旅立ちの朝にて
ぬぅあー、眠い!
頭働かない!
「ふぁ~、おはよう……」
――旅立ちの朝……。
寝ぼけ眼を擦りながら悠理はグレフ邸の会議室を訪れた。
ここで食事を取るのが初めて来た時からの習慣になっている。
先客は――――カーニャとノーレのみ。
「あっ、おはようございますユーリさん――――あの、背中のレーレさんはどうしたんですか?」
ノーレの視線は彼の背中に負ぶさったまま眠る少女へと送られる。
余程疲れているのか、声を掛けても反応がない。
「んー? ああ、ちょっとな……」
どうやらノーレは悠理とレーレが追いかけっこに興じていたのを知らないらしい。
疲れてベッドに倒れこんでから二時間程度しか眠れていなかった―――が、つい昨日の朝まで数日間に及ぶ睡眠を取っていた事もあって眠気も疲れも大したものではなかった。
――ただし、背中に抱きつくレーレの力が強すぎて骨が悲鳴をあげているのは深刻な問題だが。
「カーニャもおは――――」
「――――ッ!!」
昨日のことなど無かったかの様に振舞う悠理だが、カーニャの方はそうもいかないらしい。
ただ声をかけただけなのに、脱兎の如く一瞬でノーレの背中に隠れてしまった。
「ね、姉さん? 急にどうしたの?」
「フーッ、シャーッ!」
昨晩、姉の身に何が起きのか訊かされていないノーレはカーニャの退避行動に戸惑うばかり。
安全地帯に逃げ込んだはずのカーニャは警戒心を剥きだしにして威嚇していた。完全に昨日のアレを根に持っているのだろう。
「ほぅら、カーニャ。ユーリおじさんだぞぉ、怖がらなくて大丈――――」
何の恐れも無く――或いは何処も悪びれる事無く、彼女に近づく――――が。
「フーーーッ、カーッ、シャーーーッ!!」
人間を警戒する野生動物――もとい、飼主にマジ切れする飼猫の如く、顔を思う存分に引っかかれた。
「――――ふむ、どうやら昨晩のアレが効きすぎた様だ」
攻撃を終えた彼女は部屋の隅っこに逃げ込んでこちらを睨んでいる。
そこでふと、カーニャの首に赤いスカーフが巻かれている事に気付く。
もしかしなくても、それは首筋につけられた大量のキスマークを隠す為のもの。
ノーレに見られるよりも先に隠すことが出来のたのは幸いだった。
――その代わりにリリネットには見られてしまったが……。
首に巻いたスカーフは何となく事情を察したあのメイドが、何故か頬を赤らめながら貸してくれたものだ。
「一体何をしたんですか? 姉さんに聴いても教えてくれなくて……」
「ああ、背中と首筋に優しくキ――――」
「い、言うなバカァァァァァァァァァッ! 忘れようとしてるんだからぁぁぁぁぁぁ!」
部屋の隅っこから猛ダッシュで悠理の目の前にやってきて口を塞ごうとするカーニャ。
しかし、彼は右へ左へ、最低限の動作だけで彼女の攻撃を次々と避けて行く。
「はっはっはっ、照れるなって。何だったらまたしてやろうか?」
「~~~~ッ!?」
忘れようとしていた昨日のことを思い出してしまったのか、顔を真っ赤に染め上げてヨロヨロとたたらを踏んで後退する彼女。
「――――バカバカバカッ! ユーリなんてキライ! 大ッキライ!! もう顔を見たくないんだからぁぁぁぁぁッ!」
我慢の限界を超え、屋敷全体へ響くような叫び声をあげてカーニャは部屋を飛びだして行くのであった……。
「あー、随分嫌われちまったなぁ……。スマン、ノーレ。ご期待に添えなかった様だ」
ノーレはきっと自分と彼女を交流させる事で、何かしらの変化を望んだのだろう。
確かにこうして変化は起こったが、これが彼女の求めていたものだったかどうか……。
「――いえ、あんなに元気な姉さんが見れたのはユーリさんのお陰ですよ」
そう言いつつも彼女は複雑な表情を浮かべている。二人に何が起こったかは知らないし、深く追求する気もありはしない。
唯、これが本当に姉の為になっただろうか?、とは思う。
「まぁ、俺の目的は達成できたみたいだし、礼はありがたく受け取っておこうかな?」
「――目的?」
首を傾げるノーレだったが悠理は答えない。
カーニャに恨まれる事により、暫くの間、彼女は自分への怒りを持ち続けるだろう。
きっとその間は背中の刻印に劣等を感じることはあるまい。
キスマークが残っている間、自分への怒りが消えるまでの間。常に彼女は悠理の事を思い出すハズだ。
結果的に、それは彼女を守る為の行為だった――と言えるかも知れない。
少なくとも、自分を意識させて気を紛らわせられれば御の字だとは考えたが。
「――さぁて、さっさと飯でも食って最後の準備に取り掛かりますか!」
何はともあれ、これから先も一歩も引く事の出来ない戦いが待っている。
――――何が来ようとも皆は俺が守ってみせるさ!
決意をより強固なものにした悠理は、まだ見ぬグレッセ王都に潜む敵に意識を向ける。
これより始まるのはグレッセ王国奪還戦にして、後にこう呼ばれる戦いの大きな幕開け。
――――“ノレッセアの審判・第二幕”……。
その一歩は、こんなありふれた旅立ち朝から生まれたのだった……。
――大変中途半端な気がしますが……。
集中力が続かないので今日はこの辺で。
手直しは必ずする――――時間があるときにね……。