初めての二人きり、晒し合う素顔・後編
うおー、途中から何を書いてるか良く解らなくなる現象が……。
「ちょ、ちょっとユーリ? 顔が怖いんだけど…………」
突き飛ばされ床へと寝転がったカーニャに悠理は間髪入れず覆いかぶさっていく。
両腕を確りと抑え付けられ、足も自由に動かせない。上半身は裸だったが、下ろしていた髪が巧く彼女のスレンダーな胸を隠していた。
そんな一方的な主導権を得た状況を愉しむ様に悠理が嗤う。
「踏み込んで来いって誘ったのはお前だぜカーニャ?」
黒く邪な感情を隠そうともせず、言葉を拡大解釈し抵抗できない少女へと迫る。
今の彼は完全にカーニャの知る悠理ではなかった。しかし、彼女には彼が変貌を遂げた理由が解らない。
だから戸惑い、ロクに抵抗すら出来ずにいるのだ。
「それはっ――――こう言う意味じゃなくて…………んんっ!?」
必死に説得を試みるも首筋に強く唇を押し付けられ、言葉を乱される。
キスをされた箇所に熱と髭が当たる不快感が走り、思考はその一点に集中させられてしまう。
「――――はぁ、はぁ…………良いぞ、非常にそそる顔だ」
息荒く悠理は喜びを噛み締める。獲物を見つけた狩人の瞳と笑みを浮かべて。
そう、もう彼にとってはカーニャは獲物でしかない。だから己が満足いくまでたっぷりと嬲り、蹂躙を繰り返す事になるだろう。
「や、やめっ……、何で……こん…………なっ――――ひぅっ」
首筋へ繰り返される熱烈な――いや、執拗なキスに次第に身体の力が抜けていく。
せめてもの抵抗か嫌々と首を振るが、逆に首筋を自分から差し出す形になってしまう。
その度に悠理は晒け出されたその場所に唇を押し当て続ける。
――やがて、カーニャが激しい責めに体力を切らして無言になった頃、悠理は彼女の質問に答えた。
「お前が美しいからだよ。美しいものを愛でるのも良いが、穢すのはそれ以上の悦びだ……!」
――これも廣瀬悠理の美学の一つ。美しいモノを穢したいと言う背徳行為、ある種の征服欲と破壊衝動。
無論、今まで人にこれを試してきた事は一度も無い。ゲームを代替として今まで外に出さないようにしていたからだ。
「な、……何、を……?」
ぜぇぜぇと息を吐きつつ声を絞り出す。
――理解できない。それも当然、彼は異端である。今まではっきりと誰かに見せたことは無いが、本人も自覚している。
「これが“俺”だよカーニャ。普段は見せない黒い部分――――本当の自分、さ」
――――異端とはどんな常識にも当て嵌まらないからこそ異端なのだ。
「俺ずっと隠してきた……この欲望をッ、誰かを傷付けてしまわないように……」
それはいつの頃からだったか?
世間は彼を意味も無く劣等として扱ってきた。偶々運悪く標的にされた、とでも言うべきか。
長らく好奇の視線に晒され、味方もロクに居ない彼はどうやってその状況を乗り切ったのか。
――答えは実にシンプル。何も感じなくなってしまえば良い。意味も無く傷付けられるのは嫌だったが、誰かを傷つけるのはそれ以上に嫌だった。
それは裏を返せば“手を出したら歯止めが利かない”と解っていたから。
傷付けるのが嫌なのではない。傷付ける事に躊躇するどころか、喜びを見出してしまうのが怖かったのだ。
だから痛みも、悲しみも、怒りも、何も感じないフリをして、ヘラヘラ笑って乗り切った――――いや、逃げ出したと言うのだろうか。
「――――だけどもうダメだ。こっちに来て戦う喜びを、傷付き傷付ける悦びを知った以上……抑えきれねぇ」
彼は現実では戦うことから逃げ出し、己の欲望を自覚しつつも代替行為でそれを発散する事で精神のバランスを取っていた。一見不自然と思えるほど完璧な平行線を。
だがノレッセアに来て、戦う度に膨れ上がって行く闘争本能は彼を狂わせ始めた。
地球に居た時には絶対に味わうことの出来なかった命懸けのバトル。
フリをし続けて本当に何も感じなくなった心に熱が戻ってしまった。
ゲームとは比べ物にならないほどの興奮とスリル……そのリアリティは欲望に火を灯す。
「ユ、ユーリ……ダメっ……」
火がついたらもう止められない。欲望のままに美しいモノを穢し、自分と同じ穢れた存在へ貶める。
歪みきった本性、屈折しきった願い。彼はそれらを認めてしまった、だからもう否定することは出来ずこのまま清濁合わせ呑んで生きていくしかない。
それは――――ある意味で純粋すぎて、あまりにも稚拙だった。不器用という言葉だけは表現しきれない程に。
「受け止めてくれよカーニャ……。もう――――お前しか居ないんだ……」
「え、あ――――」
不意にユーリの声音が優しくなり、瞳からは狂気が消え去っていく。
まるで子供に泣き縋りつかれた様な錯覚がカーニャを襲い、金縛りにあったみたいに全身が停止した。
「俺は俺の全てを晒け出す。嫌いになるならなれば良い」
真っ直ぐに瞳を捉え悠理は彼女へと顔を近づけていく。
(そ、そんな、あ、アタシ、どうなっちゃうの?)
抵抗しなきゃ、と思っても身体は言うことを利かない。
「――――あ」
何も出来ず自分の唇と悠理の唇が重なり合う瞬間を待つばかり。
――――だが、ここで事態は急変する。それもこの状況を作り出した張本人によってだ。
「――――フッ、なーんてな!」
悠理は明るい調子でそう言いながら立ち上がった。先程までの事はまるで無かったかの様に振舞っている。
「――――とまぁ、今みたいに危険な事態を招き兼ねないから、安易に相手の事を知りたいなんて言うもんじゃないぜ?」
そう、今までの行為は全て警告で演技に過ぎない。だが実際、カーニャに語って聴かせた事は事実だ。
この世界に来て、戦う喜びに目覚めてしまった為に自身の心に影響が及んでいる。
今はまだ制御可能だ――――少なくとも、彼女を襲っても最後の最後で踏み留まれる位には。
「……………………」
「ん、カーニャ? 聞いてるか?」
事の真相を訊いてもカーニャからの反応はない。てっきり、怒り心頭かとも思ったが……。
「――――きゅ~………………」
「……しまった、やり過ぎたか」
よく見れば顔は真っ赤で目を回して気絶していた。悠理は苦笑してその身体を優しく抱き上げる。
そのままベッドへ運び、そっと毛布をかけてやる。着替えの途中に入ってしまった為にパンツ一丁だが、まさか悠理が着替えさせる訳にも行かないので今日はこのままで我慢してもらおう。
「ふむ、気絶してる間にもっとキスマークでもつけとくか」
ここでふと悪戯を思いつきニヤける。どうせなら背中の刻印が気にならない位にマークをつけるのも良いのかも知れない。それで彼女が刻印の呪縛から少しでも逃れられるなら……。
「どうせノーレが戻ってくるまで1時間はあ――――」
『――――何をどうするって?』
いざ行動に移そうとベッドに潜り込もうとして、背後から届いた冷ややかな声に一時停止する。
――と言うより、一歩でも動けばいつの間にか現れていた処刑鎌に首を刎ねられてしまう。
振り返って姿を確認出来ずとも、こんな芸当が出来るのは唯一人。
「――――い、いつから居たレーレ!?」
『丁度今来た所だが――――大体解った。大人しく俺に刈られろ!』
どうやら不味いところを見られてしまったらしい。しかし、ここで慌ててはならない。
――――己の美学に則ってここは言葉巧みに切り抜けてみせる!
「ま、待て! 疚しい事は何もしてな――――」
『――――に――――してた』
「え?」
『背中に4回キスした! 首筋にも27回した!』
「最初から見てた上にしっかり数えてるじゃねーか!!」
最早、完全に言い訳も弁解も出来そうに無い状況だった。
『うるせーっ! お前を殺して俺も死んでやるぅッ!』
「何でだ!? クソッ、逃げるが勝ちよッ!」
レーレが激昂している理由も解らず、何とか処刑鎌から逃れて部屋を飛び出す悠理。
『あっ、待ちやがれーーー!』
当然レーレが逃がしてくれる訳も無く、グレフ邸を舞台にした追いかけっこが開始される。
――この戦いは日が昇る直前まで行われ、最終的には疲れた二人がベッドに倒れこんで引き分けの形になったと言う。
つ、疲れた……。
これも大幅に手直しが必要そうだわ……。