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Feild1

 今は果て、荒れた大地を芽吹かせよう

 君が笑えるように

 野に咲く花を摘みに行こう

 君が望んだように


 大地が笑う 子供たちの声が木魂するあの地に帰ろう


 共に駆けるその場所は 草木深く

 二人を包み込むだろう

 現世で見た 果てぬ夢を見続けよう

 二人肩を並べて

 君は知っているはず

 君を思う心はアルムの荒野をも貫くことを

 この思い届くようにと 彼の人に告ぐ

      

 


 リリス・ルジラシスはその日夢を見た。そこはどこかの城の廊下だった。彼女はゆっくり、しかし確かな足取りで暗い石廊下を歩いていた。暗闇の中から一つの扉がぼやけて浮かび上がってくる。その前まで来ると足を止めた。すると向こう側から扉が開かれるのだ。少し少年の顔立ちをしているような男が扉を開けた。ような、というのは彼女自身、その男の輪郭を正確には捉えられていないからだ。霧がかかっているのか、意識的に見えないのか分からないが、男というのはわかっても全てを判別することは不可能だった。

 彼女が中に入ると幾人もの男たちが部屋の中で立っているのに気づいた。彼らはリリスに頭を垂れるとその足で部屋を出て行った。一人取り残されたリリスは部屋の最奥に向かって歩き出していた。不思議と彼女はそこに何があるのか分かっていた。

 そうこの先にはあれがいる。

 リリスの心臓が彼女の体を歪ませるかのように高く激しく鳴っていた。

 むしろあれに呼応しているのかもしれない。リリスは思った。

 未だ視界いっぱいに広がる闇はリリスを手放してはいない。証拠に、リリスにはそこが部屋であることは分かるのだけれど見えるものは黒い闇一色でしかなかった。それでも慣れた足取りで彼女は部屋の奥へと進んでいった。するとリリスのちょうど目の前に二つの明かりがぼうっと現れた。それは彼女が求めているものを鮮明に照らし出していた。リリスがそっと覗き込む。

 あともう少し、後もう少しで。

 そこでリリスは眼を覚ました。今の夢はなんだったのかしら?嫌に鮮明な光景だった。足に触れる石廊下の感触も自分の目の前に現れた青年の顔もはっきりと思い出せた。

 リリスは上体をベッドから起こしながら額から鼻筋へと零れていった汗を右手で拭った。知らずに緊張していたのかしら?夢で?

 一人苦笑しながら途切れてしまった最後の情景を頭に思い浮かべた。しかしどうしたことだろう。

 私は確かにあれが何なのか知っていたわ。そう、眼を覚ます前までは。

 彼女は確かにそれが何なのか理解していたし、覗き込みもした。しかし今の今まで脳が了承認識していた存在はリリスが眼を覚ました瞬間にどこかの空間に置き忘れてきてしまったのか、全く思い出すことができない。それ以外のことはこんなにも鮮明にリリスの体に刻み込まれているにも関わらず。

 全く、不思議な体験だわ。こんなことは初めて。

 リリスにとって、単調に繰り返されるだけの日常から逃避する術はいくつもあった。それこそこれまで彼女の身を護るための処世術として彼女自身が身に付けてきたものだ。ほんの小さい頃から本を読みふけっていたし、その登場人物に思いをはせ夢に登場させたことだってあった。しかしこの夢はそのどれにも当てはまらない。

 とうとう飽き足らずオリジナルを作ってしまったのだろうか。しかもあんなリアルな。 リリスは聞こえるか聞こえないかのか細い吐息を漏らした。全く変わることのない生活はすでに十七年のときを刻もうとしていた。

 そして、ほらもうすぐ、変化のない日常がその扉を叩くわ。

トントン。

「どうぞ」

 リリスが答えると一人の年若い侍女が扉を開けた。その手には桶と拭布を持っている。桶からは湯気が立ち上っている。年のころは二十を少し過ぎたくらいだろう、髪は赤茶で肩まであるストレートなそれを一本の三つ編みでしばっている。少しきつく吊った目じりは愛嬌があり可愛らしい。レイは思いのほか女性らしい高いソプラノの声でリリスに言った。

 「おはようございます、リリス様。ご機嫌はいかがでしょう。暖かいお湯をお持ちしました。」

 「おはよう、ありがとう、レイ。今日も太陽神が嫉妬するくらい気分は良くってよ。さっそく顔を洗おうかしら。それをこちらに持ってきてくださる?」

 レイは一つ笑顔で返すとすぐにベッドに横たわるリリスのそばまで行き、桶を彼女の顔の位置まで捧げ持った。リリスは人差し指を2,3度湯につけて湯の温度を確かめると両手でそれを掬い顔に湯を滑らせた。体温と同等の湯は心地いいくらいに彼女の肌の細胞を覚醒させ、睡魔から彼女を揺り起こした。ひとしきりその感触を楽しむとリリスはレイに言った。

 「ねえ、レイ、昨日は何か新しいことがあって?」

 「リリス様まずはお顔を拭いてください。そのままではお風邪を召してしまいますわ。」

 「あら、大丈夫よ。たとえヒューリ様でも私の大いなる好奇心には負けをお認めなさるに決まっているわ。何しろ私にはこれが一つの生きがいになっているのですもの。ヒューリ様はいくつもの大陸を渡ってはその怠惰を紛らわしていらっしゃるのだから私のことくらい大目に見てくださっているわ。」

 どうやらこの少女は、昨日は創世記を読んでいたらしい。太陽神や海神の名を出しては語るリリスを見てレイは半ば呆れがちに半ば同情の思いでリリスに答えた。

 「ございましたよ。なんていっても明日はアランドル祝祭の日ですから。ここ一週間何もないことがないくらいですもの。」

 「レイ、もったいぶらずに話して。」

 「よろしいですわ。でも、お着替えをしながらにいたしましょう。そうしないとリリス様はいつまでもベッドの虫になってしまいますから。」

 「わかっているわ。」

 リリスは自分にかけられている羽毛の布団を跳ね除けると床に足を滑らせた。着衣の間にレイと共に歩き出しながら話の続きをねだった。

 「早く話して。昨日はルーブ伯爵様のご息女がまた懸想をなさったとかつまらないことではないでしょうね。」

 「そうですねぇ。確かにあの方がエンバイア侯爵様のご次男をお染になったのは事実ですが、よくご存知ですねリリス様。」

 一体どうして知っているのかと驚くレイにリリスは呆れたような溜息を漏らした。

 「レイ、私がどうやったらそんな情報を得られると思うの?日がな日中この空間に閉じ込められているというのに。私の持っている情報網はそれこそ大いなる世界神ルーフ様の持つアリオスト(神の御使い)ほどに広くはないのよ。なにせあなただけが私のアリオストなのだから。」

 そう言ってリリスは自分の部屋を指し示してレイに解いた。リリスの部屋は調度品に派手さはなく上品な設えのものばかりが置かれている。それ以外は大量の本が壁中にある本棚に所狭しと収納されており、普通の部屋より幾分大きなつくりになっている。それこそ部屋を一歩たりとも出なくともそこで生活できるほどには。レイはそれをみて瞳を曇らせた。

 「リリス様・・・」

 リリスはすいとその眼差しを流した。

 「ルーブ様のご息女のことはあなたの今までのつまりもしない情報から私が勝手に導き出したものに過ぎないわ。それよりも他にあるでしょう。」

 着衣の間に着くとリリスは寝着を脱ぎながら先を促した。レイは急いでドレスを選びながらリリスに駆け寄る。リリスが聞きたいことはつまらない恋愛沙汰などではなかった。

 「ええ。一つは祝祭にあたりましてクーリフト宰相から六大公家に御託がございました。ご存知の通り祝祭は三日間行われます。それに乗じて手の緩んだ町警護の目を盗むものがあろうから方々の面々は十分にご注意されたし。」

 これには多分の意味を含んでいることをリリスは読み取っていた。つまり大枠の意味はこうである。

 

 周辺国々の内偵がこの機に乗じてこちらに来ることもあちらにいくこともあるだろうから決して警護を怠るなということだ。そして内枠の意味は、六大公家に対する明らかな釘刺しである。六大公家、アルゼガルシス家を筆頭にルジラシス家、ロムネイル家、カムシ家、デュオルナード家、シャリム家がこれに中る。六大公家はアランドル創建時に最も有力とされた魔道師たちの直系とされている。リーシリスが革命を起こす際にもこの六家が力を貸したとされているがそれは定かではない。この国が王を有していた時代でさえ、王と同等の権限を持っていたというのだからアランドルにとって大きな存在であることに変わりはない。

 最近アランドル内部の者で周辺国と隠密に私的関係を結んでいるという噂が実しやかに囁かれているのをクーリフトは懸念しているのだろう。まさに火のないところに煙は立たない。リリスもこれが噂だけではないということを理解していた。思案にふけるときの癖で左手の人差し指を下唇に乗せてリリスは俯いていた。レイはその背後に回り濃い紫のドレスをリリスの足元に下げた。

 「リリス様、御御足を。」

 リリスは眼の端でドレスを認識すると思案顔をそのままに足を持ち上げドレスを纏う。

 「レイ、一つはってことはまだあるのね?他には何が?」

 手のところまでさしかかっていたドレスを身に纏いながらリリスは先を促した。

 「もう一つはクーリフト様のご婚礼でございます。お相手はリリス様の御妹で在らせられるカーリス嬢でいらっしゃいます。」

レイはリリスの背中のリボンを結びこれが仕上げとばかりにポンと背中を軽く叩いた。

 「・・・そう、ついにお父様も動きだしたのね。」

 リリスの父は公爵の位を持ちアランドル国内でも指折りの権力者である。その領地はライズを中心に大きく幅を利かせている。

 

 この国で最高権力者とされる首相の任に就いているのは若干二八というリリスの従兄のクーリフト・アルゼガルシスだった。彼は、リリスのこの状況を知っている数少ない人物でもあり、リリスに陽だまりのような優しさを与えてくれる唯一の身内でもあった。リリスは政治の合間を縫っては逢いに着てくれる従兄の顔を思い出した。

 その彼が己のことを知らないであろう妹と結婚する。クーリフトのことは心から尊敬しているし、風の噂では自分の妹に当たるカーリスは非常に明るく可愛らしい容姿をしていると聞くし信じられないほどに許せない縁談というわけではないらしい。

 しかしそこには父親の政治的策略が見え隠れしていてリリスには手放しで喜べるものではなかった。我が国アランドル国家は他国を見ても珍しい王権力のない国である。それには歴史に遡る必要がある。

 今からおよそ八百年もの昔、一人の女性が王家に反逆を起こした。当時民を虐げる王家並び貴族に対し、反対勢力は強まりついにその女性は多くの軍勢と共に王家に勝利した。それと共に王家は国外追放、この国には代わりとして首相が定められた。そして初代アランドル首相がその女性、リーシリス・アルゼガルシスその人である。首相は盟約として任期を終えると都市ごとの投票によって新しい首相が決定される。今その任に就いているのが七五代アランドル首相クーリフト・アルゼガルシス、初代首相の血族の末裔である。また、リリスの家、ルジラシスはその分家でアルゼガルシスに次ぐ権力を持つ。

 全く将来、自分の瞳が闇を見つめるまで、果ては子々孫々に至るまで安泰といえるルジラシスの当主がいったい何を考えているのかそれを紐解くことはレイには困難である。思案にふける主を見つめながらレイは付け足した。

 「リリス様?どうやらことは上手くはいってはいないようです。クーリフト様は、表立ては何もおっしゃりませんが、やんわりとご婚約に関しては否としていらせられるようですよ。」

 レイは己の主人の顔色を伺った。彼女は自分の主人もクーリフトに思いを寄せているのだと一人考えていた。忙しい政治の傍ら、一月に三度は必ず主人に会いに来てくれる首相に好感すら抱いている。ゆくゆくは主人のこの忌まわしい生活を開放して下さり、お二人手を取り合いすばらしい家庭を築いてくれることをレイは夢に描いていた。何よりお互い美丈夫でその姿は一枚の絵画になるような光景である。だからこそこの婚約話に大いなる期待を削がれ失望したし、またリリスがそれを聞いてどれほどに悲しむかと想像するに難くないと考えていたのである。しかし、それを聞いた当人のリリスは別段喜色ばむでもなく事実を事実として受け入れたようにこくりと頷くだけだった。

 「そう、今はそれのほうがいいわね。」

と付け加えて。

 長年連れ添っているレイには直感的にリリスが政治的観点からしか物事を捉えていないと分かった。リリスの悪いところである。生まれたときから、リリスの乳母であったレイの母と自分、そして本だけが彼女の主な話し相手だった。そんな状況だから致し方ないのかもしれないけれど、普通の令嬢とは一八〇度かけ離れているリリスはあまりに理知的で素晴らしく頭の回転が速い子供に育っていた。それは良いほうに向いたかと考えるとレイは頭を悩ますばかりである。昔から定期的に訪れる主人の従兄は幸か不幸か話し相手として申し分なく、リリスに大いに関心ある話をいくつも持参してきたのである。もちろん政治的内容のことも。いつからかリリスは従兄の漏らす言葉を自分なりに咀嚼し、意見するようになっていた。クーリフトもそれを鷹揚に聞き入れ、リリスの言っていることが単なる少女の浅知恵程度ではないことに気づくのに時間はかからなかった。それからというもの、クーリフトはリリスに合いに来るたび政に関する意見を求めたし、リリス自身も単調な生活を紛らわす一助として純粋にそれを楽しんだ。しかし、それがいけなかったのではないかとレイは思う。おかげで主人はその年の子が心に秘め思い悩む類のものには目もくれず、全く方向性の異なることに頭を悩ます少女になってしまったのだから。

 レイは諦めの境地とともに小さく溜息をついた。伏せていた顔を窓辺に向けるとあるものが窓越しにレイの視界を通りぬけた。それは今では見知った馬車である。レイは自分の主人に告げた。

 「リリス様。どうやら、噂をすればなんとやらです。」

 指で窓を指し示しながらレイは微笑んで言った


やっと出てきた主人公リリス・・・


※アルム・アランドルの古称

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