街の傷
――あー、ダメだッ!
全然集中出来んかった……。
書くには書けたが脳が全然働かなかったぜよ……。
――悲鳴が途切れる事無く響いている。それはあまりに悪趣味極まりない合唱。
その中を悠理は無言で駆け抜けていく。腕の中にいるカーニャは振り落とされまいと、ぎゅっと強く抱きついている。だからこそ彼は心配する事無く、全力で走り続けられた。
次第に悲鳴が近くなり、一気に街の中心部へと抜ける。
「ファルさんッ!」
目に飛び込んで来た光景に唖然とする。住民が狂ったように暴れ、部隊の面々はそれを止めようと彼等を拘束している真っ最中。けれども住民達は止まらない。絶叫と悲鳴を撒き散らし、尚も暴れ続けようとする。
「ミスターッ! 彼等を止めてくれ!」
「――――――了解ッ!!」
視線が交差し、彼女を意図を読み取る。こうも錯乱状態にあるならば、自由を奪うことなど全く持って容易い。
一瞬の内に湧き出た虹の光が住民達を包み込む。瞬く間に身体の自由が奪われ、彼等はようやく大人しくなった。
「う、か、身体が……」
「いやぁぁぁぁぁ、お願いだから死なせて! 死なせてよぉぉぉぉぉぉっ!!」
「――わ、ワシらは何て事を……」
――が、唯一動かせる口から絶望の声が止まることはない。
喚き散らし、嗚咽し、怨嗟の叫びを上げ続ける。まるでもう、そうする事しか赦されていないかのように。
「い、一体……何なのコレ? どうして皆――――」
目の前へ曝け出された光景にショックを隠しきれないカーニャ。心なしか顔が青ざめている。
「――――多分、俺の性なんだろうな……」
ポツリ、と、独白とも自白ともつかない呟き。
「アンタ、の?」
住民達の姿を見て動揺した彼女には、その言葉を理解しようとする余裕さえなかった。
そんなカーニャの横にいつの間にか追いついていたレーレが並ぶ。
『――――コイツ等はバドレって奴に操られてたんだろ? ユーリの力で解放されたが、ついでに忘れる様に仕向けられた記憶も戻っちまったんだろうさ……』
確かに悠理の力は彼等を解放してみせた。だがそれはレ彼女も言った通り、操られていた際の記憶をもハッキリと自覚させてしまう結果となってしまったのだ。
「その通りだ……。あの男、余程おぞましい事をしていたに違いない……クソッ!」
固く握ったファルールの拳が民家の壁へと叩きつけられ、鈍い音を立てる。けれどそれは住人達の悲鳴が掻き消してしまう。後に残ったのは壁に残った拳の痕と、薄く付いた女騎士の血だけだ。
「――――クソッたれが」
『おい、ユーリ?』
顔にありったけの怒りを浮かべ、悠理が歩き出す。視線の先には――――怯え震える少女。
「ひっ、や、やめて……酷い事しないで……!」
――恐らくはそれも操られていた時のものだろう。少女は自身の受けた凄惨な事実を思い出し恐怖しているのだ。
「――――ゴメンな、俺がもっと上手くやれてりゃあ……」
膝を付いて震える少女を優しく抱きとめる。他にもっとやりようがあった――――何て考え始めたらキリが無いが、だとしてもコレは自身が招いた一つの不手際。
その代償がこの光景だと思うと何とも言えない嫌な気分だった。
「え――あ……」
抱きしめられ、震えていた少女から突如力が抜け、悠理の腕に重みが加わる。
それは悠理が少女の精神に“侵入”し、“書き込み”で強制的に意識をリラックス状態にした為だった。
(――――ッ!? あのクソ野郎ッ!)
彼女の記憶からバドレがした悪事の大よそを垣間見た。――反吐が出そうな気分とはまさにこの事。
一人の人間として怒りを禁じえずには居られなかった。
「ユ、ユーリ? その子は?」
「だ、大丈夫。少し、気を失ってるだけだ……」
心配して近づいてきたカーニャに少女の身を渡す。その際に彼女がやたら驚いた表情を浮かべていたが、悠理には気にする余裕も無い。
「ミスターッ、顔色が悪いぞ!?」
「――心配ねぇ、ちょっと疲れただけだ……」
普段どんな状況でも余裕さえ覗かせていた彼にしては疲弊しきっている。そこに気付かない面々ではなく、その状況に驚愕を通り越して不安すら抱いてしまう。
『――ユーリ、お前そいつの精神に潜ったな?』
「…………さぁな」
予想通り、彼の行動を見抜いた相手はレーレのみ。だが、何をしたかバラす気はない。
なれば適当に誤魔化すに限るが、未だに彼女の視線は訝しむが如く悠理に向けられたまま。
視線から逃げるように一歩前へ進み、街の住民へ呼びかける。
――果たして彼等はこの声へ耳を傾けてくれるのだろうか? 生まれた不安を振り払おうとはせず、それも最悪のケースとして受け止め行動を開始する。自分自身の選択から生まれた混乱を沈める為に……。
「スー、ハー……。良く聴けぇッ、クヴォリアの皆ッ!」
深呼吸をして、この場に居る全員へ届けとばかりに声を張り上げる。彼等は一瞬恐怖でびくっと身体を震わせるも、恐る恐ると言った感じで視線を向けた。
「お前等が何をやられて何をさせられたかは大体解った。正直言って、発狂したくなのも頷ける――――でもな、それで死にたいなんてのは甘えだろ?」
『――オイ、容赦ねぇな』
レーレの突っ込みも頷けるものだった。本当にこの場を収める気があるのかと疑ってしまう程だ。
よりにもよって彼等が受けたであろう精神的な傷を甘えと称するとは……。普通ならばありえない説得だろう。
「――――ッ! お、お前に何が解る!! 強要されたとは言え、俺は、じ、実の娘を……ぐ、ぐぅぅぅ……」
「私は……婚約者が居たのに……。彼に身を捧げる前に――――あ、あいつに、バドレとあの老人に……」
「長年連れ添った妻を……ワ、ワシは……。――――た、頼む、死なせてくれ――――殺してくれぇッ!」
――悠理の言葉は住民達には効果的だった――主に悪い方向でだったが。それに触発された様に彼等は自らが犯した罪を吐露し始める。
一人の男は我が子を犯す様に命じられ、言われるがままに行為に及んでしまったと嘆く。
歳若き女性は自意識を奪われ、凌辱の限りを尽くされたと嗚咽を漏らす。
老人の妻は、バドレが『気に食わなかった』と唯それだけの理由で、愛する夫の手によってくびり殺された。
その他にも住民達からは耳を覆いたくなるようなおぞましい出来事が次々と明かされ、皆一様に『死にたい』と自らが受け、行った行為に絶望していた。
「そ、そんな、酷い……酷いよこんなの……」
カーニャは彼等が受けた理不尽の数々に涙する。腕に抱いた少女もきっと酷い仕打ちを受けたに違いあるまい。そう思うと自らの胸も締め付けられる様だった。
「……ッ!? バドレの奴め! 今からでもあの首を叩き落してや――――」
「――それはダメだファルール」
怒りに任せ、この場から飛び出していきそうな女騎士を悠理が止める。
ファルールとは対照的に悠理の熱は下がりきっている。どうやら怒りが一周して酷く冷静な状態になっているらしい。
「何故だミスター? こんな事を聴かされて平然としていられる訳がないだろう!」
「お前は騎士だろう? 俺の騎士たる者の剣があんな奴の血で汚れるなんて我慢出来ん」
まさに斬る価値もない男だバドレは。ファルールが討ち果たした所で、彼女の剣が穢れるだけ。何の名誉の足しにもならない者を切り捨てた所で意味は無い。騎士の剣は誰彼構わず切り捨てる為のものではないのだから。そこに騎士の誇りが宿っていなければならないのだ。
「し、しかし――!」
主の言わんとしている事に気付き、足を止める。しかし、理解も納得もした所でこの怒りを何処に向けるべきなのかだけは解らず、食って掛かろうとする――――が、それは間に入ってきたレーレによって制される事になった。
『――――で、どうするよユーリ? お前が望むならコイツ等全員安楽死させても良いんだぜ?』
口から出たのは何とも物騒な提案。しかし、そこにはレーレなりの慈悲とも言えるものが込められていた。本来なら死神は相手を苦しませてから魂を刈る事に喜びを感じるもの。
安楽死なんて言葉が彼等の口から発せられるなんて奇跡に等しい。
「必要ねぇよ、俺が無理矢理にでも生かしてみせっからな――――ああ、あといい加減泣き止めカーニャ。お前は怒ってる方が魅力的だぜ?」
いつもの調子が彼に戻ってきたとレーレはうっすらと笑う。おどけた調子でカーニャに笑顔を向ければ、彼女は涙でぐしゃぐしゃになった顔を彼と向け、声を震わせながら言葉を紡ぐ。
「……グスッ……ユ、ユーリィ……」
「ん?」
「皆を――――助けてあげて……!」
「――へっ、あったりめぇよぉっ!」
満面の笑みで応え、再び住人達へと向き合う悠理。やるべき事は既に見えた。
――彼等を生かすこと。
「――と言う訳でだ……。これからお前達には――――」
自分に出来ることなど限られている。だからこそ、悠理は言葉を紡ぎ、自身の屁理屈で道を切り開かんとするのだ。
さぁ、始めよう。
「――――殺し合いをしてもらおうと思う」
――――生かす為の説教を!
ここは要手直しページだな……。
とりあえず、もう今日はこれで寝て明日挽回しよう。