伊吹くんに、毎朝一番におはようって言える人になりたいです。
昔から、やろうと決めたらすぐに行動に移す質だった。……だけどまさか自分が、一目惚れをしたその衝動のままに告白してしまうような人間だなんて思わなかった。
「好きです、結婚してください!」
「……誰お前」
そんな会話が、私と伊吹くんとの出会いである。
* * *
そもそもが、一目惚れなんて信じていなかったのだ。好きになるには時間が必要で、相手の好きなところ、そして嫌いなところを知るうちに惹かれていくのだと思っていた。
……っていうかこれが初恋なんだよねぇ。だから尚更びっくりだった。
「伊吹くん、今日もかっこいいね!」
教室に入って一番に目に入ってきた彼に、挨拶代わりににへらっと笑いかける。彼よりも近い人は何人かいたけど、ぱっと自然と目が惹きつけられるのだ。
伊吹光くん。それが、私の初恋の人の名前だ。
「……おはよ」
鬱陶しそうな顔をしながらも、伊吹くんは挨拶をしてくれる。
「おはよう! もう、伊吹くんは優しいなぁ。好き」
「あーはいはい」
「だから結婚しよう?」
「寺崎のこと恋愛対象に入れてないから」
「えっ、ひどい」
でもまあ実は、好きって伝えるだけで十分満足しているのだ。両想いになんかなったら私爆発しそう。幸せすぎて。
にこにこしながらようやく他のクラスメイトたちにも挨拶して、伊吹くんの左隣の席に座る。そう! なんと私は今伊吹くんの隣の席なのです! へへへへ、くじ引き運はいいんだよね、私。隣の席を引いたときは超ハイテンションで伊吹くんに報告してしまったけど、呆れつつも嫌そうな顔はしなかったから伊吹くんは優しい。
私が伊吹くんを好きになってから、早三ヶ月。初めて会った日……高校の入学式の日に一目惚れをして、それから毎日、私は伊吹くんに告白している。
私が一目惚れするだけあって、伊吹くんはとてもおモテになる。告白なんて慣れっこだったらしく、最初こそ戸惑っていたが、今ではすっかり適当に流される日々だ。それでもやめろと言わない伊吹くんが好き。
「うーん……伊吹くん、質問していい?」
「めんどくさいのじゃなければ」
「えー、じゃあだめだなぁ」
どうしてそんなにかっこいいんですか、って訊きたかったんだけど。……あれ? 伊吹くんの顔を見つめながら、なんかこの質問前にしたような気がするぞ、と首をかしげる。うーん、でも伊吹くんはかっこいいから仕方ないよねぇ。
勝手に一人で納得していると、珍しく伊吹くんから話しかけてくれた。
「俺のほうこそ気になってたことあるんだけど、訊いていい?」
「うわわわ、なんでも訊いて!」
基本的に私がずっと喋っているから、伊吹くんから話題を切り出すことは滅多にない。申し訳ないとは思っているけど、伊吹くんを目の前にするとどうにも口が止まってくれないのだ。
だから意気揚々とうなずいて、けれど続いた質問に私はかちんと固まってしまった。
「寺崎って俺のどこが好きなの?」
「……魂レベルで惹かれちゃったっていうか。えーっと、細かい理由なんてどうでもよくないですか!」
そう主張するも、「どうでもよくない」ときっぱり返される。
「やっぱり顔だけ?」
「やっぱりって何!? 顔だけで好きになるわけないじゃん!」
「初対面で告白してきた奴がよく言うよ」
「うっ……そ、そうですけど、そうだけど! そりゃあもちろん顔も大好きだけど!」
どうしようどうしよう、誤解されてる。顔が好きなだけで毎日告白するわけないのに! うううう、かっこいいとか好きとかしか言ってなかったから? だって他にどう言えばいいの。
どこかがっかりした顔の伊吹くんに、必死で言い訳を考える。でも誤解を解くためにはちゃんと好きなところ言うしかない……よなぁ。なにそれ無理。無理です。
興味をなくしたように、伊吹くんは机の上にノートと教科書を出してシャーペンを動かし始める。
……ここで何も言わなかったら、このまま嫌われる気がする! 言ったところでどうせ嫌われちゃうだろうけど、それならまだ言って終わったほうがマシだ。顔だけしか見てないとか思われたくないもん。本当は心の底から言いたくないけど、仕方ないか……。
「い、伊吹くん」
あ、声裏返っちゃった。ちらりと視線だけで応じる伊吹くんに、ごくっと唾を飲み込む。
「恥ずかしいから、せめて人のいないとこで言わせて……」
朝とは言え、あと五分ほどで授業が始まるから、教室にはすでにそれなりの人がいる。私のただの告白はもはや誰も気にしないけど……いや、嘘、伊吹くんに好意を抱いてる女の子には嫌な顔される。
とにかく、伊吹くんの好きなところを挙げていくのは私にとって自殺行為に等しいのだ。恥ずか死ぬ。そんなもの、本人以外に聞かせられない。できれば本人にも聞かせたくないくらい!
おそるおそるお願いすれば、伊吹くんはきょとんと首をかしげた。
「……は?」
「あざとかわいい!! 反則!」
顔を覆って悶える私に、伊吹くんは呆れ声を出す。
「そんなこと大声で言えるのに、羞恥心とかあるのかよ」
「あります! これくらいは全っ然恥ずかしくないけど!」
「好きも結婚しても、普通毎日言うようなことじゃないと思うんだけど」
「……うわああ、伊吹くんの口から好きって! 結婚してって! 結婚してください!」
「あのな、さすがに鬱陶しいぞ?」
「ごめんなさい」
即座に謝れば、ん、と満足げにうなずかれた。
ほんと伊吹くんって心広いよなぁ。なんで嫌われないんだろう。……はっ、もしやすでに嫌われてるけど、優しいからそれを隠してくれてるの!?
まあ、それはないか。私のことが嫌いなら、どこが好きなのかとか訊いてこないだろうし。それに、部活のオフが被った日にはたまーに一緒に駅まで帰ってくれるし。……大丈夫だよね、嫌われてないよね? なんか不安になってきた。
「寺崎、放課後空いてる?」
デートのお誘いですか!? と口から飛び出しそうになったけど、なんとか押しとどめる。鬱陶しいって言われたら、その日一日はダル絡みしないと決めているのだ。
放課後……そっか、今日は陸上部オフか。しかも私が所属する女バスもオフ。いつもなら喜々として一緒に帰ろうと誘いにいくところだけど、今日に限ってはなんてタイミングの悪い!
「無理?」
返事が遅かったせいか、伊吹くんの眉がちょっと下がる。ここで無理と嘘をついてもいいけど、伊吹くんに嘘はつきたくない。
「ううん、大丈夫……けど早すぎない? 心の準備ってすごい大切なものだと思うんですけど」
「何言うつもりなんだよ」
伊吹くんはすでにちょっと引き気味だ。
いや、うん。そうなるよね。私、告白もプロポーズもどきも平然とできるし。でもそれとこれとは話が別なんですよ!
「こっちはこれから一切口利いてくれなくなるかも、って覚悟をしなきゃいけないんだからね!」
「だから何言うんだよ!?」
えへ、と誤魔化しの笑みを浮かべると同時にチャイムが鳴った。おお助かった、とこっそり息を吐く。
……ドン引きされるの、確実なんだよなぁ。いくら伊吹くんが優しいからといっても、流石に気持ち悪いと思われるだろう。
ばっくれるつもりは全然ないけど、ばっくれたいなぁとちらっと思う。
「放課後な」
「ひっ」
小声で念を押されてしまった。くっ、囁くとか卑怯です、色っぽいな!
思わず日本史の教科書で顔の右側をカバーしてから、あ、と気づく。一時間目日本史じゃなくて現社だ。
* * *
時間って、止まってほしいときに限って早く過ぎるものだ。っていうか緊張しすぎて授業爆睡しちゃったから、なおさら早かった。
これは伊吹くんに責任を取ってもらって、今日の分のノート写させてもらおうかな。今日で嫌われたとしても、その約束を取り付けておけば少なくとも明日以降一回は話せる。ぎゃー、考えてたら悲しくなってきた。泣きたい逃げたい。
「あんま人のいないとこか……。図書室前とか?」
「……はーい」
ぎこちなくうなずいて、バッグを持って歩き出す伊吹くんの後をとぼとぼ追う。爆睡してたせいで心の準備もあんまりできなかったんだよねぇ。私アホすぎでしょ……。
図書室前に、人はいなかった。まだ放課後になったばかりだからかもしれない。定期テストもしばらくないし、誰も来なきゃいいなぁ。図書室のドアは結構分厚いので、大声を出さなければ中に聞こえることはないだろうから、そこは気にしなくていいのが助かる。
「よし、伊吹くん!」
早めに済ましてしまおう、と早速口を開く。
「とりあえず、これから言うことにどれだけ引いても、今日の授業のノート見せてください! 緊張して寝ちゃったから!」
「緊張して寝るって……まあノートくらい貸すけど、本当に何言うつもり?」
「……しばらく何も言わないで聞いてくれると助かる。あと、後ろ向いてくれませんか? 顔見られてると恥ずかしい」
「寺崎の恥ずかしい基準がわかんないんだけど」
呆れつつも、伊吹くんは私の言うとおり後ろを向いてくれた。
……吸ってー、吐いてー、深呼吸。人の字も書いて食べとこう。普段の告白とかプロポーズもどきは緊張しないけど、今はすごく緊張してるのだ。
伊吹くんの後ろ姿をちょっとの間無言で見つめてから、意を決して話し始める。
「えっとね。私が伊吹くんに一目惚れしたのは知ってると思うから、まず外見の好きなとこ言うね。まとめてないから、外も中もだんだんごっちゃになるだろうけど」
せっかくだから、今思いつく限りのことを伝えよう。
「何から言おうかなぁ……あ、柔らかい髪の毛が扇風機でふわふわ揺れるの、すごいかわいいです。ぱっちり二重でちょっと色素薄い目はずっと見てたくなるし、高めの鼻も、色っぽい唇も、整えられた眉毛も、長くて綺麗な睫毛も、耳の黒子も……あ、どうしよう、顔の部位だけでも好きなとこ多すぎる! 伊吹くんが誤解するわけだ! ごめん外見一旦やめて次行きます!」
手とか筋肉とか喉仏は後で言えばいいや。この告白の目的は伊吹くんの誤解を解くことなんだから、大事なのは中身の好きなところだろう。
さて次はどうしよう。好きなところがありすぎて、何から言おうか本当に悩む。
「うーん……伊吹くんってさ、結構雰囲気チャラいじゃん? 地毛だけど茶髪だし。だから余計、姿勢の良さが目立つんだよね。立ってても座ってても歩いててもぴしって背筋伸びてて、伊吹くんがいるところだけなんか空気が違って見えるんだー。神聖な感じっていうか。私結構猫背だから、すごい憧れる」
話していて、もしかして、と思う。最初に目を惹かれたのは、姿勢のせいだったのかもしれない。そりゃあ顔だってかっこいいパーツが完璧に配置されてると思うけど、ぱっと見の印象に姿勢が占める割合は大きいだろう。
伊吹くんが顔だけそっと振り返ろうとしたので、慌てて「そっち向いてて!」と叫ぶ。……だってたぶん、私今顔赤い。夏だからって理由もあるだろうけど、それにしたって顔だけ異様に熱いのだ。
「あとは、そうだな。人の話を流さないところ。今日も私が好きって言ったら、『あーはいはい』って流したけど、そういうことじゃなくて、なんていうのかなぁ。……伊吹くんは、私が話してる時ちゃんと私の目を見てくれるよね。だから、声とか言葉が適当でも、ちゃんと聞いてくれてるって感じがするんだ」
案外、人の目を見て話を聞いてくれる人って少ない。私も色んなものに気を取られやすいから、視線がすぐあちこちいっちゃうし。
「あー、あと、声好き! 私アニメ声で全然声通らないから、伊吹くんの声羨ましい。綺麗だよねぇ。聞いててすごい落ち着くよ。現国の授業で小説とか音読してるの聞くと、読み聞かせしてもらってるような気がしてわくわくする。幼稚園とか小学校とかで絵本の読み聞かせあったじゃん? あのわくわく感……あれ、違うな。まあいいや、とにかく好き」
「……なあ」
「ごめん何にも言わないで!? ……で、そうだなー。なんだかんだ言いつつ、好き好きアピールすると嬉しそうなのがかわいいよね。いっぱい好きって言うと、呆れ笑いしてくれるでしょ? しょうがないなぁ、みたいな感じで。あれ、かわいくてすごい好きなんだよね。結婚してくださいはそんなに喜んでくれないけど」
だから、プロポーズもどきは告白とは違ってできるだけしないようにしている。ついぽろっと漏れちゃうことも多いんだけど。
「それからそうだ、ありがちだけど笑顔が好きだよ。今言った呆れ笑いじゃなくて、通常時のね。伊吹くんが笑うだけで、周りがぱあって明るくなるよね。自然とこっちも笑っちゃって、幸せになる」
「……」
「あと、伊吹くんと仲良い杉中くん。あの子、結構下ネタ言うよね。で、伊吹くんは基本それもちゃんと笑って、たまに下ネタ返してるけど、そういうの苦手な人が近くにいるときは、さりげなく話題変えるじゃん。それがいいなーって思う」
「…………」
「えーっと、あとはそう、食べ方! 伊吹くん、箸の持ち方すごい綺麗だよね! さっき言ったけど姿勢もいいから、伊吹くんの食べてる姿って絵になるんだよねぇ。毎日惚れ惚れしてます」
あれだけ言いたくないと思ってたのに、いざ言い出すと口は止まってくれない。……すでに引かれてる、よなぁ。
「あとは、プリント回すときちゃんと後ろ見るところとか。後ろ見ないと、後ろの人も気づいてないときちょっと間抜けっていうかさ……なんか、振り返らずに手だけで回すのって失礼な気がするんだよね。個人的な感覚だから、別に悪いってわけじゃないんだけど。で、伊吹くんはちゃんと後ろ見るし、後ろの人がお弁当食べてたりしたら、一枚取ってその後ろに回してくれるよね」
「寺崎、」
「うわぁ、まだ終わってないからツッコミは後で! ええっと、それから、走る姿素敵だよ。私陸上全然わかんないけど、伊吹くんは他の人よりも綺麗に走ってる気がする。めっちゃ速いし、すごいよなぁ」
「……あのさ」
「あと、最近唯ちゃんの代わりに掃除やってあげてるよね? 頼まれてないのに、気づいて助けてあげられるってすごい。私の場合は『頼まれてないのに』とかっていう発想からしてだめなんだよなぁ」
唯ちゃん、というのは、うちのクラスの本条唯ちゃんのことだ。体操部なんだけど、着地に失敗したとかで今は松葉杖状態。それなりに話すけど特に仲がいいわけでもないので、何か手伝いたい気持ちはあったものの私は何もできていない。
でも伊吹くんは、掃除当番を代わる他にも移動教室のときに荷物を運んだり、階段の上り下りでは「大丈夫?」と手を貸したりしてた。唯ちゃんの友達が近くにいないときに限り、だけど。……あれっ、これもしかして伊吹くん、唯ちゃんのこと好きなんじゃない!? 普通、好意を持ってない相手にそこまでしないよね? すごいなとか優しいなとか暢気に思ってる場合じゃなかったかも。
と、とりあえず今は告白に集中しよう。冷や汗を拭って再開する。
「あ、そうだ、外見の続き! 私、伊吹くんの手好きなんだよね。運動部なのにあんまり焼けてなくて、指が細めで、でも大きい。すらっとしてて綺麗。恋人繋ぎとかしてみたいなって……ああああ嘘なんでもないごめん冗談です」
口が滑った! 全然集中できてなかった! ますます冷や汗出てきちゃったよ!
ええっと、と無意味に視線をうろうろさせていると、伊吹くんがおもむろに体の向きを変えた。つまり、私と向かい合う形になって。
「――ぎゃー!? ごめんなさい!」
慌てて今度は私が後ろを向く。こんな顔を見られるわけにはいかない!
「……寺崎、俺のことそんな好きだったの?」
「引いた!? 引いたよね!? だって私自分でも気持ち悪いって思うもんうわーんだから嫌だったんだよ伊吹くんのバカ、好きぃぃ!」
本当は、まだまだ言い足りないくらいなのだ。だけどこんな事細やかに好きだと言われたら、伊吹くんだってドン引きするだろう。それは覚悟の上だったからいいんだけど……いやよくないけど!
涙がじわっと滲んできてしまったので、溢れないように瞬きを我慢する。このまま消えろ。ここで泣くなんて最悪なことはしたくない。
初恋は叶わないっていうもんな……。こんなに好きになっちゃったのが悪い。今度人を好きになるときにはほどほどに……は幸せになれなそうだし、やっぱり恋するなら全力でしたいんだよなぁ。困った。
涙がちゃんと引いてきてから、ゆっくりと瞬きをする。うん、顔の熱も治まってきた。
そして振り返り、思わずぽかんとしてしまった。
「……伊吹くん?」
「いや、ちょっと、悪い、もう一回あっち向いてて」
そう言った伊吹くんは、口元に手を当てていて。隠しきれないそのかっこいい顔は、赤く染まっていた。
……あれ? 予想外な反応……まさかの好感触? 今までどれだけ好き好き言っても一切動揺しなかったのに、あれ? なんで?
つられて私まで顔がまた熱くなってきた。ああもう、せっかく治まってたのに!
「ど、どうしたの伊吹くん!?」
「あっち向けって」
「いやそんな顔の伊吹くんとか貴重だから! ちゃんと心のアルバムに収めなきゃ!」
「うるさい」
照れると伊吹くんは冷たくなるらしい。新発見だ。……いや、普段から結構こんな感じか。
本気で嫌がっているわけではなさそうなので、じーっと伊吹くんを見つめる。頬を赤らめる伊吹くんとか最高です、ありがとうございます。かわいい。なんでかっこいいのにこんなかわいいんだろう、もはや罪だよね。
「……正直、細かすぎて気持ち悪かった」
「えっ、ここで落とされるの私!? そんな照れてるのに!?」
「照れてない」
「うっそだあ」
「で、気持ち悪かったんだけど。……俺ってもしかして変なのかも」
変、とは。私の告白に毎日付き合ってくれてた時点で、相当変わってると思うんだけど……まさかその自覚がなかったの?
続く言葉を待っていると、伊吹くんはふわっと笑った。
「ありがと。そこまで言ってくれると嬉しい」
「…………はっ、危うく呼吸困難で死ぬところだった待って死にたくないやめてごめんなさい私が悪かったですそんなふうに笑わないでええ!? かわいい好きです!」
呼吸が止まっただけじゃなく、心臓がどきどきしすぎて本当死ぬかと思った。
だってだって、なんかめちゃくちゃ嬉しそうに笑うんだもん。ふわふわしてる。お花舞ってる。きらきらしてる。ああなんで私の目にはそういうエフェクトが見えないんだろう! 見えたらかわいすぎてぶっ倒れそうだけど!
「あのさ、これからはあんまり告白しないで」
「え!? なんで!?」
「……恥ずかしいし」
「今までのクールな伊吹くんはどこにいったんですか!?」
「うっさい」
ちょっと納得いかなかったけど、むすっとする伊吹くんがかわいかったので納得したということにした。
……でも。
「ええっと……改めまして、私、寺崎愛は、伊吹くんのことが好きです。結婚してください」
「やめろって言ったそばから」
「いや、やめるなんて無理です。ごめん、勝手に口が動くから私にはどうしようもないんだ」
きりっとした顔で言えば、伊吹くんは小さくため息をこぼした。
「……まず俺、まだ十八じゃないし」
「お、おぉぉ……!? そっ、それは、十八になれば結婚してくれるってこと!?」
「なわけあるか」
すっと伸びてきた手に身構えれば、デコピンだった。軽いやつだったけど、「あいたっ」と声が漏れてしまう。
……え、伊吹くんからのスキンシップ!? 伊吹くんから触ってもらったのって初めてじゃない!? これは快挙だ、ケーキ買って帰ろう!
興奮してあわわわわとその場で飛び跳ねていると、ぽつりと言葉が降ってくる。
「……まあ、付き合うくらいは、考えてもいいけど」
「マジですか! うひゃああ、ありがとう、嬉しい!」
「考えるだけだからな!」
「うんうん、ありがとう!!」
こんなに幸せでいいんだろうか。勢いのまま伊吹くんに飛びつこうとして、はっと体を止める。付き合いもしてないのに、そんなことして嫌われたら嫌だ! せっかく少しは私のことを意識してくれたんだから、今までどおりスキンシップは控えなきゃ。
それでも顔はだらしなく緩んでしまって、それを見た伊吹くんがおかしそうに笑った。
「変な顔」
「恋する乙女は大体こんな顔だよ!」
「それはない」
えーひどい、なんて言いながら、自然と私と伊吹くんは歩き出す。……この流れだと、今日は一緒に帰れるかな。
「ねえ伊吹くん、好きだよ」
「……ん」
また照れる伊吹くんに、かわいいなぁ、と目を細める。
もしも付き合えたら、なんて考えたらいけないんだろうけど。だけど万が一付き合えて、それで社会人になってもまだ伊吹くんが私を好きでいてくれたら。一つ、言いたいことがあるのだ。
実は私、一番ドン引きされそうなことをまだ言っていない。
――もうプロポーズの言葉は決めてるんだ、なんて言ったら、伊吹くんはどんな顔をするだろう。
まあ、その言葉は『そのとき』が来るまで大事に取っておくって決めてるんだけどね。結婚してくださいなんて、私にとっては普通の告白の一環だ。だから今までのは、プロポーズもどきでしかない。
いつか本当のプロポーズができたらいいなぁ。
幸せな未来を想像して、ふふっと一人でにやけてしまう。怪訝そうな伊吹くんにただ首を振って、一緒に昇降口へ。
そんな未来がくる可能性なんて、たぶんすごい低いけど。想像して幸せになるくらいは許されるはずだ。
あとは、毎日の告白も?
「あー、かっこいいかわいい好きです」
「いい加減にしてくれない?」
「照れてくれてるのに冷たい! でもそんな伊吹くんも大好きだよ!」
寺崎愛
座右の銘は「思い立ったが吉日」
高校三年間、ずっと伊吹一筋だった。ストーカーにならない程度に伊吹に引っ付いて過ごす。
卒業式の日に告白され、キャパオーバーして逃げ出した。が、すぐに捕まり、やけになって伊吹の好きなところを大声で叫び続けた。
「伊吹くんのこと毎日好きになる私って……」
伊吹光
愛の印象は「変だしちょっとうざいけど悪い奴ではない」程度だった。告白はあまり本気にしていなかったが、好きなところを列挙されてからは愛のことを真面目に考えるようになる。その結果、告白されるたびに照れてしまうようになったのがかなり不本意。
数年後、愛に真剣な逆プロポーズをされて、嬉しいやら悔しいやら複雑な気持ちになった。
「たまにはこっちからも告白させてほしいんだけど」