別れと、胸に秘めた思いに気付く者、気付かぬ者
――あれ?
思ったより長くなりそうだったので分割します。
うぅ、旅に出るのは次の後になっちゃうかな……。
「皆様、準備はよろしいですか?」
朝食を取り終わってから一時間後……。全ての身支度が終了し、悠理、カーニャ、ノーレ、レーレはグレフ邸の玄関先に集合していた。
ファルールやリスディア達は部隊を纏める為に、先に郊外で待機してもらっている。
「応、リリネットさんのお陰で助かったよ」
「いえいえ、私に出来るのはこれ位ですから……御武運を」
別れを惜しんで右手を差し出せば、リリネットも笑って応え、握手が交わされる。
短い間ではあったが、彼女の料理は絶品だった。いつかまた食べたい――いや、必ずまた食べに来ようと密かに目標を掲げる。
「ありがとう、俺がこう言うのもアレだけど……グレフを頼むよ」
結局、昨日工房で別れてからグレフは屋敷に帰って来なかった。きっと悠理の依頼を果たす為に一心不乱に鉄を叩いてるのだろう。彼には本当に世話になった、その礼もいつか返さねばと思う。
「ふふっ、勿論です」
名残惜しそうに手を離し、悠理が背を向けて歩き出す。すると今まで黙っていたレーレ達も、リリネットに口々にお礼を述べその後に続いた。
『今日は発情してないみたいだな』
横に並んで安心した様にも感心した風にもとれる呟きをしたのはレーレだ。
昨日の機嫌の悪さは、起きたら何処かに飛んでいったらしい。
「ああ、流石に懲りたからな。ちょっと対処方法を考えて実行してみた」
言いながら悠理は“虹色の視界”を解除した。
先程のリリネットとの会話中ずっと発動させていたのだ。
ご存知の通り、これは相手の祝福そのものを捉える為のもの。
リリネットの祝福は“淫魔”、魅力の力はその一端――オマケでしかあらず、それそのものが祝福な訳ではないのだ。
実にややこしい話ではあるが、“淫魔”と言う祝福そのものだけを視界に捉える事によって、彼女に付随した“魅惑の力”を無効化した。
効果は抜群で彼女に対して過剰な劣情を催す事はなく、レーレの能力でもそれは証明された様だ。
「良し、じゃあさっさと行くか!」
『応よ!』
実験が一応の成功をみてご機嫌な悠理――――その背中に突然レーレが飛び乗った。
「おっと、っと! ――急にどうした!?」
強化された肉体のお陰で何とか堪えられたが、いきなりに背中を襲った衝撃に驚くのは至極当然。
『べ、別に良いだろ! こっちのが楽なんだよ!』
何故か逆切れ気味なレーレに悠理は首を傾げるも、『まぁ、良いか』とそのまま彼女を背負って歩き始めた。
――やはり、彼は気付けていない。楽だから……、そんな理由でレーレは背中に抱きついた訳じゃない。
昨日のカーニャとの一件を彼女はすべて覗いていた。そして気付いてしまった、悠理が内に黒いものを抱えている事に……。彼は冗談だと言っていたが、レーレにはそれが嘘だとハッキリ解る。
――だから……。
(俺は……カーニャに嫉妬してるんだろうな……)
内に宿るのは悔しさ、悠理の心に巣食う闇……。何故、それを見せたのが自分ではなくカーニャだったのか?
本来、他人に欲望をぶつけられることは不快なハズ。でもレーレは彼にならばそうされても良いと思っていた。受け止めてやれる自信だってある、なのに彼は自分に打ち明けてもくれない。
(なぁ、ユーリ? 俺じゃダメなのか?)
何故か涙が流れそうになって背中に顔を押し付け、首に回した手に力を込める。
そうしながらふと、一つの考えに辿り着く。
――――あぁ、俺は本当にお前にイカれちまったんだなぁ……。
嬉しさ半分、悲しさ半分で、自らの胸の内に正直になる。
もう後戻りは出来ない。このまま彼に恋焦がれて自分はどこまでも堕ちていくのだろう。
『――へへっ……』
それはやっぱり嬉しい事で、先ほど感じた悲しさは綺麗さっぱり塗りつぶされていた。
――レーレはどこか晴れ晴れとした気分を味わいながら、悠理の背中で温もりを堪能するのだった……。
――その頃、カーニャとノーレは悠理達から20歩程後ろを歩いていた。
「……むー」
頬を膨らませ不機嫌さを全開にしながらカーニャは悠理の背中を睨む。
物凄い剣幕に妹は苦笑を抑えきれない。
「姉さん? さっきからユーリさんを警戒しすぎじゃない?」
「えっ、そ、そう?」
声を掛けられて慌てて意識を戻す。果たして彼女が抱いていたの本当に警戒心だったのか?
「うん、ずーっと怖い顔してたよ? ――昨日の夜、何か酷い事でもされたの?」
胸の内は血を分けた姉妹とは言えそう簡単には覗けない。だからノーレは不機嫌の原因は昨晩にあると考えた。
「い、いや、そんなんじゃないけど……」
だがそれは、当たらずとも遠からず……。
昨日の一件を根に持っているのは確かだったが、今不機嫌なのはそれが理由ではない。
だが、認めたくない。それを認めてしまったら……。
(アタシ……、何で胸が痛くなってんだろ……)
先ほどのリリネットとの握手、レーレが彼の背中に抱きついているのを見てチクチクと胸が微かな痛みを訴えている。
まるで……羨ましい――――そう嫉妬しているみたいではないか……。
「――姉さん?」
「――――っ、何でもない! さ、アタシ達も行きましょ」
かけられた声に思考を中断させ、歩き出す。まるで知りたくないと駄々をこねて逃げ出す様に……。
「うん、ユーリさんも待ってくれてるみたいだしね」
いつの間にか悠理との距離は100歩位にまで開いている。
遠くでは気付いた彼が手を振って待ってくれていた。
(――――っ、何で……)
悠理はレーレと会話しながら楽しそうに笑っている。その笑顔を見ると、胸の痛みがズキズキに変わっていく気がした。何故か心のモヤモヤが収まらない……。解らない、自分がどうしてしまったのか。
ふと気付くとレーレが自分を見ている様な気がした。
――答えを見つけた者と、答えに迷う者。
この時より、レーレとカーニャは互いが逆の位置に立っている事を直感的に悟る。
果たしてその胸に秘めた思いを叶えるのはどちらの少女か……。
――――それは神さえも知る術を持たない事だった……。
小説には関係ない報告ですが、キーボードを替えました。
打ち間違いが多くてね……。
アイソレーションって言うんですか?
あのタイプの奴に買い換えてみたんですよ。
まぁ、果たしてそれで執筆作業が捗るかどうかはまだ解りませんけどね……。