不運と出会いの因果 2
セント・エンジェル病院から南へ10㎞程離れた自然環境保護第五番区の上空に、その綺麗な青空の絵画に墨を垂らしたかのような異質漂う黒い輸送船が飛行していた。
「いや~、今回の偵察任務は眉唾ものですね。あの中立国がラインバッカーの開発をしているとか…、戦争を放棄している国として世界的に認知されている国ですよ?まして、自然環境保護区の病院が開発場所って信じ固いですよ」
操縦席にてハンドルを握りヘラヘラと笑いながら話すその男は、名をハンス・グロスマンといい、年齢は若く十代後半といった未熟さを感じる風貌である。
「緊張感が足りないな、ハンス。その余裕は隙となり己の失態を招くぞ」
後部席に座る男がハンスを窘めた。
「少佐、そうは言いますけど、今回は絶対空振りですよ。信憑性に欠けすぎです。だからといって、緊張を緩めて良いことにはならないですけど…。戦闘にならないと思うとやっぱり気は抜けますよ」
少佐と呼ばれるその男、ルートガー・ルセックは、この輸送船に乗合わせた三人の中で最高齢であり、今回の任務のリーダを務める。
齢三十二で少佐に上り詰めた実力の持ち主で、上からの信頼が厚く今回の不確定要素の多い任務にも強く推薦される程である。
ルートガーは、部下のやる気の無さに腹を立てることなく穏やかに返答する。
「確かに、『中立国リュネックで、特異なラインバッカーが病院で開発されている。真偽を確かめるべく偵察せよ』とは、冗談とも取れなくも無い。だが、あの国はあまり信用しないほうが良い。裏の顔は武器商人で有名だ。そもそも、ラインバッカーの発祥はあの国だとさえ言われている。」
まったく予想しない返答に呆気にとられているハンスに向かって、隣に座り腕を組みながら前方を強く見つめる男が呟いた
「漏れない情報は無い…」
「は?」
突然の男の発言にハンスは驚きながらも訊き直した。
「情報を得られたのは当然だと言うこと。そして、今回の任務はハンス伍長が思っている以上に重要度の高い任務だと言うことだ」
今までの空気を一変させるほどの強さを持った口調で話すディル・バルツァーは、切れ長の目で鼻は高く端正な顔立ち、背丈は長身で風貌からは軍人特有の力強さを感じる。
彼の着る軍服の襟には真新しい少尉の階級章が付けてある。
今回の任務にはルートガーの要請で着任したが、それほど知名度の高くないディルがなぜ選ばれたかは彼自身分かっていない。
「手厳しいな、ディル。諜報部(彼ら)の仕事は簡単に出来るものでは無いと思うが」
「彼らを軽視するつもりは無いですよ。ただ、事象と結果から導き出しただけの機械的な発言をしただけです。」
「戒めるつもりは無いよ。そんなに硬くならずにもっと気軽にいこう…キミの実力がフルに生かせるように」
ディルはその発言を聞くなりその真意を確かめるべく、後ろに座るルートガーの表情をちらりと覗った。
ルートガーは終始微笑んでいた。
「そう言えば少尉。少尉専用の新型、支給されていましたね。専用機なんてすごいですね。そうとう戦果をあげてるってことですよね」
「友人の伝でもらったんだ。上層部に金持ちの友人がいるんでね…。本来ならラインバッカーなど支給されず、そもそも登場さえ禁止されているところだ」
「そう謙遜するな…。キミの実力は本物だよ。上には理解されないだけだ」
「少佐は少尉の実力を買っているんですね」
「ああ。でも、彼の戦い振りを見た事も無ければ、同じ任務にさえ就いたことも無いがね…」
「それじゃあ、どうして?」と訊き直そうとしたとき、輸送船の前方で突如大きな爆発音がして、黒い煙が立ち上った。
船内に緊張が走る。
ハンスの表情はすでに真面目になっており、手元のパネルをしきりに動かし場所を特定しようとしている。
「爆発の起きた場所は…」
ハンスが場所を告げようとしたとき――
「我々の目的地、病院だろう…。船を着陸させ臨戦態勢を取れ…!」
ルートガーの読みは正しく、ハンスはその発言に頷き命令を沈着にこなす。
「ディル。キミの出番だ…!一騎で先行し、事の把握に当たってくれ…!」
ディルに先ほどまでの威圧感は無く、喜々とした表情で承諾した。