初めての二人きり、晒し合う素顔・前編
なってこったい。
本編は更新できたものの……。
――ノーレが走り去った後、悠理はカーニャの部屋へ直行していた。
そう言えば、彼がここを訪れるのは初めてかもしれない。
柄にもなく緊張してしまう、女性の部屋に入ることなど滅多にない。彼は多少の背徳感さえ覚え、少し興奮気味だった。
――――そのせいだろうか?
「カーニャ? 俺だけど入るぞ?」
「えっ、ユーリ? ちょ、ま――」
――ノックもせず、不注意にもカーニャの静止を聞き取れずに扉を開けてしまったのは……。
「あっ」
何ともタイミング悪く彼女は着替え中。
下はまだ穿いているが上既に脱ぎ捨てており、彼女の上半身を隠すものは何もない。
「――み、見ないでっ!」
その背中に浮かび上がった“祝福喪失者の証”――――羽をもぎ取れた傷跡の様な痣すらも……。
全ては悠理の瞳に一瞬の内に焼き付いてしまった。
「カ――――」
声を掛けようとして止める。カーニャが床にぺたんと膝をついて小刻みに震え始めていたから……。
部屋に入る前の興奮などあっと言う間に消え去って、代わりに芽生えた罪悪感が胸を締め付ける。
「見ないでよぅ……ユーリ……」
普段の彼女からは想像も出来ないか細い声。見られたくないものを一番見せたくなった人に晒してしまったことへの恐怖。
それがいつもは強気で活発的なカーニャを、全く逆の弱気で臆病な少女に変貌させてしまう。
(ああ、そうだよな……普通は見られたくないよな……)
この世界において、刻印と呼ばれるその痣は多くの者には嫌われている。
生れ落ちた瞬間から持っていた授かり物を失った証。
誰もが本来持っていて当たり前の物を失った劣等の印。
そうして持つ者は持たざる者蔑み嗤う。
――――カーニャも理不尽な仕打ちを受けてきたのだろうか?
出会ったから一週間、訊こうかとずっと迷ってきた質問。――――――姉妹の過去。
そこに秘められた物はきっと重くて辛いものに違いない。予想できた答えだからこそ今まで避けてきたが……。
もしかしたら、今夜にでもそれは明かされるのかも知れない。
「――――カーニャ」
座り込んで震えたままの少女に近づき、自らも膝を着いて後ろから抱きしめる。彼女の恐怖が少しでも薄れる様にと強めに……。
「――――ッ!」
だがカーニャはその行動自体に怯えを示す。完全に警戒したのか身体にはどんどん力が入って硬くなるばかり。
悠理は構わず耳元で己の本心を囁く。
「――――綺麗だ」
「……え?」
それは彼女を呆気に取る魔法の言葉としては十分過ぎた。身体から緊張感が抜けていく、まる背中を見られたショックなど始めから感じていなかったみたいに。
「刻印ってのは初めて見たが――――大丈夫。お前は美しいままだ。恥じることも恐れる必要もない。そんなモノではお前は穢せない、むしろお前の美しさを引き立てる要素にしかなり得ない」
何を美しく感じ魅入られるかは人に与えられた自由。ましてや廣瀬悠理は常人の枠に囚われない漢である。だからこそ口から出た言葉はこれ即ち真実のみ。
本当に美しいものはどんなに穢されたとしても決して輝きを失わぬもの。彼は彼の美学に従ってカーニャの背中に浮かび上がった刻印を美しいと断言する。
「な、何を――――」
いきなり自分を褒められ彼女は当惑する。そんな風に言われた事などあるハズがない、これは烙印なのに……。
気持ちに影が差す、背中に痣が浮かんだ当時は負けるものかと自らを奮い立たせることも出来た。
しかし、日を増すごとに決意は削られていった。皮肉にもカーニャが強くあろうとすればする程に。
無常な周囲からの罵詈雑言は鋭い刃となって心を抉る。いつしか心は完全に折れ、こうして背中を見られればと途端に弱気になってしまう。深い深い、少女の身体に刻まれたトラウマだ。
「カーニャ、お前は美しく強い女だ。例え、それが虚勢やハリボテだったとしても、俺は笑わない」
けれども、悠理は違う。何故か美しいと言ってくれた。真意はどこにあるのか知れない――と疑いつつも嬉しさを覚え胸が高鳴る。しかし、少女は何かの間違いだと拒絶する。心根に深く突き刺さったトラウマのせいだ。
「……嘘よ」
「嘘じゃない」
迅速な返答に少し驚く。何の迷いも動揺もない、ならばそれは本心なのか?
聞き出したい言葉は口に出すこと叶わず、代わりに出るのは否定的な臆病風。
「……アタシのこと何にも知らないくせに……」
「ハッハッハッ、そりゃあ御互い様だろう?」
拒絶を繰り返しても彼は気にせずに笑う。確かに自分も彼の事を知らない。だから――――。
「それは……そうだけど……」
――だから、確かめたいのだろうか? 何度否定しても肯定し続てくれる優しさに期待しているのだろうか?
(バカ……そんなのあり得な――)
「――――ちゅっ」
「ひゃっ!?」
何処までいっても彼の言葉を受け入れられない強情で臆病な思考は背中に走ったくすぐったさに中断させられる。
柔らかく仄かに温かい何か……一瞬チクリとも感じたその正体とは……。
「あ、アンタ何してんのよッ!」
「ん? 綺麗な背中に熱烈なキスを――――」
「へ、変態!? アンタ頭おかしいんじゃ――――ひゃんっ!」
「何を言ってるんだ。男は皆変態だ! だからお前みたいな綺麗な女の子の背中にはキスしたいに決まってるだろ!」
意表をついた行動の気恥ずかしさからカーニャは顔を真っ赤に染め上げる。急激に身体が火照り、背中にされた二度目のキスの位置がハッキリ解る。背骨と左肩甲骨の間――――羽の様な痣の付け根辺り。
――――な、何で!? どうしてこんな事に……!
まるで流れを理解出来ず、ひたすらパニックに陥る少女。何とか思考を纏めようとするが……。
「そんな馬鹿な理屈がある訳無いでしょ! こ、こらっ、やめ――――んぅっ……」
懸命に反論をするも、今は動きたくても動けない状況――――何しろ悠理の両腕に後ろからガッチリと抑えられている。だからされるがままに三度目、四度目と立て続けに背中へのキスを許してしまう。
「俺の言ったことを信じてくれるなら直ぐに止める」
「し、信じる! 信じるから止めて!」
悪魔の様な申し出に彼女は屈した。それ以外にこの状態から抜け出す術などありはしはないのだ。
二人の夜はまだ始まったばかり、行き着く先は誰にも――――。
――――神さえも予測は出来ないだろう……。
えー、タイトルを見てお分かりだと思うんですが……。
一話で終わるはずが三つに分割されてしまった!
ど、どうしてこうなった!?
――いやまぁ、カーニャのここのシーンについてはちゃんと書いておきたかったから良いんだけどさ……。