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夜の浴場とあわいの向こう側




リーエンベルクを出ようとして、その香りに気付いた。



今夜こちらに立ち寄って良かったと思いながら、時間が許す限りゆっくりと過ごす為に必要な、翌日の仕事の再調整を思案する。


ふらりと立ち寄っただけで帰るつもりであったので、夜の内に必要な下準備を幾つか残してあったのだ。



(……………あの国の調整は後回しでも構わないな。………アイザックに目をつけられる前に譲渡契約を済ませる必要がある葡萄園の視察は、明日中に行く必要があるか。…………紐をかけておいた騎士については、どうせ後はもう破滅に向かうだけだ。明日ぐらい猶予をやってもいいだろう…………)



動かせるものを動かしてしまえば、思っていたよりも時間が作れると分かり、今夜は泊まれるなと頷いた。



ふくよかな香りと、潤沢な湯の気配がここまで届いている。



その馨しさと豊かさに、唇の端を持ち上げ、ゆっくりと部屋を歩いてゆけば、馴染みの床石を足裏で感じる。

じんわりと染み入るその温度に深い息を吐き、シャツの裾を引き抜いた。

ボタンを外しながら前髪を掻き上げ、天井を仰ぐように首を仰け反らせてまた深く息をつく。



(………現状、これを超えるだけの湯はないだろう……………)



足湯の方も悪くはなかったが、やはり人の手で管理された施設で、ゆっくりと全身が浸かれる浴場には及ぶまい。

この細部まで気を配られた更衣室然り、寛ぐための施設というものも、大切な要素なのだ。


シャツを脱いで簡単に畳むと、用意された繊細な霧雫織りの衣装箱に入れる。

ふと気になって爪先を見たが、幸いにも、履いて来たのは元々持っていた靴下だ。

勿論、そのつもりだったが、あの靴下は意識せずに身につけていることもあるので、気を付けなければならない。



クローゼットの奥深くにしまい込んだ筈でも、ふと部屋で読書をしている時にいつの間にか履いていたりもする。


思わず、ネアに一体どんな毛糸を使ったのかとカードから尋ねたのだが、着心地の魔術とやらを織り込んだという返答しか返ってこなかった。




(そもそも、着心地の魔術なんぞ、固有では存在しないだろうが…………)



その返答を読み、唖然としたのは言うまでもない。



であればネアは、どんなものを、“着心地の魔術”として、編み込んでしまったのだろうか。


当時の可動域は蟻程度なので、それを可能としたことにも疑問が残る。

ノアベルトあたりが助けたのだろうかと勘繰りもしたが、渡された時の様子ではノアベルトでもなさそうだ。

であれば、シルハーンあたりだろうか。




「私は、その魔術には手を貸していないよ」

「……………いたなら声をかけろ」

「アルテアも来ていたのだね」



この部屋には自分しかいないと思い、思わず疑問が声に出てしまったいたらしい。

そう返答があり、いつの間にかシルハーンに隣に立たれていたことに、ひやりとした。



とは言え、他の魔物なら不愉快に思うところだが、相手が万象であれば、このようにして多少の不手際があったところで、その迂闊さを意識することも無駄な足掻きでしかない。


ここにネアがいる以上、リーエンベルクはシルハーンによる庇護を受けた土地であり、アルテアはその領域内にいるに等しい。

そもそも万象というものを完全に退けるには、アルテアとて周到な準備が必要になる。



それこそ、悪夢や蝕、あわいなどの環境そのものを利用すれば罠にはかけられるだろう。

だが、何よりも万象というものが、本気で心を傾けて魔術を敷いた時に、どれだけの事が出来てどのような事は出来ないのかを、この世界の誰も知らないのだ。

それは、万象がそうして心を動かさずにいたからである。



であればこれからは、多くの者達がネアが伴侶だと知り、その存在を危ぶむ可能性も出てくるだろう。




(伴侶となれば、命数を共有することも出来る。だが、かつての林檎の魔物のように、その上での侵食と略奪を可能とする相手も、必ずどこかにいるだろう…………)



万象は万象であるからこそ、この世界の全てのものに密接である。



どんな生き物の内側にも必ず万象のかけらがあり、しかしながら万象は万象であるが故に不可侵だ。

だが、世界の全てに一定の管理権限を持ちながら、魔術の理のように、場合によっては他の資質の生き物達よりも相性が悪いものも存在していた。


何にも侵食されず、変化すら許さないというのであれば、寧ろ、終焉を司るウィリアムの方が余程揺るぎないだろう。



(あいつの場合、資質云々もそうだが、あの気質で伴侶を得ることがそもそもかなり難しいがな…………)




隣で、どこか不器用にすら見えるようになってきた仕草で、着ていた上着を脱いでいるシルハーンを視界の端に収める。

かつては、魔術の動き一つで着脱など済ませていたに違いないが、最近はどんなことも自分の手でやってみるということを覚えたようだ。



(…………だとしても、これは万象以外の何者でもない)




言葉を交わしどのような心を持つのかを知れば、あの人間が万象の伴侶としての恩恵になど興味がないことは一目瞭然なのだが、その場合はまた、妙な信奉者が増える危険もあり、一概に理解することで疑念を捨てろと言う事も出来ない。


そちらについてはまた、どこかで問題に直面することもあるだろう。




「あの靴下に編み込まれた魔術が気になるのかい?」

「……………ノアベルトでもないなら、ダリルあたりか」

「ありゃ、僕じゃないのは分かるんだ」

「……………っ、」



唐突にまた声が一つ増え、顔を顰めてそちらに視線を向ける。

こちらを見て片手をひらりと振ってみせたのは、伸びた髪を結んだリボンを解いている塩の魔物であった。



「僕は今入って来たんだよ。それと、この会話をしている今の状態で、もう僕を避ける理由ってあるかな?」

「………………おい、出て行け」

「アルテア、言いたくないけど、ここ僕の家でもあるんだけど……………」

「アルテア、その、……………ノアベルトと仲直り…………これは、仲直りなのかな?」

「わーお、シルそこで迷っちゃう?」

「ネアがね、あまりにも仲直りが上手くいかないのなら、二人で困難に立ち向かって団結するように、君達をちびふわにして人面魚の部屋に入れてみようかと言うんだ………………」

「……………は?」

「……………え、苔と同じ手法?」




困惑したようにシルハーンが口にしたことの悍ましさに、思わず呆然とした。



可動域九の人間が公爵位の魔物にする仕打ちではないのはさて置き、あの人間の場合、このようなことを言い出した時にはもう、その措置は限りなく実現に近いと思った方がいい。



所詮人間のすることと、決して甘く見てはならないのだ。



ノアベルトの方を見ると、そちらも深刻な眼差しで頷いている。

ネアの性格をよく知っているのだろう。




「あいつなら、すぐに実行に移すな…………」

「……………うん。…………アルテア。僕とシルはね、ネアが最近、そのやり方で内乱を鎮めたのを見ているんだ…………」

「おい、それはいつだ。戦場に連れて行ったのか?!」

「ええと、一応は苔の内乱だけれどね。クルークの中の話だよ」

「………………は?」

「ほら、クルークの中で苔が諍いを起こしてたんだよ。エーダリアにその解決を任されたあの子は、容赦なくきりんで鎮めたからね」

「………………いや、苔なら死ぬだろ」

「一部だけを見せて殺さずに解決したのさ。と言う訳で、停戦しよう。って言っても、僕は別に君との間に蟠りはないから、元通りの感じに接して!人面魚は無理だから!!僕は自分の死因を人面魚にするのは絶対に避けたい!!」

「……………くそ、…………ろくでもないことを考えやがって…………」



こちらとしても、人面魚は出来るだけ避けなければならない。


禍々しい容貌の魚だと侮れないのは、その魚で階位落ちした魔物もいるからなのだ。

この姿なら二、三日休めば問題ないだろうが、ちびふわというあの小さな獣の姿で見せられ、万が一のことがあると笑い話にもならない。




「良かった。仲直り……?……出来たのだね」

「…………これで命拾いしたよ。アルテアが了承してくれなかったら、妹に折檻されるところだった………」



そう呟き肩を落としながら、ノアベルトはシャツを脱いでいる。

やはりこの男も入浴してゆくつもりなのかとその様子に眉を持ち上げたが、ここで浴場から追い出しても、それを知ったネアが何をするか分からなかった。



ふと、今の時刻を考える。

真夜中までには半刻ほどあるが、人間であれば、寝ていてもいいくらいの時間ではないか。



「…………と言うか、あいつも来てるのか」

「勿論だよ。僕の妹は、この大浴場の出現にもの凄く敏感なんだよね」

「…………あの可動域だぞ」

「うーん。それを思うと、時々不思議に思う時もあるんだよね。…………ほら、ネアの名前に纏わる昔のことといい、…………何か僕達の知らない秘密があるのかもね」

「…………あいつの話からすると、ありえなくはないな。だが、あいつが育った世界では、魔術がなかった筈だが」


そう言えば、シルハーンが小さく頷く。



「あの世界の構築には、魔術が絡んでいなかったからね。とは言えそこは私の及ばぬ領域であるし、手を伸ばせる程には隣接していても、分からないことが多いところだ。この世界からであれば、シーヴェルノートが最も近いが、繋がっているとも限らない」

「……………わーお、シルがネアを呼び落としたのって、あの領域越しってこと?僕はあそこは無理かな…………」



ノアベルトが、青ざめてそう呟くのも理解出来る。



シーヴェルノートは、所謂、死者の国として管理されるあわいの一種である。

一般的に死者の国と呼ばれるウィリアムの作り上げた領域とはまた別に、干渉が煩わしい魔物達の手で殺された死者達だけを隔離したところだ。


死者の国は、その理において、精霊や妖精、竜などをまとめて不可侵としているが、管理上、魔物までをそのようにする事は出来ない。



よって、かつては死者の国に度々魔物達が手を伸ばすような事件があった。



それにうんざりしたウィリアムが、人間への擬態を最も巧妙にやってのける魔物ですら入り難い、魔術の不安定で特殊なあわいに作り増したのが、シーヴェルノートである。



勿論、締め出すだけでは歪みが出ることは、ウィリアムも理解していたのだろう。

死者の日には、シーヴェルノートと縁のある魔物、即ちそこの死者に魔術的な繋ぎのある者の来訪が許されており、死者達があわいを出たがらない場合も、魔物達が自らあわいを探訪することが可能とされていた。



(だが、シーヴェルノートは元々、死をもって魔物から逃れた人間達の最後の領域でもある。あの中では、どれだけ高位の魔物とはいえ、決して死者当人の同意がなければその死者を損なうことは出来ない。奥に行けば行くほど魔術は希薄になり、土地固有の理が厄介なところだ…………)



その不愉快さは、合成獣に向ける嫌悪感にも似た根源的なものだった。

何度か所用で入ったこともあるが、出来れば足を踏み入れたくない不毛の土地だ。



「あの子を呼び落としたのは、私の城からだよ。シーヴェルノートを経由することで、練り直しが乱れたら困ると思って、その最短の道筋は選ばなかったけれど、接しているのはそのあたりで間違いないかな…………」

「…………でも、考えてみれば確かに、別の世界とは言え、こちら側に面してなければ、シルでも覗けないか。他国でも地続きなら兎も角、海の向こうのことまで知らないしね…………」

「可能かどうかは試したことがないけれど、魔術において、認識されないものは不在だとされる。いない筈のものを見るのは難しいだろうね」

「……………向こう側から、こちらに来ることは可能なのか?」

「さて、どうだろう。ネアを見ても分かるように、あちら側には魔術を扱うという概念そのものがなく、生き物の体もそれに順応しない。ネアは私の練り直しで抵抗値を上げられたけれど、そのような体でなければ、こちら側に触れた途端、魔術侵食で壊れてしまうだろう……………」



シルハーンがそう言い、ノアベルトが小さく笑う。



「その場合さ、どれだけ擬態をしようが、僕達のように魔術から生まれた生き物は無理だろうけれど、人間なら、見知らぬ世界に行ける可能性があるのかもね」

「ノアベルト…………」

「ありゃ。シル、僕だってそんなことはネアには言わないよ?って言うか、言われてもあの子は戻らないでしょ。悪夢に見るくらい、合わなかったみたいだから」

「…………あの世界にも、精霊がいたよ。ただ、こちらの精霊とは作りが違うようにも見えた。魔術ではなく、それらの存在を支える独自のものがあるのかもしれないね。気になるのかい?」

「……………うーん、僕はいいや。そういう冒険心とかないし」

「だろうな」

「でも、アルテアだってそっちには行かないと思うよ。目的の為に選ぶ不自由さは必要としても、向こう見ずな無力さも楽しみたいって気質じゃないもんね」



雑にまとめて脱ぐのがらしいと言えばらしいノアベルトは、あっと言う間に服を脱いでしまい、相変わらず、何も着ずに浴場に向かってシルハーンに呼び止められている。


浴室着を着るようにと言われていたが、振り返って少し笑うと、そのまま浴室に行ってしまった。




「ノアベルトが逃げた……………」

「それこそ、あれを人面魚扱いにしろよ」



止められなかったことでシルハーンは落ち込んではいるが、そもそも、この万象と伴侶になったのなら、例え資質が上手く定着せずとも、ネアもその程度のことでは動じなくなっているのではないだろうか。


そう考えかけ、果たして本当に普遍的な手法で終えたのだろうかと気になった。

しかし、脳裏にいつかの縄が蘇り、その記憶ごと、二度と触れないように心の奥に押し込んでおく。




全ての服を脱ぎ終えると、そのまま浴室に向かった。

ノアベルトの理由は知らないが、浴室に着衣で入るつもりがないのは、こちらも同じだ。



「………………アルテア」

「放っておけ。自衛させろ」

「叱られてしまうと思うよ…………」



シルハーンの様子を見るに、万象本人も言われたから浴室着を着ているくらいで、本来はさして気にかけていないのだろう。


そもそも、その場にいる他者が気に食わなければ相手を排除すればいいだけで、高位の魔物ともなれば、浴室で裸でいることで羞恥心を持つような者もいない筈だ。


高位の魔物に対して浴室で何かを着ろというのも、我が儘な話である。





「ぎゃ!ノアはもう、きりんの刑ですよ!!」




浴室に入ると、そんな声が聞こえてきた。




(…………シルハーン達と一緒に来た筈だが…………)



話をしていたとは言え、まだシルハーンに至っては服を脱ぎ終わってもいないようなのに、ネアがこの段階で浴室にいることがふと気にかかった。

ノアベルトのような着替え方なのではと考えて、女としてはどうなのだろうと微かに眉を寄せる。


やはり、情緒については相変わらず育っていないらしい。



「大丈夫。僕は隠さないでも自信あるから」

「むぐるる!こっちに来たら、この石鹸を投擲しますよ!!」

「ありゃ、石鹸?」

「顔を洗うのです。この蛇口から出てくるお湯もとてもいい匂いなので、次回は顔を洗ってその香りを堪能すると心に誓いました」

「だから、前髪を上げたのかぁ。可愛い可愛い」

「ぎゃ!ち、近付いてはなりません。裸の魔物は去り給え!!」



湯気を歩いて振り切り、洗い場に向かう途中で、はっとしたようにネアがこちらを見て、滅多に見せないような愕然とした表情になった。


鳩羽色の瞳を無防備に瞠り、ふるふると体を震わせているが、驚愕したのはネアだけでもなかった。



「…………おい、何だその浴室着は」

「……………私は今、そちらを見ません」

「あー、そっか。アルテアは保守的だよね。僕はこっちの方が好きだな」

「お前は黙ってろ。それと、さっさと体を洗って浴槽に入れ」

「わーお、仲直りしたばかりなのに、邪険にするなぁ…………」

「…………むぎゅ、裸族どもめ。お気に入りの石鹸をあわあわにして顔を洗い、俗世を断ち切り心を安らかにしなければなりません…………」



ノアベルトの言うように、ネアは珍しく前髪を綺麗にピンで留め、胸下までの髪は結い上げて湯に浸からないようにしてある。

問題なのは浴室着で、ぎくりとする程に扇情的な、辛うじて布で覆っているという程度のものでしかない。



がたんと音がした。



そちらを振り返ると、浴室着に着替えて入って来たばかりのシルハーンが、よろめいて浴室内の装飾の一つにぶつかった音のようだ。


ネアの方を見て目元を染めており、口元を片手で覆い、必死に首を横に振っている。




「まぁ。ディノ、足元が滑りますから気を付けて下さいね!」

「ネアが虐待する……………」

「解せぬ」

「ほら見ろ。その浴室着のせいだからな」

「……………裸の魔物さんに言われましても」

「前のやつはどうしたんだ。あれで良かっただろうが」

「あら、アルテアさんは知らないのでしょうが、あれは未婚の女性の浴室着で、こちらが既婚者のものなのですよ?それに、布が少ないと言われても、このくらいのビキニ感なら海辺で普通にお嬢さん達が着ている範疇です」

「……………え、今ってそんな流行り?!僕が海に行ってない間にそんな開放的になってるの?!」

「……………お湯に浸かり給え」

「そんな訳ないだろ。お前の世界の倫理観念はどうなってるんだ」

「なぜ、混浴になった浴室で、可憐な乙女を囲む不埒な裸の方々から責められるのか、とても謎めいていると言わざるを得ません……………」



眉を寄せてそう呟き、ネアはもうこちらは気にしないことにしたのか、壁際に後ずさってしまった伴侶のところまで歩いてくると、すっかり弱ってしまった伴侶の手を掴んで洗い場に連れて行った。



シルハーンはもはや、虐待としか呟けなくなってしまったようだ。



(嫌がりはするが、この徹底ぶりか…………)



ネアは、伴侶の回収の際にすぐ隣を通ったが、もはやこちらを一瞥もしなかった。

目的の為にであれば、見ないことにするのも厭わない淡白さは、この人間らしいと言えばらしい。




「相変わらずの情緒のなさだな」

「なぞめいた評価には、不服を申し立てます」

「ネアが虐待する………………」

「はいはい、伴侶仕様ですからこれも慣れましょうね」

「………………大胆過ぎる」

「やー、今夜はいい夜だなぁ」

「こらっ!ノアは、きちんと体を流してからお湯に入って下さい!!」

「ありゃ、僕の階位なら、逃げ沼でも現れない限りそうそう汚れたりしないよ?」

「きりんさ…」

「よし!シャワーを浴びてから、浴槽に向かおうかな!」

「虐待…………」

「はい、お湯をかけてあげますので、先にお湯に浸かっていて下さいね。顔を洗ったら合流します」



歩くのもおぼつかない万象を一人にするのはどうかと思ったが、そこはノアベルトが面倒を見るようだ。



シルハーンを送り出すとそちらはすっかり意識から締め出したのか、顔を洗ってしまい、幸せそうに湯を浴びているネアを見た。



いつだったか、その悪夢の切れ端で、あちら側の世界を垣間見たことがある。



その時のネアは、ただ、瞳にひび割れた絶望と恐怖を浮かべるばかりで、決して元いた世界に帰りたがっているようには見えなかった。




(……………確かに、帰れるとしても、あいつは帰りはしないだろうな………………)




そう考えて納得すると、ゆっくりと髪を洗うことから始めた。

そうしておけば、こちらが湯に浸かる頃にはネア達は上がる頃合いだ。



そう思っていたのだが、その予測はあっさり外れることになる。





「……………おい、何だそれは」

「む?お風呂で飲む、きりりと冷えた素敵な果実水です。ディノは長風呂派なので、私はこのようにして途中休憩などを挟み、大浴場を楽しんでおります」

「さっさと帰って寝ろ」

「……………アルテアさんが、お母さんに………?」

「やめろ…………」




結局ネア達は、随分と遅くまで大浴場に居座った。



シルハーンは、最後まで虐待だと呟いていたようだ。
















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