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Feild1-5

閉ざされたカーテンの隙間から小さな木洩れ日が部屋を満たし始めた時刻、クーリフトは寝室の寝具の中に居た。

結局、あの場をアグウス一行に気付かれないように屋敷へと戻ってきたときにはすでに夜半も過ぎた時刻に差し掛かっていた。

 部屋に戻っても少女との邂逅の衝撃が忘れられず、眠りに衝いたのは明け方近くになってきてからなのだ。数時間しか寝てはいないが、普段の生活のせいもあって、寝覚めは悪くない。これから政務があるわけではないのだから日が差し込むのも早くに起きる必要は無いのだが、クーリフトは昨日の行動がある。アグウスに気付かれてはいないとは思うが、彼に隙を見せることはできない。

 まあ懸念しすぎだろうが、それでも気を抜くことはできないとクーリフトは考えていた。

 ここはアランドルではない、ましてや己の知っている領域でもないのだ。決して油断してはいけないと今更ながら心に感じた。

 

寝台から起き上がり、昨夜アグウスを目撃した窓に手をかけた。カーテンを開けると窓いっぱいに満ちた太陽の光りがクーリフトの目をさした。ライズの中心に位置し、高いところに建てられているこの屋敷からは、ライズの全体を見ることができる。すでに商人たちが店先に品物を並べている姿がちらほらと見える。


豊かだな。


 昨日のような活気はまだなりを潜めているが太陽の下で言葉を交わしあるかれらの姿のなんと清清しいことか。それが実はアランドル都市としては懸念するところであるのだ。一つの都市として独立しているライズの采配がクーリフトの父であり現在の国家間内情勢の中心人物の大臣が問題視している点であるからだ。アグウスの代になってから大きくライズという都市の動性が変わった。表立ってはなにかあるわけではない。あっても他国との交易が増えたことであるが。確かな情報が父親の耳に入っていた。


アグウスに動きありと。


 丁度其の時だった、母親のアリセルに避暑に誘われたのは。アルムの感謝祭が明けの月にあるため政務机から一歩も動けない父にクーリフトはライズとルジラシス家を探るよう命ぜられていた。

 母上には悪いのだけど。心配性でいつも己のことを気にかけてくれる母親のことを思うと苦笑せずにはいられない。心底悪いとは思っているがこれは仕事だ。今日はライズの商業について調べるか。

 窓のある壁とは対照に位置するクローゼットまで足を進め、その中を物色し始めた。クーリフトがコーディネイトをきめかねていると、戸を叩く音が彼の思考を遮った。

 「はい、開いていますよ」

クーリフトが告げると母親と侍女が一人桶を持って入ってきた。

 「クーリフト、お目覚め?よい朝ですこと」

 「母上、空もあなたの艶やかな姿に涙を流すのをやめたのですよ」

 「全く、その厚顔についている口はどこから生まれたのかしら」

 「あなたから」

微笑を口に乗せたクーリフトをアリセルは呆れにも似た表情で見上げた。

 「朝からあなたの戯言など聞きたくなくってよ。それより、あなた今日はライズの商業に顔を出したいと言っていたわね」

 「ええ、そのつもりです。アランドル都市とは異なる形態をなしていますし、何より国交の出入りも激しい、できたら民の話を聞きたいですし、一人で降りてみようと思っていますよ」

紫のシャツと白のズボンを取り出しながらアリセルに言った。

 「だめよ、紫なんて。白にしなさい」

軽く肩を下げて肯定とも否定とも取れるポーズをするとクーリフトは侍女の持ってきた桶で顔を濯いだ。

 「それで?朝から何のようです」

そうだわと扇で手の平を叩くとアリセルは息子に今日はじめて微笑みかけた。

 「ケストがどうせなら自分が案内すると言っているのよ。どうしますか?」

タオルで顔を拭きながら内心迷った。

 「私はね、馬鹿ではないの。あなたが何のためにここにいるのか、分かっているつもりよ」

 クーリフトは苦笑するしかなかった。

 やはりこの母親には敵わない。こちら側の意図に気付いていないわけではないだろう。少なくともアグウスは。それを踏まえての行幸となるとどこまで信用できるかわからない。なんらかのものを隠すとも限らないし、ましてルジラシスの家族となるとその傾向は強くなる恐れがあるのだ。

 「母上には多大なるご心労をお掛けして申し訳ない」

 「本当に、これを機にあなたの行いが改善されるとは小指のつめの先ほどには思っていたのだけれど」

 冗談めかして言う母は少し寂しそうに笑った。たとえ心根の強い母でも自分の家族に気が置けるというのはつらいものがあるのだろう。しかし、それが政治の中枢を担う貴族の家の娘であり妻である自分の役割であることも同時に理解しているのだ。

 「・・・ケスト叔父上にお願いします」

 クーリフトの言葉に一つうなずき返すとアリセルは部屋を出て行った。そう、今ここで下手な動きはできない。ケストの申し出を断ることであらぬ勘繰りをされては困る。それに一度この都市の全域を把握しなければならない。それには誰か詳しい人間の付き添いが必要だろう。 断る道理がない。今はまだそれでいい。

新調された服に袖を通しながら、ふと少女のことが頭をよぎった。ライズにも属すことなく、ひっそりと森で暮らす少女は今どうしているだろうかと。

 太陽に照らされ、反射した金髪がさぞ美しいだろう、少女の姿を思い浮かべてクーリフトは一人口元を綻ばせた。


 昼はケストに伴われてライズの町を散策した。

街路に軒を連ねる出店を回りながら、貿易の品を一つ一つ検分し、それがどこの国のものでどういった用途があるのか、その国との友好的国交法についてなどケストらしい明朗な語りによってクーリフトに教えてくれた。

 ここまで二人と後ろに護衛数名を携えて街に出てきたのだが、通常貴族が簡単に邸外を出歩くということはあまりない。ゆえに大体がその地を治める領主ともなると平民は平伏してしまうものだと思ったのだが(ただしこれは主都市には当てはまらない、人口の三分の一が貴族出身によって占められているためである)、このケストという人物は気さくに話しかけ商人たちも気軽に応えている。しかも、ケストは領主としても慕われていると感じることが多々ある。実際の領主はアグウスなのだが。

「クーリフト、これを見てごらん」

二人が立ち寄ったのは武器商の店の前だった。

 「これは西島国リンの武器だ」

 ケストがさしたものは、この国には珍しい形をした武器であった。刃が円形にむき出しになっており一部が布で巻かれている。聞けば主に遠投に使う武器だという。

 「面白い武器だね。リンというのは他国と隔たれている島国だ、戦のときに活躍するのは主に海軍だ。其の時にこの武器は大いに役立つらしい」

例えば、船に縄が放たれたとき投げることによって何本もの縄を遠くから切り離すのだという。さらには敵船に向けて投げることで威嚇にもなるのだと商人は語った。

 「最近、リンとの貿易は主に武器ですか?」

 「そんなこともない。リンは他国から影響を受けてないから珍しい食物や珍種の動物もいる、それに政治的見解とか・・・」

権外に匂わせている叔父をクーリフトは驚きの目で見つめた。爆弾発言をした本人は飄々とした顔で珍しい武器の品々を観察している。

 簡単に国の、いやこの場合はアグウス個人というのが正しいのかもしれないが情報を漏らしていることをこの叔父は理解しているのだろうか。

 

 まず貿易には必ず互いの国の干渉が不可欠となる。港があればどこの都市でも貿易を行うことは可能であるが、それにはまずアランドル首都市の中枢に許可を得る。許可を取得後に、貿易品に関する目録を提出しさらにその是非を首相および大臣たちによる決議によって採択される。これら全てを踏まえた上で貿易は可能となるはずである。この仕組みは複雑で特に武器に関して多くの誓約があるため、武器の出入りを調べることは重要なのである。目録に登録されていない武器が流入していればその街ではなんらかの反乱が起こると考えられるからだ。

  

 人当たりは良いがどこか掴めないケストにいよいよ気を引き締めなければと思う。先ほどの言葉は確かにケスト自身を試す言葉でもあった。それをこの叔父は理解していた。一筋縄ではいかないだろう。ケストも・・・ライズも。目を細めて叔父を見返す。それに気がついたケストがおいおいと肩で息をした。

 「勘違いするなよ。私はそんな策略家でもなんでもない」

 「・・・顔に、出ていましたか・・・」

クーリフトは顔には億尾にも出さずに一変して微笑を湛えてケストに問いかけた。それに応えるようにケストも苦笑交じりに溜息を漏らした。

 「全く、姉上が嘆くのもなんというか、吝かではないな。安心しなさい。私は人を読むのに長けている。何せあの兄を持っているのだからね。それと、先ほどの話だが、何度も言うが私は大して物事を拗らせる気は毛頭ないんだよ。中央には関わりたくはない口だ」

だから、そのことも安心していなさい、とケストは続けた。

 「私はね、クーリフト、ライズを守りたい。ここに住む全ての民を、彼らの持つ全てをね。無益な戦はいたずらに彼らを傷つけるだけだ。もし、戦が起こったら、私は戦わねばならない。ライズの兵士や民を引き連れて。そして散っていく彼らを守ることもできない。それはただ虚しい。私がじゃない。傷つけられた者達やその家族がだ。そんな思いを味わわせたくはないのだよ。私の民に。だから兄上のやり方を私はよしとしない。兄上が何をしようと私はライズに危害を及ぼさせないようにするだけだ」

 そして、続けた。

 「その上で私にまだ、何か聞きたいことはあるかね?」

クーリフトはいいえと首を振った。彼の潔さにケストは苦笑を禁じえない。

 「本当に、君は賢しい子に育ったものだ」

 ケストは遠まわしに国家議院にもアグウス側にもつく気はないと言ったのだが、彼はそれを完璧に理解していた。また、これからの外交を決して国家に悪影響を及ぼさせないためにもケストとの話も打ち切りにしたのだ。これ以上の介入はケストが許さないと示していた。

 「私個人としては、つまり君の叔父としてだが、君には活躍して欲しいと思っている。悩んでいることがあったら相談に来なさい。なにせ君が生まれてからアルゼガルシスとはそれこそ兄上しか関わっていない。これを機にこちらにも興味をもってくれるとうれしいね」

 ケストがいつものように軽口めかして眉尻を上げながらクーリフトにウィンクした。クーロフトも先ほどまでの緊張感を解き心無し肩を落とす。貼り付けたものではない心からの笑顔をケストに向けた。

 どうやら、この食えない性格の叔父に好感を持ってしまったらしい。

 「これまでは大きい外交問題もありませんでしたし、アグウス叔父上が常にライズとの仲介をしていましたので。何よりケスト叔父上の手腕の賜物でしょう。中央が出張る必要もなかった」

 「おや、嬉しいことを言ってくれる」

 「でも、そうですね。私個人としても、叔父上とは親睦を深めたいと思ってきたところです。いろいろと勉強になりそうだ」

 「そうだろ、そうだろう。私も君が気に入った」

 うん、うんと首を上下させて無邪気な笑顔を向ける叔父は、つい今まで見せていた領主の威厳など微塵も感じさせない。本当に不思議な人だとクーリフトは再認識させられた。其の時ふと、昨夜出逢った少女のことが脳裏に浮かんだ。もしかしたらこの人は知っているのかもしれない。それを教えてくれるかどうかはわからないが。

 「叔父上、生命の森へ、最近行かれましたか?」

ケストの肩が僅かに揺れたのをクーリフトは見逃さなかった。

 「君は、行ったのか?」

 「・・・どこへ、でしょう」

 「・・・いや」

表情が強張り思案したように瞳を伏せた。明らかに動揺を見せるケストにクーリフトは表情を引き締めた。

 「あなたも知っていらっしゃるのですね。彼女のことを・・・」

一瞬、瞳を見開いてクーリフトを見上げると、小さい溜息を零した。

 「やはり、行ったのだね。あそこに」

 どうして、とその瞳は攻めていた。

どうしてだって?そんなことはこっちが聞きたい。

 「あの子は一体?なぜあんな辺境の森でなど暮らしているのです」

 「・・・あれは、仕方ないのだ」

眉間に皴を寄せて渋面を浮き彫りにしたケストが遥か虚空を見上げた。クーリフトはそんな彼に視線を向けたまま、彼の言葉を待った。

 「あれは、あれは人の目に触れてはならない。君も見たのだろう。あれの姿を」

まるで女神のような。

 「金髪と金目ですか」

クーリフトに視線を戻し静かに首肯する。

 

 アランドルに限らず、この世界では金髪、金目の人間は存在しない。片方が現れることはごく稀にあるがそれでも混じりけのある色を持っているものである。純粋な金色というのは常識的に言えば人間ではありえないということになる。金は神に最も近しい存在としてその色を認められているとされている。

 「これはクーリフト、君の先祖に遡ることにもなる」

確かに、そうだとは思っていたが。

 「あの子はアグウス叔父上の長子ですか?」

 「どうだろうね」

先ほどの動揺を隠すように調子のよい返事が返ってきた。

 「気になるかい」

彼女が。

 「はい・・・」

 「ルジラシスの人間としては関わるなといっておいたほうがいいのかな。一族の秘密とまではいかないが、確かに隠して然るべき事柄ではあるからね。だから君の叔父として応えよう。あの子はルジラシスから生まれた」

 「生命の森に置くのはあってはならないから?」

 「いたずらに争いを起こさせないためにも仕方がなかった。リーシリスの再来と崇めるものだけではない。虚言と真実に苦悩する人々にしてみればあの子は疎ましい。特に貴族に対してはね。その存在だけで政治に全てに混乱をきたすだろう。あまりにも強烈すぎるんだ」

ケストは諦め半分に微笑を漏らした。

「あれは・・・不憫なものだね。ただその身に金を纏っているだけなのに、それが多くの人間と隔たりを造ってしまった。私はお前を気に入っているのだ。だから忠告する、悪いことは言わない。あの子に関わるな」

 真摯な二つの双眸がクーリフトを捉えた。ともすれば気圧されそうになる。

 「不思議なのです。ただ一度見ただけなのに・・・」

こんなにも・・・。


「殿下、まもなくアランドル市街でございます」

外から御者の声が告げた。揺れる視界に過去の思いに耽っていたらしい。

 思えばリリスとの邂逅がルジラシスとの不仲を決定付けたのだ。横暴なあの男から彼女を解き放つことを誓って。物憂げな瞳が窓に流れる景色から外される。

「そのまま市内に行ってくれ。一度官邸に戻る」

それだけを告げると、再び瞳を閉じた。


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