Feild0
乾いた風が、荒れた大地に吹き荒ぶ。
先ほどまで己に刃を向けていた者たちの肉塊が岩に覆いかぶさるように、だらりと動かない肢体を横たえていた。彼らの赤い血と脂を吸った土壌は、奇妙な光沢を放ちその表面を照り返している。エルバレスは薄暗い夜空を仰ぎ見た。
東から微かに日差しが漏れている。
(夜は終わった)
実際、戦は一瞬でその勝敗が決まった。東の帝国シュバルツと自国アランドルの国境沿いに位置するラス、セラム、チェリアの村の民をこちらのライズ自治区で受け入れることが決まったのはほんの数週間前だった。
ライズはアランドル国家都市から東南に位置し、シュバルツとの国境に最も近い商業都市である。シュバルツの移民の受け入れをライズにというのは、当面移民たちの生活と働き口の保障を考えてのことだった。
信じられないことだが、彼らの将軍は己の軍の半数以上を国境隊に割いた。この機に乗じてシュバルツ側が違う進路をとってこちらに攻めてくるのは誰にとっても火を見るより明らかだ。せめて3割と臣下たちが上奏するのも頑として聞き入れず、彼女は己の意見を押し通した。それによって軍の6割が国境隊として敵を待ち受けている中、あちらはさほど軍を投与しているわけではなくその決着はあっさりとついた。しかし逆を言えば彼女の居る本陣が今危ういということであることも彼は理解していた。
だが自分にはわかる。彼女が勝ち目のない軍を仕掛けるはずがない、勝算があるからこそそんな無茶を押し通した。彼女の考えること、感じることは全て彼に通じている。それでも、いかに彼女の機略に長けた作戦でもやはり不安は残る。地の理はこちらにあるとしても。
彼の人は今
ふとエルバレスは視線の端に動くものを捕らえた。干満と流れる川に、パシャパシャと自然の循環をせき止める音が水面に響いた。それは十四歳ほどの少女だった。麻布のポンチョをところどころ赤い血に染めながらも水面を蹴ってこちらの岸に行こうと必死に駆けている。逃げ遅れた農民だろう。エルバレスは保護を、と近くの部下に声をかけようとした。瞬間、空気の流れが変わるのを感じて瞳を少女の後ろにひたと見据えた。
(残党!)
仕留め損ねた敵が今にも少女に狙いを定め、弓を番えている。内心舌打ちをしながらエルバレスは駆け出した。少女と己の距離を測る。
間に合わない。防御呪文を。
しかし短時間とは言え先ほどまで敵将と刃を交えていた体は思ったほど言うことを聞いてはくれなかった。
まさかシュバルツの猛者ガーラムがこちらに残るとはかなりの勝負に相手も出ていたということだ。彼の強靭な肉体に深々と剣の後がいく筋か残っていた。そこから流れる血は止まっているものの、強力な魔法を同時にいくつも放つ力は残ってはいなかった。
即座に自分のかかっている回避の陣を解き少女に放った。薄い膜が球体となって少女を被う。少女に向けて放たれた一投が陣に弾かれその威力を失くしてポチャリと川に落ちた。その音に気がついて少女が自分の背後を振り返り立ち止まった。己の後ろから迫り来る敵に少女の瞳が恐怖に見開かれた。
「止まるな!!走れ!」
エルバレスの声に弾かれて、少女は再び走り出した。漆黒のマントを翻しながらエルバレスは駆けた。
男と少女の差が縮まる。必死に振り向くまいとエルバレスのところまで水を蹴って駆けてくる少女。
だから気がつかなかった。いや気づくのが遅れた。己に放たれた一陣の光に。彼の中の焦りが判断を鈍らせていたのか。
少女を追いかける男のさらに背後に漆黒の装束に身を包む男が居た。川を隔てた先にいる男の顔など判別できはしないのに、エルバレスには男が口角を上げて笑っているのが分かっていた。体をそらしてそれをやり過ごすこともできず、その身に刃を受ける。
ぐっさりと、胸の上を冷たい刃が己を突き通していた。はるか岸と川を隔てたむこう、男の声が聞こえたような気がした。
〜言っただろう。許されぬお前らに、あるのは滅びの道のみ〜
己の懐に飛び込む少女。エルバレスは少女を懐に包み込むように覆いかぶさった。四つん這いになり彼女を懐に押し込める。全てが一瞬のこと。そう、全てが一瞬のことだった。後ろから駆け出していく足音が聞こえる。おそらく部下だろう。
「エルバレス隊長!!」
エルバレスは無言で己の腹心に答えた。
即座に足音が自分を通り過ぎて行った。小さなうめき声が聞こえた気がした。
ああ、しかし。少女の嗚咽が己の心臓に響いて他の音がかすんで聞こえる。他の音がそれにかき消されて。視界が歪む。できることなら、教えて欲しい。
彼の人は、今・・・
エルバレスはその瞬間、光りを手放した。
ご覧頂きありがとうございますm(_ _)m
最初は序章です。主人公出てきてないんですよ、実は;;
またこの序章もうちょい続きます。←全然だめだめ