寄り添うという生き方
うぇーい、今日は何だが一人で風にあたって帰りたい気分だったぜ!
実際そうしたけど、別にぼっちな訳じゃないからな!
――レーレと眷属姉妹とのスキンシップから1時間と30分後……。
「ミスター、ちょっと良いか?」
「――――ハッ!? ……ファルさん? どーぞ?」
ドアを強めにノックする来客に飛び起きる悠理。
その拍子に、何故か首に両腕を回してがっちりロックしているレーレの身体が揺れるが、起きる気配はない。
何処か満足気な顔で眠る彼女を見て心が和む――――何があったかさっぱり思い出せないのは一先ず置いておくとして。
「すまない、白風の何人かが体調を崩してしまっ――――てな……?」
どうぞと声を掛けられれば人はドアを疑いなく開けるもの。ファルールもその例に漏れず、ドアを開けて入室する――――が、目に映った光景に一瞬その動きを止めてしまう。
――もしかしてお楽しみだったんじゃないか?、と。
「そう言う事ならリスディア親衛隊から引っ張ってくれば良いんじゃないか? いや、ディーノス隊の奴等の方がいいかもな……」
固まったままの彼女を余所に、悠理は至って平然と返答。
淫魔リリネットの誘惑を退けた今の彼にとってはこれ位の事態は驚くに値しないのだ。
それはそれで常人の感覚から遠ざかっていくようで寂しい気もする。
――実際に常人かかけ離れた存在になってしまっているのは間違いないが。
「あ、ああ、私もそう思ってマーリィどの達を探して居るのだが見当たらなくてな……」
「ああ、成程な。じゃあ、見掛けたら伝えとくよ」
「頼む――――所で、その……」
チラチラと首に向けられる視線。上半身を起こしても尚、レーレはぶらぶらと悠理の首から垂れ下がったまま夢見心地状態。無論、常人なら悲鳴を上げかねない状況だが、エミリー戦を生き抜いて強化を果たした彼の肉体であればこの程度無問題。
後数時間はこの態勢を維持できるハズだ。もっとも、ファルールが訊きたいのはそう言うことではないと思うが。
「訊いてくれるな……俺も記憶が曖昧なんだ……。眷属妹が俺の初めてのキスを奪おうとしたからレーレが止めに入って――――そこから記憶がないな……」
そう言えばと、肝心な部分以外の記憶が蘇ってくる。初キッスは奪われなかったものの、左頬には眷属妹のキスマークが大量についていることに今更ながら気付く。
この時になっても悠理は既に初めてを奪われている事に気付けていなかった。何と言うか不憫である。
それと同時に、ファルールはレーレが初めての相手であるのを知ってしまった訳だが。
「――――あっ」
初めてのキス――――それで理解してしまった。
何故、彼の記憶が曖昧なのかそれは――。
「ん? どうかしたか?」
「い、いや、何でもない!」
咄嗟に誤魔化す、レーレのアレは勿論、カーニャ達とも話し合った結果、自分が回復促進の為にキスをした事も機密事項になったからだ。
(レーレの奴…………うっかりアレをやったな?)
恐らく、眷属妹よりも先に唇を奪って彼の力を吸ったのだろう。それも気絶するほど熱烈に。
――――仕方ないか。ずっとお預けだったものな。
事実に気付いたもののファルールは彼女を咎める気にはなれなかった。
各々が持っている宝具の関係上、自分とでは感じ方が違うだろうが、キスは非常に中毒性が高い。
それを知ってしまった以上は責める事は出来ないだろう。ましてやレーレは悠理が目覚めるまで迂闊に手が――――唇を奪えなかったのだし。
「ファルさんも少しだけゆっくりしていったらどうだ?」
ベットの上、悠理が座る右側をぽんぽんと叩きながら誘う。ファルールには白風騎士団の準備と指揮を一任していた。団長なのだからそれも当然かも知れないが、自分に経験があれば少しは彼女の負担を減らせただろう。そう考えるとまだまだ未熟で、覚えること、会得すべきことは山の様にあると思い知らされる
――――その険しい山を登っていくことはこの上のない喜びでもある……と思うけどな。
「そ、そうだな、そうさせてもらおう」
「……えっと?」
おかしい、どうしてこうなった?、と困惑する悠理。
隣に座れと指し示したハズが、何故か彼女は右腕に抱きつくと言うオプションまでつけてきたのだ。
「――こうされるのは嫌か?」
「いや、むしろ嬉しいけど……少し照れるな」
目が覚めた時には痺れて感じ取ることが出来なった胸の感触を存分に味わう。
柔らかな二つの感触が二の腕に押し付けられ、内心でその喜びを噛み締める。
――――おっぱいが嫌いな男子は居ねぇ!
地球に居た時に散々言った言葉だが、まさか異世界に来てその言葉を重みを再確認する事になろうとは……。
「…………」
「…………」
暫く、二人の間には沈黙が訪れる。照れ臭さか、それともこの状態に対しての緊張からか。
いや、悠理はひたすら胸の感触を心に刻みつけていただけであるが……。
「――ミスター、一つ訊いても良いだろうか?」
肩に頭を寄りかからせ静寂を破ったのはファルール。
「ああ、3サイズ以外なら」
「? スリと鎌がどうかしたのか?」
「いや、うん。忘れてくれ……。で?」
――――これが地球だったら『興味ねぇよ!』って突込みが返って来るんだけどなぁ……。
定番のボケを振っても応えてくれなかったショックは以外に大きい。だが、予想出来ていただけに立ち直りにも1秒掛からなかった。
「――私はミスターの役に立てているだろうか?」
口から出たのは不安。リスディア率いる軍勢をたった二人で倒すのを見ていただけの自分。
悠理の力は最早言うに及ばず、レーレに関しても死神だと知って納得したが、認めたところで圧倒的な戦力差に諦観しか許されない。
せめて、一刻も早くの復活を願いリミエリアルの腕輪で己の生命エネルギーを分け与えては居たが……。それも果たして意味があったのかどうか。
考えれば考える程に思考は泥沼化していく、身も心も剣も捧げると言っておきながら自分は――――そう卑屈になっていくのを止められない。
そうしてどんどん不安は増して行き、耐え切れず彼の腕に一層強くしがみ付いた時――。
「…………ていっ!」
「――――痛っ!? な、何をするんだっ!」
割と強めのデコピンが額に叩き込まれた。何でそんな事訊くんだ?、まるでそう怒りが籠もったみたいな一撃。
「何を不安になってんだ? ファルさんが味方で心強いに決まってるじゃないか!」
「だが、レーレと比べれば私なんて戦力にならないではないか……」
案の定、悠理は力強く励ましの言葉をくれる――しかし、マイナス思考に囚われた今の状態では素直に受け入れることも出来ない。
「――私には剣しかないと言うのに……」
唯一役に立てる戦闘ですら、最早追いつくことも不可能なレベル差……。
共に肩を並べて戦う事も叶わぬ苦しみはこれ以上になく辛いものだろう。
今まで騎士として、武力を活かし生きてきた彼女にとっての絶対の自信は――――――もう何処にもなくなってしまったのだ……。
「えっ、アウクリッドを使えばあれくらい出来るだろ?」
「以前ならばな……。だがミスターが精神増幅能力を解除してしまった以上は――――」
「へ? 解除なんてしてないぞ?」
「――――は?」
きっとお互いに間抜けな顔をしていただろう。見事と言っていいくらいに言葉が擦れ違っている。
――ならばその擦れ違いを正そう、きっとそれで彼女の不安は跡形も無く消え去るハズだから。
「方向性を変えただけだって言わなかったっけ? 新アウクリッドは――――」
以前、悠理は祝福を改竄したと言った。それによって負の感情増幅はなくなり、使い手の精神操作も不可能になったと。だが、それは消え去ったとい言う意味ではない。
であれば、改竄等とは言わない。
これはとても単純な話、負の感情ではなく、持ち主の強い正の感情を増幅し、精神操作は使い手に勇気を与えるものとして新生させた。
つまりは今までとは全くの逆の方向性にシフトした。
「――――って言う事なんだが」
「そ、それじゃあ、私の気持ち次第では?」
「ああ、誰にも負けない! ――――ってのは言い過ぎだけど、かなり強い力を発揮できると思うぞ?」
「――――そうか……」
脱力したように全体重を悠理へと掛ける。話を訊いて安心したのか、疲れが一気に押し寄せたようで身体に力が入らない。
「……ファルさん?」
「――――私はまだ……ミスターの剣になれるのだな……っ!」
笑いながら瞳からは次々と大粒の涙。今まで悩んでいたことがすべて吹っ切れたせいか、心は凪の様に穏やか。
「――ファルさん、一つお願いをするよ」
結果的に自分の説明不足で余計な悩みを増やしていたかも知れないと反省しつつ、今日4回目になる誰かの頼み事をファルールにも贈る。
「愛想が尽きるまで俺達と一緒に居てくれよ。ファルさんが居ると心強いからさ!」
――ちゃんと言わなくてゴメンな? これからもあてにさせてもらうぜ!、そう謝罪と期待を込めて……。
「ああ……ああ! その願い……喜んで受けるとも……!」
その誓いを口にした途端、ファルールの意識は段々と薄れていく。
スルハへ戻ってきてずっと悩まされ続けた問題から解放された安心感によるものだろう。
そこへ、白風騎士団への指示出しや他の準備をしていた疲労が重なれば、後はあっと言う間に夢の中……。
――この日以降、ファルールは不安な事があるとちゃんと悠理に相談するようになり、甘え方も上手になったと言う。
おぅふ……何とか書けたぜ……。
諦めて人物紹介か番外編にしようかと思ったけど何とかなるもんだな。