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激闘

 静寂を破りワイバーンの口腔がまばゆく明滅する、光の粒子が集まり次第に形を成していく。


 上空の敵に対し、手に握られた短剣はあまりにも無力であった。それは遠距離への攻撃手段を持たぬ

フィリアもまた同じである・・・、しかし背後から聞こえる小さな息遣い馬車の床から伝わるわずかな軋みが

彼女の存在を感じさせる。 すると恐怖に飲まれ叫びだす寸前だった心に不思議と静けさが戻る。


 手も足も出ぬ状況であろうと、今は中央都市でも名の知れた老練の魔導師ジーロンの張り巡らせた、

陳べ40にも及ぶ魔法障壁を信じるより他はない。


「ブツブツブツブツ・・・・・・」


 杖を構え障壁に追加詠唱による強化を施すジーロンに油断の文字はない。


「来るなら来い、これだけの障壁を破れるものか・・・」


 何一つ根拠のない希望的観測からもれ出た導師の言葉が後ろにいる俺たち二人の耳に届きかけた刹那、無慈悲な衝撃音と馬車の後方に吹き飛ぶ黒い影が視界を横切る。馬車の周囲を囲うようにえぐれた地面、荷台の屋根は引き裂かれ馬は力なく倒れこみ気を失っている。


「逃・・・・・・げ・・・ろ、少し・・・でも、遠くへ・・・・・・」


 魔力のほとんどを使い切り荷の山にもたれ掛かるジーロンに、もはや戦う力は残されていない。


「っ!・・・、フィリア!」


 彼女の手をつかもうと腕を伸ばした時、絶望的な状況でも光を失わぬ瞳に心奪われる。


「ねぇヴォルトさん、わたしまだ戦えるよ、わたし達まだ負けてない!」


「フィリア・・・あぁ、そうだな」


「うっ、う・・・」


 今にも消え入りそうな声でジーロンはヴォルトに呼びかける。


「ヴォルト君、手を・・・、今から君自身が無意識にかけている力の壁、リミッターをはずす!」


 ジーロンは返事をする間も無くヴォルトの腕をつかむ。


「え?」


「喝ッッッ!!!!!!」


 ジーロンが魔力をこめた瞬間、体の奥で何かが弾けた。


「勝てよ・・・」


「・・・・・・はい、導師」


 すでに馬車を降りて武器を構え、敵を睨み付けるフィリアのその姿は歴戦の戦士にも引けを取らぬであろう。森での出会い、そして彼女を守ると館を出たとき誓った決意が呼び起こされる、覚悟を決め重くまとわり着く恐怖を払いのけ叫ぶ。


「うおぉぉぉ!! 来い!トカゲヤロウ 俺たちと戦え!」


 髪が逆立ち全身に力が漲る、火山噴火のごとく魔力がほとばしり体は輝き無数の稲妻を放つ。


 すると先ほどまで無感情に彼らを見下ろしていた飛竜たちの影から一匹のドラゴンが現れた、口角を上げ眼を細め値踏みでもするかのように。


「ンン、ふははは! そうか!小僧・・・やはり貴様がそうかッ ”王”の視た予知とやらは真であったか・・・、遥か昔に王により次元の裂け目へと封じられたと聞いていたが、よもやこのような手に出ようとはなぁ」


 龍は嘲笑の笑みを浮かべ語り始める。


「今この場で殺すのは容易いが、我らもいささか退屈しておる・・・どうだ?一つ賭けをせぬか、悪い話ではないぞ?ん?」


 俺たちを見下し、虫けらでも弄る様ないやらしい表情で龍は問いかける。


「賭け・・・だと・・・? ふざけているのか!!」


「なぁにそう気を張らずともよい、お前たちが賭けに勝てば今回は見逃してやろうと思うたまでよ」


「ふざけやがってっ、・・・・・・でも、良いさやってやる!」


「ふむ、よいよい・・・してそちらの小娘、お前はどうする?」


 龍は目を見開き、緋色の眼球の中央・・・仄暗い古井戸のような黒点で少女を見つめる。


「やるわ!貴方こそ約束破らないでよねっ!」


 道化のように身をよじりわざとらしく身振り手振りを添えて、龍は答える。


「勿論だとも、上位者である我ら龍族が人間如きを欺くものかね?」


「いちいち癇に障るやつだなアンタ・・・」

「ほんと、感じ悪い」


「フフフ、いいぞいいぞ?その意気だ。では賭けの内容を説明しよう、ルールは簡単。お前たちがこれからわたしと戦い”5分間生き残れるか”どうかだ 君達が勝てば我々は速やかにこの場を去ろう」


「なんだと?嘘じゃないんだな」


「おや?詳しい説明が必要かね?」


「要らん!行くぞフィリア!! トカゲヤロウに吠え面かかせてやるっ」

「はいっ!」


「では開始だ」


「うおぉおおおおおお!」


 ヴォルトは自身が生み出す電気によって全身に負荷を掛けることで常人ならぬ速度に到達、眼にも止まらぬスピードで飛竜の真下に潜り込み両手を掲げ極大の電撃を放つ、限界まで高まり練り上げられた渾身の一撃に龍の巨体は瞬時に飲み込まれた。


「どうだ!」


 しかしなにくわぬ顔で龍はヴォルトを見下ろしている。


「どうした? もう攻撃はしないのかね?時間はまだたっぷりとあるぞ?」


「なっ・・・、くっそぉぉぉ ならこいつでどうだ!」


 両の掌に雷を集め、息もつかせぬ超速の連打を見舞う。次第に視界が爆炎による粉煙に遮られていく・・・。


「オラオラオラオラオラオラオラッ!どうだトカゲヤロウ!」


 粉煙の中から飛び出した龍の尾がヴォルトの脇腹を打ち抜く。叩き飛ばされ宙を舞いながら、体内に鈍く重い音と衝撃が反響する。


 しなやかでいて強靭なその尾は、さながら水銀の鞭。魔力による肉体強化がなければ先の一撃で絶命していたことだろう。龍は更なる追撃を加えようと地面に降りる、激痛に悶え身を捩じらす青年を見るその目に情けや哀れみの表情は観うけられない。


「何か勘違いしていないか?小僧、自分は死なない、殺されるわけが無いとでも?力を手にして無敵にでもなったつもりでいたか?」


 龍は期待はずれとでも言いたげに肩を下げ、ゆっくりと距離を詰めながらヴォルトに問いかける。


(そうだ、もっとこい! こっちに!もっと!!)

「殺せるのか?お前が俺を?さっきのが本気か?俺はまだ生きてるぜ、なぁトカゲヤロウよ・・・」


「・・・・・・。さっきから気になっていたんだ、トカゲヤロウ、トカゲヤロウってよぉ~・・・身の程を知れ人間風情が!」


 竜の腕が天高く振り上げられたまさにその瞬間。攻撃の一瞬、回避不可能の隙を突く。


「今だ!食らえ!!!」

 先の極大の電撃を球体にして放つことで龍にダメージを与えるとともに麻痺による拘束を可能にした。


「いっけぇーーフィリア!」


「はいっ!!!」


 麻痺と電撃により自由を奪われた龍の体を駆け上がり頭部へ少女が重爆を見舞う。


 頭部への痛烈な一撃は龍の角を折り鱗を飛び散らせる、麻痺が途切れるのにあわせ、巨体は吸い寄せられるように大地へと倒れた。


「5分って言ったな・・・とっくに過ぎちまったぞ」

「勝ったのよね?わたしたち・・・」


 予期せぬ事態に平静を保っていた上空のワイバーン達に動揺が広がりだす、ここで約束を反故にされ襲い掛かられたのなら勝ち目はない、すぐにでもこの場を離れたいと願うも尾の一撃で受けたダメージは深く、立ち上がることすらままならないでいた。


「おい、賭けは俺達の勝ちだよな・・・そいつを連れてさっさと消えろ!」


 龍が敗れ戦意を失った飛竜達は驚くほど素直にその場を去った。



 僅か10分ばかりの間に起きた出来事に、二人はまだ現実感を感じれずにいた。 ようやく頭が追いついてきた頃、仲間のことを思い出した。


「・・・、そうだ!ジーロンは!?」


「無事です、今は気を失っているだけで命に別状はございません」


 見覚えのあるメイドを着て眼鏡をかけた女性が馬車から降りてきた。


「貴女は・・・領主様のところにいたメイドさん」


「ジェシカです、旦那様に旅の共を命じられ後を追っていた次第です」


「そ、そうでしたか・・・痛っ」

「大丈夫?!ヴォルトさん」


「お怪我をなされているようですね。お嬢様、お疲れのところ申し訳ありませんが近くの小川で水を汲んできてはいただけませんか?」


「わかった! ジェシカさん彼のことお願いね!」


 桶を片手に足早に小川に向かうフィリアを見送り、メイドに促されるまま服を脱ぐ。傷の上に手をかざすと彼女は大きなため息をついた。


「はぁ・・・これは、何があればここまでなるのか・・・よく胴体がつながっていましたね、まだ死んでないのが不思議なくらいです」


 館でも常に表情を崩さなかった彼女が初めて眉を動かした。


「治ります・・・よね?」


「勿論治します。他の者ならお気の毒と見捨てるところですが、お嬢様の婚約者であります貴方を死なせるわけにはいきません」


 数時間に及ぶ治療の合間に彼女は少しだけ身の上話をしてくれた。彼女はもともと治癒士の家系に生まれ、一時期は中央都市の一角で家族で診療所を営んでいたという、だが資金繰りに困り診療所を閉めて田舎に越して来たところ治療術の腕を買われて領主家に家族ぐるみで仕える事になったという話だ。


 痛みで気を失い目覚めた後で聞かされた傷の状態はとても危険なものだったらしい、肋骨の数本が砕けて破片が肺に刺さり内臓の幾つかが潰れていたと目を真っ赤に腫らせたフィリアをなだめながらジェシカは教えてくれた。


 治療を終え一命は取り留めたが、肉体の消耗が激しく都市までの残りの旅路は絶対安静を申し付けられた。


「背骨が無事に残っていてよかったですね、ご子息は諦めなくてすみそうですよ?元気そうでしたので」


 なにやら意味深なフォローを添えて。




 彼女の乗ってきた馬車に荷物を移し替え、ジェシカとフィリアの手を借りて、意識を取り戻したジーロンともども包帯やギプスでミイラのようになりながら3日間の旅路の末、俺達は中央都市の門をくぐった。

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