策謀
「あの国との同盟が成立するとは思ってもみなかった」
高級そうな家具が並ぶ大きな部屋でたった一人、男が受話器を片手に話をしている。
この部屋は80階建て政府要人専用ビルの最上階に位置しており、室内は間接照明で薄暗く、入ってすぐ目に付く大きな窓が特徴的で、そこから見える夜景は煌びやかで絶景である。
「これで民意は私を支持し、一気に大国へと押しあがれる」
その男は仕立ての良いスーツを着ていて、黒が映える本革の立派な椅子に深々と腰を掛けて笑みを浮かべている。
「大丈夫だ。この回線は政府管内の私専用だ。盗聴される恐れは無い」
電話越しの相手は、話の内容が外部に漏れることを恐れていたが、先の男の言葉で警戒を解き本題を述べると、男は返答した。
「ああ…その件も解決だ。後は君の仕事次第と言ったところか。いや、これは愚問だった。君に失敗などありえないな。これで柵は無くなる。この国が世界でいかに重要な位置にいるか全世界に知らしめることできる…!」
受話器から微かに笑い声が聞こえると、そこで話は終わり受話器をもとの場所に戻した。
それでも、男の笑みは絶えない。
男の名をザック・ドットロイドといい、永世中立国リュネックの二大政党の一つである社会民主党の若き指導者である。
歳は38、政治家として実に若くここまでの地位を築いた彼の努力が並々ならぬことは容易に想像できる。
そんな彼に、政治生命を賭けた計画が順調に進んでいることを確認でき、その喜びを表情に出さないことなど出来なかった。
「もう老獪な老人どもに主権を握られることは無い…!まったくその必要性が無い…。すぐさま、ご退場願おう…」
ザックは、勝利の美酒を味わうべく立ち上がり、家の隅にあるワインセラーへと向かった。
ザックはワインというものが特段好きというわけではない。これは、政治家を目指した頃からの習慣といったところだろう。
ワインセラーから取り出したワインは、この高級感漂う部屋に似つかわしくない安物であったが、彼は気にも留めずグラスにワインを注ぐ。
ワインを口にしながら、彼はいつも思う。安物と呼ばれるワインこそが最上の美酒だと。さながら政治家人生をともに歩んだ友、だからである。
ザックは、部屋の大きな窓から見える我が国のエデンを見ながら、ワインを楽しんだ。