今後と作戦と向かうべき所
時間がないので後半がいつも以上にやっつけに……。
「では、ミスターも戻ってきた所で状況を再確認しよう」
「応、頼むぜグレフ!」
悠理復活より二時間後、場所はいつもの暫定会議室である客間。
今回はいつものメンバーに、リスディアとマーリィを加えている。
子供用の足が高い椅子がなかった為に、リスディアはマーリィの膝の上で大人しく座っていた。
それを見た悠理は、すかさずレーレを自分の膝に置こうとしたが全力で拒否されたので泣く泣く諦めたが、結果的に真っ赤な顔で怒る彼女が見れたので良しとする。
――と、彼がそんなくだらない回想をしている内にグレフの説明が始まろうとしていた。
「マーリィどのが渡してくれた機密文書によれば――――」
――マーリィがグレッセ王国に居る別働隊から受け取った密書……。そこに記された内容は彼女達にとっても驚愕の内容であった。
“カーネス・ゴートライの懐柔に成功、グレッセ王を暗殺させ、王都の占拠完了。スルハを占領後、近隣の街を占拠しつつ、速やかに合流されたし”
グレフの語る内容はレーレから簡単に訊かされたものとほぼ同じだった。そこに国王暗殺の首謀者の名があったこと以外は。
「カーネスって誰だ?」
「グレッセ王国一の騎士で国王からの信頼も厚かった……。彼が裏切るなどとてもじゃないが信じられないのだ……」
俯くグレフはずっと疑問顔、恐らくは旧知の仲なのだろうと悠理は察した。
とても良く知っているが故に尚更理解できない。
騎士として国王に尽くし、民の生活を守るため愚直なまでに騎士らしく生き様とする男だった。
――――なのに……何故?
「アンタがそう言う程の男だとしたら、理由があるんだろうな。例えば――――」
悠理は可能性として3つの例を挙げる。完全な憶測に過ぎないと解ってはいるが、豹変の謎を解く何らかの指針となれば良いと思ったからだ。
一、カーネスはそうするより他ない状況に追い込まれてしまった。
王都の住民全てを人質に取られたとか、そう言った他者の命を天秤に賭けられ脅迫されたという説。
しかし、これはマーリィが否定。別働隊にはそこまでの人員も力もない。そもそも、王都を占拠するプランなど無かったのだという。
実質、本命のリスディア率いる攻略隊を隠す為の目くらましに過ぎず、国王暗殺などと言う大胆な行動を行うなど訊いてはいない。
最も、意図的に知らされていなかったのであればどうしようもない、とマーリィは付け加えたが、そのセンは薄いだろうと皆の見解は一致した。
――つまりはグレッセ王都で得たいの知れない何かが起こったと言う事……その何かに客間に居る面々は警戒を強めた。
次の説は、元より彼は国王暗殺を画策し機会を窺っていた。
最初からスパイとして潜り込み、時が来て計画を実行したのでは?
これもグレフによって否定される。彼の一族は先祖代々からこの地で生まれ育ち、グレッセ王家に仕え続ける名家。
長い間、連綿と受け継がれた王家への忠誠心は決して揺らぐ事はなく、スパイとして勧誘されたとしてもまず応じることはないだろう。
そして最後、誰かによって洗脳されている可能性だ。
正直、悠理はこれが一番正解に近いのではないかと考えたのだが――――。
「えーっと、マーリィさん。別動隊にそんな祝福を持ってるヤツの心当たりは?」
「――彼等は圧力をかけるのが目的ですから、殆どは戦闘系に偏っていた気がしますが……」
質問に答えつつ、仮面を付けた侍女のマーリィはチラリとグレフへ顔を向けた。
彼女の意図に気付いた様にグレフが一度頷いて、言葉を引き継ぐ。
「ミスター、例えその筋の祝福を持っていようと彼には通じない」
「どうしてだ?」
「ユーリさん、私聞いた事があります。彼は――祝福殺しです」
――祝福殺し……。ノーレの口から出た単語のお陰でグレフが断言した理由が解った。
祝福を無効化する祝福、それを持つ者の呼び名が“祝福殺し”。
悠理も“祝福の改竄”と言う“祝福殺し”を所持している。
――最も、あれは“生命神秘の気”に寄る効果であって祝福ではないのだが。
「ノーレ殿の言う通り、カーネスは祝福殺し……。祝福を相手から“隔離及び分離し、保管する”能力の持ち主なのだ。彼ほどに鍛練を積んだ者が遅れを取るとはどうしても――――」
――思えない、思いたくない。そんなグレフの心中が伝わってくる様だった。
「まぁ、相手が誰だろうとやることには変りねぇんだろ?」
「ああ、このままグレッセ王国が完全に侵略されれば、南方攻略の足掛かりにされるだろう……そうなれば大陸全土を巻き込む大戦乱が訪れるのは必至――――――なんとしても阻止せねば……」
最早、これはグレッセだけの問題ではない。現在、西方のラスベリアは国力を増強しながら、コルヴェイ王率いる北方アムアレアと小競り合いを続けている。
今回のグレッセ侵攻は南方に勢力圏を確保し、ラスベリアを挟み撃ちにしたかったからだろう。
現在、コルヴェイ王と同等の力を持つのはラスベリアの女王――ジェミカのみ。
どちらが勝つにせよ負けるにせよ、勝者はそのまま他の地域への侵略を開始するに違いない。
グレッセのある南方は未だまとまりを見せず、東方に至っては静観の構え。
つまりは――――――孤立無援。
今ある戦力でグレッセ王国を奪還せねばならないが、王国一の騎士が裏切りを見せるなど奇怪な事件も起きている。
この分ではどんな悪い事が待ち受けているか解らない……そんな分の悪い戦いだと言うことだ。
――だと言うのに、悠理は何の気負いも無く笑って告げた。
「了解、それだけ聴けりゃあ十分だ! レーレとファルさん、あと白風騎士団を借りていくぜ?」
宣言しつつ席を立つ、名を呼ばれた二人も彼に習って立ち上がる。言葉など不要。やると言ったらやる、やらなければならないのであれば尚更だ。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! アンタ話を訊いてたの?」
「そうだぞミスター、今回は負けられぬ戦いなのだ。単独行動は認められぬ」
悠理の意図を読んだカーニャとグレフはすかさず止めにかかる。いくら彼等の能力が常人のそれを遥かに上回っているとしても、今回だけはそれが通じる保証は無い。
祝福殺しの前では一切の祝福は効果を失う。彼等の力はひとえに祝福が強力だから成り立っているもので、それを封じられたのなら一溜まりもないハズだ。
――いや、グレフは知らないだけで、祝福ではない未知の能力を持つ悠理になら通じない可能性の方が高い訳だが。
「チッチッ、だったら尚更速く動かなきゃだろ? 大体、2000の戦力を得たって上手く扱える指揮官も居ないだろうが」
危惧していた要素の一つがそれだ。相手の戦力が情報通りでない可能性が大きい今、とりあえずの戦力は返って足手まといになるかも知れない。
ここには有能な兵士、戦士は居ても、指揮官が居ないのだ。どんな状況にも冷静に対応策を練れる指揮官が存在しない以上は2000の数字は宝の持ち腐れ。
グレフにもそれは解っているハズだが、贅沢は言ってられないのだろう。
「妾が居るではないか!」
場の雰囲気をぶち壊す高らかな存在アピールしたリスディアはマーリィの膝の上で踏ん反り返っている。
『――あぁん?』
「ヒッ!? な、なんでもないのじゃ……」
――が、それもレーレの一睨みによってたちまち身を縮め、小刻みに震えながら頼れる侍女にしがみ付く。今にも泣き出しそうに表情をくしゃくしゃにしていたリスディアだが、マーリィに撫でられて何とか持ち堪えていた。
「なぁ、グレフ。もしここに俺達が居なかったら、スルハはどうなってた?」
「それは――――――言うまでも無く、無慈悲にも占拠されていただろうな」
「――――だったらさ、この街を救った俺達に任せちゃくれないか?」
いつに無く悠理は真剣で頼みごとをした。下手をすればここに居るメンバーに限らず、スルハの住民、白風騎士団にリスディアの部隊……。
そして、まだ見ぬグレッセ王都の人々、それら全ての命を――――。
「俺が――いや、俺達が何とかする。だから背負わせてくれよ。皆の運命を、さ……」
「――ミスター……」
悠理の決意に自分はどう答えるべきだろうか? グレフ・ベントナーは思う。
元より、彼に助けられなければ今の自分はここに居るまい。
そして、彼がこれまでの戦いでやってのけた奇跡を考えれば――――もう、答えは一つだ。
「――――解った。我々の運命をミスターに託そう」
溜息と共に結論を出す。老いぼれたこの身では何処まで戦い続けられるかも解らない。
――若い力に全てを託すのが我等に出来る精一杯のことだぞグレフ?
今より一年程前、最後に会ったグレッセ王はそんな事を言っていたと思い出しながら。
――グレフ・ベントナーは突如現れて街を救った若き英雄に思いを託すことにした。
その決断が国を救うと信じて……。
あれ、全部収まりきらなかったな……。
次回、グレフは認めたものの、またもやハブられたカーニャが抗議するシーンです。