第一章ノ三
「ここが私の部屋。一人暮らしだからちょっと狭いかもしれないけど我慢してね」
二階建てのアパートの一室、先ほどの商店街からは徒歩五分といったところだ。
室内は整理が行き届いており、また部屋自体八畳くらいであろうか? やや広いために窮屈さは感じなかった。クッションを受け取り、勧められるままにテーブルを囲む。
「さてと、何から話そうか?」
みずほは麦茶の入ったガラスコップを三つテーブルに置いた。自身も腰を下ろしツバサを見つめる。
「俺は今の状況を全く理解してないんで、小倉先輩が話しやすい順に話してください」
「まあ、そうよね。うん、わかった」
みずほはお茶を口に含み、話し始めた。
「じゃあまずはあの化け物のことから教えてあげる。あれは“エフィアルティス”。私たちは長いからエルスって略称で呼んでるけどね。あいつらは大きく分けて三つのタイプに分けられるの。まずは無生物型、これは数が多いけど個々での戦闘力は高くないわ。倒すと後には何も残らないの。次に小動物型。無生物型に比べ数は少ないけど強くなっているわ。犬とか猫とかそういった身の回りの生き物が変化した姿ね。そして最後に人型。さっき遭遇したのもこれね。非常に強力な存在で“エフィアルティス”って言ったら主にこっちを指すわ。主に十代から三十代くらいの女性がそれに変化するの」
「どうして女性だけなんですか?」
「それはね、本来魔力を持っているのは女性だけだからなの。たまに例外で魔力を持っている男性もいるけどね。女性が魔力を獲得した理由は諸説あるけど一般的には男性に力で劣る分、それを魔力で補ったっていうのが広く認識されているわね。それと魔力は体力と一緒で成長とともに増加し、やがて衰えていくから四十代以上でエルスになる例は少ないの。エルスについてはわかった?」
ツバサは頷く。
「なんとなくでいいならわかりました」
「それなら魔法少女の説明に移るわね。まず言っておくわ、魔法少女は全員男性よ」
「え? 魔法“少女”って言ってるのにですか? それ以前に……、え?」
「ええ、全員男性よ。私も、ひかりさんもね」
「まあ、驚くのもわかるよ。私もそうだったから」
「……えっと、え?」
「厳密にいうと“今の私たち”は女性よ。大体の魔法少女は力に目覚めてから一月以内に変身後の女の子の姿で固定されるの。男性のまま魔法少女やってる人って一割くらいなんじゃないかな。日本支部長の長岡さんとかは男性だけどね。あとは、この辺の魔法少女を管轄してるハヤブサさんとか。それで一般的には魔法少女って言ったほうが通じやすいからそう呼称してるけど正しくは“マギサ”って存在なの。一応日本支部では魔法使いのほうが一般的な和訳ね」
「日本支部? 海外にも魔法少女はいるんですか?」
「いるわよ。国内外問わずエルスは出現しているもの。もっとも出現頻度は人口に比例してるから地域ごとに差があるけどね。海外の魔法少女だとだとスイスのローザンヌ家が有名ね。あそこは代々魔法少女を輩出していて、総支部があるスイスのジュネーブで活躍している名門の一族よ。話を戻していい?」
「あ、お願いします」
「それでね、魔法少女は厳密にいえば魔力を扱っているわけではないの。さっき魔力は女性のみが持っているって言ったじゃない? 私たち魔法少女はもともと男性だから魔力は持っていないの。体の機能面は遺伝子を含めて完全な女性に変化しているのに、魔力だけ持たない理由はよくわかってないのだけどね。一説にはエルスにならないために魔力を持たないように変化したっていう話があるわ。ともかく、私たちは魔力がなく、扱っているものは体力とか生命力とかを魔力に似せて扱っているの」
ふぅ、みずほは再び麦茶をあおる。
「どう? 魔法少女についてなにか質問はある?」
「いえ、特には……」
正直ツバサは今のみずほの説明を理解しきれてはいなかった。実際先ほど自分自身の身に起こったこととはいえ、とてもではないが実感わわかなかった。
「まあ、理解できないのも無理ないよね。私も実際そうだったし」
ここまでほとんど発言せず、話を聞いていたひかりが口を開く。
「私の場合も似たような感じだったよ。みずほ先輩たちの戦闘に巻き込まれて魔法少女になったときはさすがに驚いたけどね」
まあそれもそうだろうと、ひかりの発言をなんとなく聞いていたツバサには続くみずほの発言は完全に予想外であった。
「あら? でもひかりさん元から男性が好きだったからって案外すんなり受け止めたわよね」
「……え?」
何か一瞬おかしな言葉が聞こえた気がした。だが、現実はそれだけでは終わらなかった。
「いや、普通はね、女の子になってから精神もそっちに適応していくんだけれど、ひかりさんの場合は……」
「って、それを言ったらみずほ先輩だって、いまだに女の子になったこと完全に割り切れないで恋愛対象女の子のままじゃないですか」
「失礼ね。私の場合今まで以上にかわいいものが好きになっただけであって、いいと思える男性がいないだけよ」
「それとこれとはどう違うんですか?」
その後しばらく二人は不毛な会話の応酬を繰り返した。
「……えっと、そろそろいい時間だし今日はお開きにしましょうか? ツバサ君、帰り方わかる?」
時刻はもうすぐ九時になろうかといった頃、時間が時間ということもあり、みずほが冷蔵庫にあった食材で作った夕食を三人で平らげた後各自帰宅することになった。
「あ、まだちょっとわかりませんが米原もいますし駅まで案内してもらえればなんとか」
「そう、それならよかった。じゃあ、また明日ね」
「はい、小倉先輩。また明日」
「みずほ、でいいわよ。これから一緒に戦う仲間なんだし」
「えっと……。はい、みずほ先輩」
そうみずほの名前を呼ぶと、彼女は少し満足そうな笑顔になった。
駅でひかりと別れ、家に向かって歩き出す。何気なく携帯を見ると、カイジたちから何回か電話やメールが来ていた。
そういえば、あいつらに何にも連絡していなかったな、そう思いツバサはカイジに電話を掛ける。
何回かのコールの後、繋がった。
「おう、ツバサ。今まで何してたんだよ。俺たちもうとっくに帰っちまったぞ」
「悪い悪い。ちょっといろいろあってさ」
「そうか。まあ、いいや。こっちは特に何も収穫はなかったが、そっちはどうだ?」
そうカイジに問われ、ツバサはどう答えていいかわからなかった。
ありのままに今日起こったことを話すか? だが、それで納得されるわけもないだろう。はたから聞く分には、頭のおかしい奴の妄言にしか聞こえない。ツバサだって、自分の身に起こったことでなければそう言って切り捨てていただろう。
「……いや、こっちも特にはなかった。米原に見つかっていろいろと言われたけどな」
だから、ツバサはこのことを言わないことにした。
「そいつは災難だったな。そんじゃあ、また明日学校でな」
「おう」
電話を切る。
今日はいろいろあって疲れた。早く帰って寝よう。
家に向かって帰る、その姿は昨日までの日常と何一つ変わらない、普通の風景。
だが、一度変わってしまったものはもう元には戻らない。明日からの日常がどう変わっていくか、それをツバサはまだ理解はしていなかった。
徹夜でプロットを練ったり、文章を書いていると頭のネジが外れていくのを感じますよね。この話のプロット自体は記憶が正しければ、私がまだ高校生だったころにテスト勉強からの逃避で作ったものだったような気がします。高校の友人に話して軽く引かれたので覚えています。……まあ、このプロットを冷静な状態で見てみると自分でも引くんですけどね。
今回の話で第一章は終了し、昨年九月に書いたストックも尽きます。ここからはまた頑張って書かないといけないのが面倒くさいですが、(この後書きを書いているのが六月二十四日なので)何とかなってるかもしれません。何とかなってなかったら察してください。