Diverse Fantasy
どこで道を間違えてしまったんだろう。
いったい、何が悪かったと言うんだろう。
手離した夢の中でただ、ごめんねとだけ呟いて、まぼろしの世界は消え去った。
◇
「ごめんね」
手を合わせ、頭を下げて、何度も何度も。見ているうちにこっちも辛くなってきて、自然と涙がこぼれてきた。
分かっている。分かっているつもりだった。わたしは、なにも分かっていなかった。夢見たことは、所詮夢でしかなかった。ひとたび視線を逸らせば、それが単なる虚像であることなど、すぐに見抜けたはずだったのに。
彼はまだ謝罪を繰り返していた。泣いてはいなかった。わたしと違って、涙なんてとうに枯れてしまっているから。
ずっとふたりで考えてきた、自分たちの店を出すという未来。ろくに社会経験もないわたしたちが、いきなり大海原に飛び込んで、計画通りにことを進められるはずなどなかったのに。現実逃避でしかない甘い幻想。わたしたちはあまりにも愚かだった。
「あきらめよう」
わたしは彼の肩に手をやり、静かに囁いた。また、頬に一筋。
「諦めよう」
掠れる言葉と、震える指先で、もう一度。今度はより、はっきりとした声色で。
「…………」
彼はわずかに逡巡した様子を見せたが、やがて首を縦に振った。
そう、確かに、そのとき約束は結ばれたのだ。
◇
次に見たのは、どこまでも続く青と。
手離さないように心に決めたそれは、何もできないまま遠のいていった。
◇
突き抜けるような青さが、憎いほどまぶしかった。希望に満ちているように見える世界なんて、醜い幻だというのに。どうして気づかない人ばかりなのだろう。
どうしても虚しくて、苦しくて。目の前に広がるのが永遠の暗闇だと理解しているから、それならばいっそ、自分たちの手で終わらせる権利くらい認めてくれてもいいのではないかって。
あまりに身勝手かもしれないけど、きっとそれが、それだけが、わたしたちに残された最後の最善策。
飛び跳ねる音。光に照った波。見おろす今は暗い紺色。でもきっと、飲み込まれてしまえば、綺麗に澄んだように見えるのでしょう?
吹き上げてくる風も、空を翔る鳥も、今だけは味方に思えるから。
共に踏み出した足に、後悔は、ない。
遠くへ。できるだけ、遠くへ。
◇
遠く離れていく姿を、猛烈な後悔とともに深く刻み込む。
最後まで夢はまぼろしだった。
透明な青なんて、嘘っぱちだ。
ねぇ、本当はどうすればよかったのかな。
いまとなっては、もう分からないままなんだ。
◇
だんだんと沈みゆく世界に、束の間の白がやってくる。たぶんこれが、最期の逢瀬。だから、今、この瞬間だけは、すべてを忘れてしまいたかった。
「ごめんね」
そうやって、また。それしか口に出せないかのように。
でも、謝ってばかりだったあなたのことは、本当に愛していたの。その愛は、けっして幻なんかじゃなかったの。
「わたしたちは、失敗してばかりだ」
譲ってくれるはずだった土地はなくなっても、店のための借金はなくならなかった。
どこまで逃げても、彼らはずっと追いかけてきた。
今だって、きっと探している。もしかしたら近くにいるのかもしれない。
――もう、限界だ。
「ごめん、もう会えないかもしれない」
「分かってるよ」
「……ごめんね」
「うん」
――あなたの見ている世界は、いまもまだ滲んでいますか?
二人が見る景色は、似て非なるものだったんだろう。いったいどちらが、まぼろしに見せられていたんだろうか。
同じ方向を向けていなかったから。
だから多分、道は別れてしまった。
拡散する光が、瞳の中で弾け飛んだ。
離れていく手を掴むことは、もうできない。
「まっ……を……いかないで」
途切れ途切れの声。どっちに進んだ方が幸せになれるのかは、まだ分からないけど。
もう、ここで、お別れだ。
「ごめ……」
急速に遠のく意識。最後くらい笑顔を見せようと緩めた頬は、果たしてその目に焼き付いただろうか。
「さよなら」
五感の覚醒。
そして、正面に暗闇。
まぼろしは、もう、ない。