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Feild2


その日の、ひっそりと静まる夜半。外には人の気配はなく、ゴミを漁る野良犬すら眠りについている。街を形成する石畳が月の光りを湛えて冷えた夜露に照らし出され、人工物の機械的な冷ややかさが街を包み込んでいた。

街を出ればそこは深潭たる闇黒の世界、魔の生物の所領となっている。結界を施された扉内には高位の魔物すら寄せ付けない。普段から人間を避けている彼らが市内に入り込むことはないのだが、人民の心の平安を保つ意味でシールドが掛けられているのだ。森林と街とがこの積み重なる壁とシールドに阻まれているとは思えないほどに空は一体となって闇を照らし出していた。

 しかし揺らぎなどあるはずのない影に一つの影が重なる。街と市街を隔てる壁の丁度真上、溶け込んだ闇に突如として波紋が生じた。次第に歪みは広がっていき人の大きさまでになると予想していたように黒い足が少しずつ市内へとその姿を覗かせって行った。 

 闇の中から姿を現したのは一人の人間だった。

 それは足の踏み場を一つの屋根に定めると波紋に向かって手を翳した。すると波紋は波を打ち少しずつ収縮していき最後には夜空は変哲もない元の姿へと戻っていた。それを見届けると一秒も間をおくことなく男は姿を消した。

 後に残るのは普段となんら変わることのない夜空と街並だけであった。



 「定刻通りだ」


 開いた窓辺に突如として現れた男に驚きもせず、クーリフトは視線を男に向けた。広々とした空間にはセンスの良い調度品が各々定められた場所に配置されていて隙がない。一見しただけでここに住まうものの洗練された美的感覚を垣間見ることができよう。

 男は顔を正面に向けたまま、視線だけ一蹴させるとそう判断した。クーリフトはその視線に気付かぬふりをして、再び口を開いた。

 

 「仕事を、ここに写るものを一月後、同じ時刻にここにつれてきてほしい」


 クーリフトは部屋のまるで定められていたかのような二人の位置関係を崩して一歩一歩、男が腰掛ける窓辺へと近づいていった。

 丁度男との距離が後一歩のところで徐に懐から一枚の封筒を取り出し、男に渡した。

 男はそれを、視線をクーリフトからはずさずに受け取ると一度それに目を落とした。

彼の仕事は主に闇家業と称される類のもので、大体が暗殺や魔物の捕縛などであったのだが、今回ギルドから回ってきた仕事は一人の人間の保護であるという。常にどんな内容においても完遂する男の腕を見込んでとのことだが、その辺のチンピラではこの男に依頼することは不可能である。彼のギルドの地位は最高ランクのSSクラス、一度の依頼額が通常の倍はかかると言われている。また、ギルドで紹介されるのは同じランクのものを頼んでもまず彼には辿り着けない。彼の名前自体が名簿には記されてはいないのだ。

 彼を捕まえるのは金だけではなく人脈と運をも味方につけていなければならないのだが、なるほど目の前に立つ人物はそれに最も値する男らしい。

 クーリフト・アルゼガルシス、裏の世界に住む男でも知らない人物ではなかった。

 「一月か、高くつくぞ」

 「承知している。これはそれまでの資金と前金だ。残りは無事私の下に連れてきたときに渡す」

 クーリフトは一つ袋を男に渡す。

 男は片手でそれを受け取ると器用にそのまま紐を解いて中身を確認した。一つ瞬きでそれを了承すると再び口を閉じた。男は写しだされているそれに再び目を落とす。

 先ほど自分の目の錯覚かと思い話を逸らしたのだが、彼はそこに写る人物を認識してよいのか迷った。 

 常に冷静沈着なこの男にはありえないことである。

 そしてクーリフトに尋ねた。それもありえないことだ。仕事の内容を聞けば彼はそれを完遂するだけ、決して私情を挟まない。故に内容以上のことを彼は求めなかった。必要がないからだ。しかし、彼が今依頼されたものの素性には尋ねなければ掴むことができないのではと疑問が湧いた。

 「・・・この娘は存在するか?」

 男の言葉がさも不思議だと言うようにクーリフトは瞳を開いた。意味を図りかねているとも言えた。しかしすぐに元の感情を殺した表情の戻すと男に言った。

 「まさか、そう聞かれるとは思わなかったな。・・・その子は、今生(こんじょう)に生きている。一人寂しく、囚われた世界で・・・」

 最後は一人ごとのように小さな声であった。

 男はそれも聞こえていたが敢えて何も言わなかった。ターゲットが存在することが何より重要である。それがどんなものでも。

 「そのものの所在、名前などはその封筒に入っている」

 クーリフトは一瞬逡巡し、己の疑問を口に出した。

 「君は、それを見て存在、と言うのだね」

 何をと男は思った。

 男にとってはそれが当たり前のことである。捕まえるものが居なければ彼の仕事はないのと同じ。

 それのどこがおかしいのか男には分からなかった。

 だがしかし、クーリフトの意を男は理解していた。存在と言葉にするだけではその娘はあまりに隔たりがありすぎる。写し出された姿は人とは思えぬものであった。人のなりをした魔物といわれたら納得したかもしれない。それでも・・・

「掴めればそれでいい」

 それがなんであろうと。

「ディバルト・ジュリアス・・か。お前だからこの依頼をしたんだ」

 

 闇に魅入られた男、ギルドで彼はそう言われていた。

 誰にも心を許すことなく、寄せ付けない。闇だけを見つめ、捕らわれた男。

 

 彼なら、完璧に仕事をこなしてくれる。そう、完璧に。

 

 互いの視線が胡乱に相手を見つめる。ここに第三者がいれば彼らの発する異様な気配に気付いたかもしれない。今はそれを咎めるものはいない。一瞬、張り詰めた空気はどちらからともなく動きだすことによって止まった時間が再び時を刻み始める。互いに背を向けて。

 「明日だ」

 「了解した」

 それだけを交わすと男は現れた時同様、窓から闇に紛れるように姿を消した。

 それを背後に感じたクーリフトは再び歩き出し部屋の中央に置かれた長いすに腰掛けた。両手を組んで額に当てるとひとしきり長い息を吐いた。

 震える鼓動を抑えるためである。

 彼は戦慄していた。

 ついに、彼の念願が叶うかもしれない。クーリフトに限って仮定はない。叶うのだ。幼き頃、リリスを始めてその瞳にした時から望んでいたことが。

 これまで待った。待ったのだ。この機を。

 託したのはあの男。決してミスは許されない。

 クーリフトはきつく瞳を閉じた。

 もう少しだ。もう少しで全て。

 夜の帳は明けることなく人々の街を包み込む。彼らの宰相がある決断を下していることも、一人の男が街を出て行ったことにも気付かずに。










とうとう動き出したらしい。

前置き長いよ・・・(反省)

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