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忘れられたものたち

作者: 七千三晴


人は忘れることで生きていく。

辛いこと、悲しいことから嬉しかったこと、楽しかったことさえも忘れてしまう。

そして、真っ先に忘れられるのはどうでもいいことだ。

今日はソシャゲで〇〇というフレンドと協力したとか、朝出るときに靴が片方だけ玄関に出てたとかそういうものが真っ先に忘れられる。

けれど、その忘れられるものにも物語があるのだ。

そして、忘れられたくない者たちも・・・


_____________________________________



今日も今日とて、この酒場は活気にあふれている。

だが、初めてここに来た者なら思わず首をかしげているだろう。

ここの客は、どれも普通ではないのだから。

一番の最古参は打製石器から、ここ最近の新参者としてはサングラスに赤いスーツの二人組まで。

人の姿をしているのもあれば無機物まで、多種多様な客たちがいる。

ここにいるのは皆、人に忘れられた概念たちだ。

人間は忘れることが早い生き物だ。

多分、今の人類に打製石器を作れと言っても石すら転がっていない都会では無理だろう。

田舎でも、流石に黒曜石がホイホイ転がっている場所はまずないはずだ。

そうした忘れ去られ、あるいは使われなくなったものの中でも諦めきれず、忘却の海に沈むのをよしとしない者たちがいた。


彼らは奥のテーブル席に陣取り、愚痴を言い続ける。


「だからさぁ!一時期あんなに流行ったのになんで今はさっぱりなの!?逆に何で流行ったし!?」

酒をあおりながら自慢のエリをフルフルさせるのは常連さんのエリマキトカゲのエリーちゃんだ。

彼女は1980年代、何故か大企業のコマーシャルにでたところ人気が急増し、その後ひっそりと消えていった花のバブル時代経験者だ。


「で、でもぉ・・・僕たちのいた80年代って色々おかしい空気でしたし・・・」

そう言ってちびちびコップから水を飲むのは何故か直立し学ランと鉢巻という応援団スタイルの猫、なめくん。

彼は80年代、なめ猫という謎カテゴリーで流行を作り、消えた後細々と児童誌などで紹介されてきた。

だがそもそも直立(実際は座っているに近かったが)という無理な姿勢を強要され、オラオラキャラを演じなければという重圧のせいでこのような貧弱な性格になってしまったのだ。


「まぁしゃーないでしょー!飲め飲め!」

愚痴を聞きさらに酒をグラスに注ぐアノマロカリスのなりそこないみたいなのはこの中でも一番の年長者、シーモンキーのモンさんである。

彼は昭和40年代に流行った愛玩動物で、名前とパッケージの半魚人のイラスト、手軽さで流行を呼んだ。

だが実際はイラストとは似ても似つかない節足動物であり、その後もたまに販売してる店がある程度の存在になってしまった。


そんな三匹はいつも通り、愚痴を言って飲み明かすだけだと思われた。

だが今日は普段と異なる客がここに足を運んでいた。

その偶然が彼らを駆り立てることになる。

三人が陣取るボックスシートの隣では、見慣れない人物が酒をかっくらっていた。

余程酔っているのか、さっきから大声でわめいている。

「この世の中を変えたいっ!その一心でねぇ!やっと神様の座に座れたんですぅ!このよのなかをヴェアッハァーン!」

泣きわめいている彼は相当ヤバい人にしか見えず、周りの客がどんどん減っていく。


だが、同じく相当酔っている三人衆はその言葉を聞き逃さなかった。


「え、なに?あんた神様なの?」

「そうなんですっ!ついさっきまではね!でもクビだってさぁ!」

「じゃあ、地上に僕らを送るとかもできたんですか?」

そうなめくんが聞くと元神様は鼻水ダラダラの顔を向けて自暴自棄に言う。

「できたよ!ていうかできるよ!今日の0時までは神様だもん!」

その一言に、エリーちゃんが目を輝かせる。

「やって!ぜひやって!ていうかやれゴルァ!」

「落ち着けエリーちゃん!一応まだ神様に殴り掛かっちゃいかん!」

胸倉をつかみ、今にも殴り掛かりそうなエリーを慌ててモンさんが押しとどめる。

「流石にダメでしょ。すいませんねどうも」

モンさんが謝り、その場を収めようとするも今度は神様が立ち上がる。

「いいよもうヤケだ!もともと地上のキャバクラに公費使ってクビになったから抜け道は作れるよ!」

「そりゃクビになるでしょうね!」

モンさんのツッコミを振り切り、えーいと神様が指を天井に向けるとそこにブラックホールのような穴が現れる。


「いってらっしゃーい!」

「よっしゃあ!」

「ちょっと~!」

「やっぱこうなるか・・・」


穴からの引力に引っ張られ、抵抗することもできず三匹は数十年ぶりに地上へ舞い戻った。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


地上に出てエリーがやりたかったこと。

それはズバリ、もう一度自分たちの流行を作ることだ。


「つまり、私がエリマキトカゲをもう一度プロデュースするのよ!」

神様の計らいで人間の姿となったエリーはそう胸を張った。

同じく人間の姿をしているなめくんやモンさんもそれはいい考えだと思った。

「じゃあ我々三人で会社を立ち上げよう!『流行再燃会社』というカテゴリーを新たに作って!」

「なんだかゴシップ誌の企画みたいですけど面白そうですね!やりましょう!」

「よーし!そしたらまずは資金集めよ!」

そうして三匹もとい三人の流行再燃作戦が始まった。



幸い、飛ばされるときに神様が加護をくれたようで資金集めや会社の立ち上げは全てうまくいった。

そうしてまずは危うく消えかけていた某ヒャッハーなゆるキャラをプロデュースし、地方営業を徹底させ見事窮地から救ってみせる。

それにより三人が設立した会社は一躍脚光を浴び、業界内でも一目置かれることになる。

その後もアニメ作品にとどまらず出版、食品業界にまで手を伸ばし、社はどんどん拡大していった。

そしてその日、今や社長のエリーついには宣言した。

「さぁ機は熟したわ!今こそ、古き良き時代の流行をもう一度取り戻すのよ!」

こうしてエリマキトカゲ、なめ猫、シーモンキーのプロデュースが始まった・・・


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


まずエリマキトカゲは特集記事を週刊誌で組んでもらい、社会の関心を強めた。

そして新たな要素としてエリーが提案したのはエリマキトカゲを『着飾らせる』という事だ。

襟巻に付けるイヤリングや専用の服を次々生み出し、『着せ替えエリマキトカゲ』は一世を風靡することになる。


次になめ猫だが、こちらはまず1980年代のモノであることを利用して某携帯会社のコマーシャルに登場させた。

動物愛護団体からのクレームにビクビクしつつ、その後もタオルやシャツ等のグッズから外堀を埋めていった。

動物番組にも多数出演させ、ブームとまではいかなくともお茶の間の定番として定着させることに成功した。


最後にシーモンキーだがこちらもなかなか苦労した。

なめ猫やエリマキトカゲと違い、見た目のハンデがあったからだ。

だからその飼育の手軽さを前面に押し出すことにした。

自由研究にピッタリ!という煽り文句は変えないまま、販売を食玩コーナーやおもちゃ売り場に移した。

すると丁度夏に売り出したこともあり、子供たちに好評を受けた。

また粉末から生まれるその不思議さも人気の一つとなった。

さらにパッケージを従来の半魚人でなく、アノマロカリスのような姿にしたことでかえって人気も出た。


かくして、エリーが主導した一連の流行再燃計画は見事成功。

三人は当初の目的を果たし、その感慨に浸るのであった・・・


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


今日も今日とて、酒場は大勢の客でにぎわっている。

あの元神様はすっかりうちの常連になり、最近は地上に自分と似た政治家を発見したようでその同行探りに夢中だ。

少し前は客足が減ったようにも感じたがそれも束の間で、最近は以前と同じように新しい客が日々増えている。

マスターがグラスを拭きながら店内を見やると、奥の席にどこかで見たような影があることが分かる。

近寄って見ると案の定、以前地上に飛ばされた三匹だ。

気になったのでグラスを置き、三匹に話しかける。

「どうでしたか?地上の方は。流行再燃は・・・うまくいかなかったですか?」

すると酒をガブガブ飲むエリーがあきれ果てた様子で説明する。

ちなみになめくんとモンさんは酔いつぶれていた。

「いやー!再燃は出来たんですけどね!わたくし大事なことを忘れてました!」

「なんですそれは?」

「人間って忘れっぽいことですよ!よくよく考えたら70年前に核落とした国と仲良しこよししてたりする日本じゃ特にね!いやー参った参った!すべては忘却の海の底行き!」

自暴自棄に言って腕をおー!と掲げた後、プツリと電源が切れたように酔いつぶれてしまった。

三匹にそれぞれ毛布を掛けてやり、カウンターに戻ったマスターはグラスを拭きながらふと呟いた。

「ま、人間がもっと物覚えがよければ叡智の炎なんてとっくに捨ててるか。この頃は閻魔様も大忙しですしね」


少なくともこの酒場はしばらくは安泰だと、炎に包まれる青い星を見てマスターは思うのであった。


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