敵?
それから何事もなく夜は明け、荷物を馬車に詰め込み中央都市への道を進む。
ジーロンは馬車の操作も上手く、時おり現れる野盗やチンピラを除けば快適そのものだ、俺は外の景色から目を離し隣に座るフィリアに声をかける。
「なあフィリア、領主様って本当に気前が良いよな、二ヶ月も居候しちゃったのに気にするなとか、中央都市に寄るのに必要だろうって馬も荷車も貸してくれたりさ、いつか恩返ししないと」
「えぇ、お父様ってば顔は恐いけどとても優しいの、それにヴォルトさんは将来わたしの旦那さんになるかもなんですから!」
俺がジーロンとの稽古に励む間に、あの厳格そうな父親を説き伏せてしまったのだから大したものだと素直に感心する。
幾つか来ていた魅力的な縁談を蹴って、ド田舎の村人との交際を認めさせるその手腕を前に、俺は彼女の尻に敷かれる自分の未来を垣間見ていた。
(一週間振りくらいに見た領主様の顔が腫れていたように見えたのは気のせいじゃないのかもしれない・・・)
「あぁ、俺良い夫になれるように頑張るよ ダンジョンだって攻略して見せる。」
「さあて、お二人さん都市までもう間もなくじゃ、荷車を降りる準備をしておいておくれ」
「ほんと!?わたし都市を見るの初めてだからちょっと緊張するなあ」
目を宝石のように輝かせるフィリアの姿に微笑ましい気分になる、俺も畑仕事ばかりで都市なんて地図に描かれた絵でしか知らないほどで胸が高鳴る。
その時だった。
空から轟音を響かせワイバーンの群れが周囲を覆い尽くす、まっすぐにこちらを見つめて。
すかさずジーロンが叫ぶ。
「ワイバーンじゃとっ!?バカな、やつらがこんな場所に現れるはずがない!二人とも決して油断するでないぞ‼」
「マジックアップ‼プロテクション‼フォースシールド‼ウォーターカーテン‼アースウォール‼アースプロテクト‼レジストバーン‼マルチプルガード‼――――」
ジーロンは馬車の周りに次々と防御魔法を展開していく。
「今出来る最善じゃが、あれだけの数を相手となるとこれでも気休め程度やも知れぬ・・・、いざという時は私を置いて逃げなさい」
魔力を消耗し、息を切らしふらつきながらも敵から目を離さず一歩も引かぬ姿は確固たる覚悟を感じさせたいた。
永久に続くような永い、永い静寂、時間にしたら10秒にも満たぬ時間、一瞬の油断が命を奪う緊張感に叫びだしそうになったその瞬間。
一体のワイバーンが口を開く。
全身の毛穴が開き血液が沸騰する感覚と死神の吐息にも似た寒気を背に感じ、剣を握る手に更に力が入る。