ブレッヘン VS CVエリカ
ディルは、突如現れた謎の機体を見上げながら警戒を強めた。
「リュネックの量産機とは違うな。見たことのない機体だ。撃ったのはあの長身のライフルか!1対1では動きづらいだろうに…まあいい、あれも俺の糧にしてやる!」
上空で停滞していた謎の機体は長身のライフルの狙いこちらに定めたまま声を投げかけてきた。
「そこのレグリア兵、速やかに投降なさい。」
―女の声!いやそれよりも気になることが!
「なぜレグリア兵だと…?」
―この女はなぜこちらがレグリア所属だと分かった?機体は俺の専用機でどこの所属かは不明なはず。
どうして、この地球上に数多ある軍の中から言い当てられた?
「そんなことはあなたには関係ない。このリュネックを攻めてきた事実は変わらないのだから!」
「フフッ」
ディルは、知らず知らずのうちに笑みをこぼしてしまった。輸送船の中で話した自分の言葉、「漏れない情報は無い…」が脳裏をよぎり笑ってしまったのだ。
「自分の言った事とはいえこうも当てはまってしまうとは…」
「何がおかしい!」
怒気を含んだ女の声が響く。
「それこそあなたには関係ないことだ。」
「ちっ。もういいわ、殺してあげる。リュネックは戦争ができない国。でも、防衛は許される!」
「それが狙いか!だが、そんなことはどうでもいい!力の証明こそ全てだ!」
謎の機体は長身のライフルの引鉄を引きビームを放つ。
だが、ブレッヘンは素早くかわし、両腕、両肩、両足のスラスターを一気にふかし攻寄る。
その速さは尋常ではなく、すぐにその間合いを縮めた。
「そこっ!」
ディルは、素早く右腕からビームソードを展開し薙いだ。
長身のライフルを持つ相手だから動きが鈍かろうと思ったのだが違った。ディルの攻撃は空を切った。
「な、変形だと!」
そう、謎の機体は戦闘機へと変形し、さらなる上空へと逃げ果せたのだ。
ディルは、歓喜した。
ブレッヘンの空中戦において絶対的な自信があった。
だからこそ、空中戦を得意とする機体との戦闘、それによる勝利、それはまさしく自身の強さを絶対的なものに昇華し誇示してくれるものなのだから。
それから空中戦は激化した。
戦闘機へと変形し逃げる謎の機体、それを追うブレッヘン。それが続いたと思ったら、攻守が逆になり逃げるブレッヘンに、それを追う謎の機体。
謎の機体の直線的な動きに対し、ブレッヘンはジグザクな動きで相手を翻弄する。
そのブレッヘンの動きは、宛ら小さな子供が操り人形をぐちゃぐちゃに動かすその人形の姿そのものである。
◆ ◆ ◆
イーナは戦慄していた。
ブレッヘンと相対していたのは、イーナが登場するその専用機『CVエリカ』である。
イーナは、一撃離脱の戦法を得意としており、戦闘機に変形できるこの機体の機動性に敵う者はいないと思っていた。
だが、今自分を追い詰めようとしている者がいることに驚いている。そして同時に、その姿に吐き気を催していた。
「何なのあの動き!気持ち悪すぎる!!」
縦横無尽に動くブレッヘンは、着実に間合いを詰めてきており、こちらの動きをとらえつつあった。
「だったら!」
イーナは賭けに出た。
高速に動いている状態でロボット形態へと変形を行ったのだ。
それはブレーキとなり、急激に速度は失われた。
それに伴い機体と自身の肉体へGが大きくかかり金属が軋む音がコクピット内を包む。
しかし、空中分解までには至らず、体制を整える。
それにより、千載一遇のチャンスを得ることになる。
虚を突かれたブレッヘンは、体制は崩さなかったものの間合いを大きく開けてしまい相手の絶好の射程範囲に入ってしまった。
このチャンスを逃すイーナではなかった。長身のライフルからビームが発せられそれは見事命中、大きな爆発を生んだ。
「くだらない時間だった」
イーナが帰還しようとCVエリカを反転させようとしたその時、爆発の中からそれは現れた。
ブレッヘンである。
突然のことに反応が遅れたイーナは、変形できず仰け反ることで精一杯で、持っていた長身のライフルを真っ二つにされてしまった。
―どうして?
疑問に思って相手の機体を見てみると、備え付けられていた燃料タンクがなくなっていた。
そう、ブレッヘンは撃たれた時、咄嗟に燃料タンクを外して盾にしたのだ。
爆発に飲まれる危険もあったが直撃されるよりましと判断しての荒業だった。
両者ともに一歩も引かぬこの状況。
イーナは、ライフルを失い攻撃力が下がったが、相手も燃料タンクを失い、おいそれとフルスロットルで行動できない。
そうイーナが判断した時、無線が入った。
『遅くなりました!リヒト到着です!』
コクピット内にオペレーターの声が響くと、イーナはほくそ笑んだ。
「これでおしまいね」
◆ ◆ ◆
ディルは肩で息をしていた。
ブレッヘンという機体の特殊な動きだけに、今までの戦闘でかかるGはものすごく、普通の人間ならばすぐにブラックアウトしてしまうものだが、彼のたゆまぬ訓練と努力、そして気合でそれを凌いでいる。
限界は近かった。
「これでおしまいね」
CVエリカから発せられたその言葉の直後。あるものがディルの視界に入ってきた。
CVエリカのずっと後方、燃え盛る病院の上空に大型宇宙戦艦が浮いていた。
その周りにはリュネック軍の量産型ラインバッカー『コモン』が十数機浮遊している。
ディルは一瞬目を疑った。
敵の数が多いのはもちろんだが、それ以上に大型宇宙戦艦というものが、存在していることに驚いていた。
この世界において、宇宙戦艦というものは珍しく大国にでもならないと保有していないからだ。
戦況は絶望的だった。
ディルは、額から出る汗をぬぐった。
しかし、驚くことに彼に絶望の感情はなかった。
その顔は笑顔で心は躍っていた。
「これでこそ俺の乗り越える壁!」
狂っているとさえ言えそうなその感情は、彼にとっては普通のことで、あらゆる困難は自分の才と努力で乗り切れると信じていた。
特に彼は努力に重きを置き、己の精進を止めない。
ディルは勝機を探った。
―量産機には負ける気がしない。
―CVエリカに対しても動きを捉えつつある今それほど脅威ではない。
―するとやはり本命は大型宇宙戦艦!
そう思案していると、アラーム音と共に無線が入った。
『撤退だ』
ルートガーの声がコクピット内に響くと同時に、あたりは煙幕で包まれてしまった。
ルートガーの乗る『イムメル』の大型バズーカに装填されていた煙幕弾があたりを包んだのである。
この煙幕弾には仕掛けがあり、レーダーを一時的に無効にする効果がある。
「余計なことを!」
ディルは悪態をつくとこれ以上の戦闘は無理と判断し、煙幕がかかる寸での時にレーダーで見たルートガーがいる位置のもとへ向かった。