夜空に吸い込まれたお伽噺
「あれは剣座、あっちが盾座で向こうのが――」
ノーレが夜空を指差し星をなぞる。
剣、盾、弓、羽――指が動くに連れて次々と星座が形をなしていく。
「おぉっ、確かにそんな形に見えるな!」
見張りの最中に星を眺めていたら、いつの間にかノーレに星座を教えて貰う事になった。
やはり、地球とは見える星が違う。
いや、悠理は星に詳しい訳ではないから断言できないのだが。
唯一解る北斗七星を探す。だがどこにも見当たらず、唸っていたらノーレが笑って。
「星、お好き、なんですか?」
「どうだろ? 俺の居た世界じゃこんな綺麗には見えないから新鮮なのは確かだけど」
この世界の文明レベルは中世ヨーロッパ位。
まだ街についてもいないのにそんな事が解るのはレーレの精神に侵入した際に得た情報を元に推測できたからだ。
まるで父親の実家がある田舎の様に星が良く見える。
自宅からでは街の明かりが邪魔して決して見れなかった光景。
その美しさに暫し見入っていると。
「――元の世界、恋しいですか?」
少しだけ、悲しそうにしながら尋ねられる。
自分達の都合で異世界から呼び寄せたのだ。
申し訳ない、と思う。
そう思うからこそ、ちゃんと悠理の口から聞き出さねばならない。
不満があるなら受け止めよう。彼を巻き込んだ姉と自分にはその義務がある。
――と彼女は彼女なりの決意をして尋ねたのだが。
「いや、全然?」
「そ、そうですよね――――え、えっ?」
想像していた言葉とは真逆の答えに暫し唖然。
――異世界式の冗談かな……。
などと馬鹿げた推論を立てるが……。
「え、別に未練も何もないよ?」
どうやら本気で言っていたらしい。
「で、でも御家族とか……」
「あー、大丈夫! 弟が親父達を養ってくれるさ!」
親指立てて笑顔で誤魔化す。
完全に失念していたとは口が裂けても言えない。
こちらに飛ばされてから色々有り過ぎて、自分が居なくなった世界の事は忘れかけていた。
――悠陽、後の事は頼んだぜ!
心の中で弟に無茶苦茶な声援を送ったが届いただろうか?
「まぁ、そんな訳だからあんまり気にしないでくれ」
「は、はい」
それから暫くは無言が続いた。気にするなと言っても、ノーレは色々と考え込んでしまう性格なのだろう、と悠理は察した。
辺りを警戒しつつ、星を眺める。
さっき教えて貰った星座を忘れない様に自分でもなぞって行く。
「ユーリさんは将来の夢ってありますか?」
話かけてきたのは彼女から。
視線は悠理と同じように夜空の星々へ。
「ああ、あるぜ!」
胸を張って応える。男とは夢を持って生きるものなのだから。
無論、廣瀬悠理にも掲げる夢が、理想がある。
「それって――」
何なのだろう、目の前で堂々と高らかに夢があると告げた青年の眼差しはキラキラと輝いていた。
まるで今宵の星空と同じくらいの輝きだ。
ドキドキと、彼の言葉を待つ。
悠理は一層キラキラとした目で……。
「ヒモさ!」
一瞬で雰囲気をぶち壊しにしたのだった。
「ひ、ヒモ?」
ノーレには聴き慣れない言葉だった。
悠理は――ヒモについて熱く語り始める。
いや、熱く語る内容じゃないが。
「ヒモってのはな、自分では働きもしないで血の繋がりがない女性に養なわれる男の事だ!」
「そ、そんなのダメじゃないですか!」
「まぁ、俺ってダメ人間だし?」
予想外にも程がある答えだ。そんな事を胸を張って語るのは何と言うか……。
自分の中にある理想の勇者様像が音を立てて消えて行く気がした。
「良いんだよ、夢なんてそれくらい馬鹿げてて平凡で」
「え?」
落胆するノーレの気持ちに感付いたのか悠理が笑う。
「夢だからって大袈裟に考えなくていいのさ。どこにでもある珍しくも無いありふれた――でも、喉から手が出るほど欲しい何か……。夢ってのは案外そんなものさ」
再び星をなぞりつつ彼は続ける。
「だから、いつか叶ったら教えてよ。ノーレさんの夢」
――私の、夢……。
聴いておいて自分には夢らしい夢がないと気付く。
奴隷解放は目標であって夢ではない。
「――はい。その時にはきっと」
――見つけよう。そして、いつか彼の様に自分の夢が例えどんな内容であっても誇らしく語れる自分になろう。
夜空に浮かぶ星を何度もなぞって誓う。
いつか、いつかきっと、と。
自分と彼と星々に誓約する。
「……」
「……」
また暫く無言が訪れた。かといってそれは退屈ではない。
どちらかと言えばこの静寂は心地よささえ感じる。
二人して夜空に指を走らせていて、ふとノーレは思い出す。
「あの、ずっと気になってたんですけど……」
「俺のスリーサイズなら秘密だぜ?」
冗談めかして答える悠理。勿論、自分のスリーサイズなど把握してるハズも無い。
「スリー、サイズ?」
「――――スマン、忘れてくれ。――で、何だ?」
どうやらこの言葉もノレッセアでは通じない類のものらしい。
「あの、どうして私にはさん付けなんですか?」
出会ってからずっと、悠理はノーレにだけ“さん”を付ける。
ずっと疑問に思ってはいたが、最初に聞きそびれてここまで引きずってしまったのだ。
「ああ、如何にも男が苦手そうな雰囲気を出してたから呼び捨てはマズイかなと思って」
どうやら彼なりの気遣いだったらしい。
初対面の相手――打ち解けたいと思う相手ならば、尚更そうした配慮を心がけるべきである。
――と言うのが彼の自論だ。
「ユーリさんだったら、呼び捨てで良い、です……」
何故か頬が熱くなった気がしたが、照れ臭さから来るものだろう。
「そうか? じゃあ、改めてよろしくなノーレ!」
右手を差し出して握手を求める。
自分よりも大きく無骨な手。
「は、はい! よろしくです……」
そっと握り返す。想像以上に力強く、どこか温かい。
また少し、頬に熱さがます。
――異性と触れ合うのはこんなにも照れ臭いものなんだ……。
頬の熱さが、照れ臭さだけではないと知るのは――。
「――――ふふっ」
――きっと、もっと先の話だ。
眠いテンションの中書いたからいつも以上にグダグダな気が……。
それだったら別の時に書けよ!、と思うかも知れませんが、一応毎日更新が目標なのでどんな内容でも書くことにしたのですよ。
――と言うか、悠理とノーレの話だけで終わっちゃったよ!
仕方ないので、カーニャとレーレのガールズトーク(?)は次回に持越しです。