の特訓が終わったのだった。