欲望の底
だ、ダメだ……。
いつも以上に頭が働かない……。
普段よりも更にアレな文章になっておりますが、こういう日もあるって事で、ありのままを載せる事にします。
――悠理達がクヴォリアへ着いてから約一時間後。
街の住民に代表者の屋敷へ案内してもらい、執事に主へと取り次いでもらった悠理。
女性陣には街で日用品の買出しを頼んで、彼は今――――街の代表者であるバドレの執務室で一対一での対談中。
内容は勿論、スルハ襲撃とグレッセ王都での不穏な動きについて。最も、先に執事へ渡したグレフの書状にも同じ事が書いてある為、繰り返しとなってしまうが。
「――と言うわけで、数日後にはスルハから500人ほど来るけど、訳はさっき話した通りだ」
「成程、王都ではその様な事が……解りました。クヴォリアの代表として協力出来る事なら何でも仰って下さい」
数十分前に執事と交わした不穏な会話の時とは裏腹に、バドレは如何にも人当たりの良さそうな笑みを浮かべていた。現代で言うのならそれはサービススマイル。所謂、社交辞令と何ら変わりはない。
「飲み込みが早くて助かるよ。早速で悪いが、郊外での野営の許可をもらえるか?」
悠理はその笑顔に対してそっけなく、事務的に返す。社会人として7年間揉まれた経験は伊達ではない。
何処に行っても人は人、例え異世界でも変わる事はない。それを悲しむべきか、喜ぶべきであるかは悩ましい限りだが……。
彼にとって唯一つ言える事は、だ。
――――こう言う友好的な胡散臭い笑顔は問答無用で疑えってね……。
この時点ではまだバドレが何者であるか悠理は気付けていなかった。だがしかし、直感と経験によって導かれた結果から判断するに、何かが、ある。それだけは確信できた。
「――構いませんが……。代表者の貴方達だけでもこちらに泊まられては?」
こちらもこちらで悠理の警戒心を読み取ったバドレ。何とか目の届くところに置き、扱いやすくしようと試みる――――が。
「いやいや、そこまで迷惑はかけられないさ。気持ちだけありがたく受け取っておくよ」
完全に疑って掛かる悠理にはそれが好意による発言でないのは考えるまでもない。
であれば、言葉巧みにかわすに限る。
「そうですか……、では何かあれば気軽に尋ねて来て下さい。明日の昼ごろまではこちらに居るのでしょう?」
「ああ、その予定だ。……それじゃあ、女性陣を待たせると悪いので失礼させてもらう」
「はい、では――――」
こうして、どちらも相手に決定打を与えるような会話が実らず、この場はお開きとなる。
果たして腹の探りあいではどちらが優勢にたったのか……。
「――――フンッ、中々に食えない男ですね……」
悠理が退出してから5分後、バドレは苛立たしさを露にし忌々しげに舌打ちした。
視線の先にはあの男に出したお茶と茶菓子。どちらもこの街の特産品として有名なもの。
そのどれにも手をつけた様子がない。客人に振舞ったハズの品が何の役にも立たなかった……。
期待した効果を生まなかった物にバドレは興味などない。テーブルごとひっくり返してそれらを床にぶちまける。
ティーカップが、茶菓子を乗せた皿がカチャンッ、と音を立てて粉々に飛び散る。
色とりどりの茶菓子が潰れ、零れたお茶が床を汚していく……。
――その様をいつの間にか眺めていた人物が一人。
「フェッフェッフェッ……、バドレ様の祝福に気付きよるとは……」
「ジャダ……。覗き見とは趣味が悪いですよ?」
視線の先には執務室の隠し扉から現れた初老の男。背骨は大きく曲がっていて杖をついている。
声は顔同様にしわがれており、これまでどの様な無法の道を歩いてきたのか想像に難くない。
「これはこれは申し訳ありませぬなぁ……しかし――」
趣味が悪いと言われてジャダはニヤリと嗤う。根っからの悪人、外道の者に相応しい邪悪さが一際目立つ笑い方をして、バドレに自身が感じ取った朗報を伝える。
「――――あの男、案外こちら側でございますぞ?」
「何と……!? ――引き抜けそうか?」
伝えられた情報を正確に理解して驚愕する。ジャダの言葉を疑う気などない、バドレが彼と組んでこの街の頂点に立ってから早3年……。今まで何度も助けられた相手だ。深い絆がある訳では無いが、信用はしているし、それでしくじった事がないのも事実。
敵として認識した悠理を味方に引き抜くと言う考えも、ジャダの実績があればこそ。
「フェッフェッ、欲望の底が見えぬ男でございましたからなぁ。まともでないのは間違いありますまいよ」
「フッ、貴方が言うのなら疑う余地もないでしょう」
ジャダの見る目が確かなのは嫌と言うほど知っている。
何故ってそれが彼の祝福なのだから。
「如何致しましょうや?」
「――お任せしますよ。私はその間に他の連中を何とかしておきましょう」
「フェッフェッフェッ、では今夜に、ですな?」
「ええ、お願いしますよ? ――クククッ」
二人の不気味な笑い声が、街を取り仕切るハズの執務室に響き渡る。
本来、街の発展と住人の暮らしをより良く変えていくハズの場所には。
不快と腐敗の不協和音が木霊していた……。
―――――――
――――
――
「…………いつまでつけてくるんだいマーリィさん?」
屋敷から十分に離れた悠理は路地裏に入って、尾行してくる影に声を掛けた。
「――――お気付きでしたか、流石ですね」
「――いやぁ、アレだけ気付いて欲しそうな視線を送られたらねぇ……」
「フフフッ、ありがとうございます」
実を言うと、マーリィは個人的に屋敷に侵入し会話を盗聴していた。まさか、偶々天井を見た時に目がバッチリ合うとは悠理も思わなかったが。
――今頃、リスディアの手綱を握る彼女が居ない事で買い物班は苦労しているかも知れない。
「つー訳で、だ。アイツは敵って認識で良いのかな?」
「でしょうね。私達には知らされていなかった工作員でしょう」
スルハ攻略隊や白風騎士団のグレッセ侵入を支援したコルヴェイ軍の工作部隊。
どれ位の規模が投入されたか詳しくは解らないと言う。
少なくとも、マーリィの知る情報ではクヴォリアに工作員が居るとは訊いていないとのこと。
「仕掛けて来るなら今夜かな?」
情報に何か妙な引っ掛かり――或いは食い違いを覚えたがそれは一時保留。
今は目の間に突然現れた敵の対処法を考えるのが先決である。
「確かに、真っ昼間から堂々と戦いを挑む相手には見えませんね」
マーリィは悠理が執務室を出た後を追いかけたので、バドレとジャダの会話は聞いていない。
だが、バドレを見れば一目瞭然だった。明かに何かを隠し立てをしている者はそれ相応の行動をするもの。
それが後ろめたいものなら尚更、闇に紛れて証拠を残さぬ様にするだろう。
「じゃあ、皆にはそれなりに警戒させておくか」
「手配しておきます」
二人はやれやれと、溜息を吐く。王都奪還作戦の道のりは険しいものと覚悟は出来ていた。
しかし、こうも序盤から問題が浮き上がってくると、どうしても気が滅入るものである。
「ああ、それとさ――――」
悠理がマーリィに近づいて耳元で何事かを囁く。
今夜起きるであろう戦いに備えて彼からのアドバイス。
――だったのだが、耳にあたる異性の生暖かい息のこそばゆさにマーリィは少しだけ緊張してしまう。
耳元から離れた悠理が、頬を赤くしたマーリィに首を傾げたのはもはや言うまでもない……。
――GW辺りには全体的に加筆修正しよう!