過ぎた力と代償と警告
※変な態勢とかそんな馬鹿な攻撃方法があるか!、と突っ込む回です。
だって実際に出来たら強そうな気がしたんだもん!
――――――――廣瀬流・踏深砕鬼。
悠理が強化された身体能力を駆使し、力任せで適当に編み出した技。
その内容は実にシンプル、拳と脚による同時攻撃。
上半身を反らしながら右腕と右脚を同時に振り上げる、この時点でエミリーの左肩に一本立ちという何とも奇妙な体勢。本来ならバランスを維持できる状態ではないが、肉体を強化済みの悠理ならば問題はない。
腕は引き絞った弓矢の如く、脚は力士が四股を踏むように……。
古今東西、腕と脚を使用した連携技は数多くあれど、同時攻撃と言うのは関節技位なもの。
そもそもこの二つの部位ではリーチが異なる。この同時攻撃を成功させるのは可能不可能以前に効率が悪く、また意味がない。
効果的なダメージが見込めたとしても使う機会にはまず恵まれないだろう。
普通ならこんな方法を考えはしない、普通ならば。
しかし、廣瀬悠理に常識は通用しない。
有り得ないや非常識が力となる事だってある。
――――それをこの技で証明しよう。
反らした上半身をバネにしながら拳を振り降ろす。
拳が直撃する寸前に脚を踏み込む、コンマ数秒拳が遅れての同時攻撃。
放たれた拳は純粋な打撃、踏み込みは中国拳法の浸透系を参考にした衝撃を最大限に増幅して放つモノ。肉体強化を行った副産物として、そういったコントロール法も身に着けたのだ。
こうして放たれた二撃、そこには込められた意図がある。
一撃目は特大の衝撃、これによって先ず相手のガードを緩める。防御する側は攻撃を受けた瞬間に意識を集中させ、そのまま防ぎきろうとする。その心理を逆手に取るのが踏み込みの役目。
全身を襲う衝撃に耐えようと意識が集中し始める中、コンマ数秒遅れた二撃目が着弾。
こちらは打撃、純粋な破壊のエネルギーが一点に突き刺さり、肉体を砕かんとする。
コンマ数秒とは言え、一撃目に反応した防御の意識はこれに追いつく事が出来ず、結果二撃目をまともに喰らう。
例えるなら、頭上から大量の水が落ちてきてそれに耐えようと目を瞑ったら、水を被ったコンマ数秒後に正面からボールを投げられた様なもの。
不運に不運が重なる事を誰もが予測出来ない様に、一度で二種類の攻撃を繰り出されれば精神と肉体の両方が混乱して大きなダメージを受ける。
彼がやったのはそういうこと。エミリーに踏み込みで特大の衝撃を見舞い、意識がそちらへ向いた隙を逃さず喰らいつく……!
そんな馬鹿げた技を実行に移し、尚且つ成功に導いたのは破格の身体強化術“千変万化”に他ならない。
この技を説明するには、先ず虹の光について説明しなくてはならない。
悠理は肉体強化に“千変万化”を施した際、虹の光を初めて自身の肉体で感じ取ることが出来た。そのエネルギーの本質をやっとのことで。
今までは単純に“凄いエネルギー”位にしか思っていなかったが……。
あの光の本質は“進化と変質”。
それは空間に漂うありふれた生命エネルギー。海に、大地に、空に、星に、宇宙に。様々な場所に存在し、生物をあらゆる可能性と次なる段階へ導く為のモノ。
その名を――――“生命神秘の気”。
本来、これは目に見えず。常人が当たり前の様にそれを認識することは不可能。
だが、恐ろしい事に。
廣瀬悠理の能力はまるで呼吸と同じ要領で軽々とこれを扱う。
ならば、“生命神秘の気”によって肉体を強化すればどうなるか?
神秘のエネルギーはありとあらゆる可能性を無限に与え、望むままの姿に肉体を変質させる。
今回、悠理が求めた強化内容は――――。
人間の骨格を基本として、その性能と質を最大限まで高めると同時に、元々人体に設けられているリミッターを解除。
また筋力、脚力の瞬発力と持続性を意識的にコントロールし、瞬間的な力を高める技法の創造及び取得。
――――である。前者はひたすら人間と言う形にこだわった上で、そのルールから外れないギリギリの領域まで強化を施した。その結果、ゴーレムと一対一でやり合える程にまで、皮膚や骨、筋肉繊維、その他ありとあらゆる人体の組織が通常ならありえないレベルにまで発達・進化を遂げている。
最早、人間をベースにした新人類とでも言うべき存在。
そう称して差し支えない程に強靭で超人的な肉体を構成してしまったのだ彼は。
次に後者、エミリーの拳を押し返した際に使用した腕の肥大化。
あれは筋肉を“生命神秘の気”により一時的に限界以上の強化をした上で、持続性を優先した状態。
そして、踏深砕鬼を放った際には筋力及び脚力を強化し、瞬間火力の向上によってただ一発に総てを賭けた一撃必殺のスタイル。
簡単に纏めるなら、後者は“生命神秘の気”によって肉体を一時的に支配下に置き、自由に操る身体操作の術、と言うべきだろう。
――――以上が、今回の戦闘で廣瀬悠理が遂げた進化の全貌である。
しかし、忘れてはならない。進化には代償が必要だと言う事を……。
――――――
――――
――
「そ、そんな……エミリーが……」
崩れ落ちてピクリともしないエミリーを凝視し唯ひたすらに唖然。リスディアの悲嘆な声はその場に居る侍女達の心の代弁でもあった。
まさか、そんな、こんな事態になるとは露ほども思わなかった。この場に来るまでに1800を倒した事も十分に信じられない出来事だったと言うのに……。
「よっと……さぁて、リスディアちゃんよぉ……」
倒れたエミリーの背中から飛び降りた悠理が、ゆらりゆらりと妖しげな動きをしながらリスディアに迫る。それはまさしく、獲物を追い詰める幽鬼の如く。
「ヒッ、寄るな、寄るでない……!」
頼みの綱であったゴーレムが倒され、もうここに彼を上回る戦力は無い。その事実は彼女を絶望させるのには十分、侍女達が近づかせまいと身体を張って立ち塞がるが焼け石に水。
本気を出せば瞬く間にこの肉の壁ごと潰される……いや、相手は鬼だからバリバリと食われてしまうのかも知れない。
「今回は警告だ。エミリーも含めて誰も殺してない。だが、もし懲りずにスルハを攻めようとするなら――――次はねぇぞ?」
ここに来て初めて殺気を露にする、エミリーを出させる為にやった威嚇とは根本的に違う。
ひたすらに冷たく鋭い、ただの言葉だと言うのに喉元に刃を突きつけられ脅迫されている気分。
「……ッ……ッッ!!」
その息苦しさから解放されたくて彼女は何度も首を縦に振った。顔面を蒼白にし、涙を止め処も無く流し、あまつさえみっともなく失禁しながら。
周囲を囲む侍女達も漏らしはしなくとも先程の殺気に寒気だっていた。
「よし、じゃあ二人とも凱旋といこ――――ぜ……」
「ミスター!? どうしたんだミスター!」
行き成り倒れこんだ悠理を何とファルールが受け止める、心配なあまり悪い方向へ予想が傾く。
――が、直ぐに聴こえてきた寝息にその心配は無用だと悟るとホッと胸を撫で下ろす。
『無理もねぇ、コイツは一足飛びで肉体を進化させやがった。いくらユーリが規格外の塊みたいなヤツでも急激な変化は確実に反動となって還ってくるもんだ』
隣にやってきたレーレが悠理の頭を撫で、『よく頑張ったな』と呟いた。その表情は優しくて、どこか誇らしげ。その姿は子供の成長を見守る親の様でもある。
『とりあえず、目的は達したしさっさと帰ろうぜ』
「そう……だな」
未だ怯えるリスディアに目を向けようとして――止める。
因縁に決着をつける日があるとしてもそれは今ではあるまい、そう理性で律し未練を断ち切った。
今回の件で少しは懲りただろう彼女も。
それなら、もう子供へのお仕置きとしては十分だろう。
『ファルール、俺とユーリの身体を紐か何かで固定してくれないか?』
角付きディーノス――――悠理がここに来るまでに付けた名前は“アズマ”。
自分よりも体格の大きい悠理をレーレが背負って、アズマに跨る。
アズマも主人が心配なのか、じーっと視線を送っていた。
「――と言われても、そんな都合の良い物は……。ああ、これで良いか?」
ふと、地面に落ちていた布を発見し手に取る。泥ですっかり汚れてしまっているが、上物の生地に豪奢な意匠があしらわれている紛れもない高級品。
それはリスディアが昼寝をしていた際に敷いていたものである。
「ふむ、苦しくないかレーレ?」
『ああ、その位がっちり縛ってくれて大丈夫だぜ』
泥を叩いて布を真ん中から二つに裂き、一つを胴体へ、もう一つを二人の身体に袈裟懸けして固定。
これならば大丈夫だろうと、ファルールも自分のディーノスに跨ろうとする――――。
その時、恨みがましい声が聴こえて足を止めた。
「ぐすっ、覚えて……ぐしゅ……おれよ! 必ず、えぐっ……ギャフンと――」
――――まだ懲りていなかったかこの娘は……。
半ば呆れて、もう一度釘を刺しておこうと振り向く――前にレーレに止められた。
耳元でそっと『俺がやる……』と囁きながら、アズマに乗ったままリスディアの目の前へ。
『おい、ガキんちょ。お前にとって幸運なのはな、背中のバカが殺しはするなと俺にお願いしたことだ』
見下ろす、地べたにへたり込んだままの幼女を睨み据える。
それだけでリスディアは息苦しさを覚え、言葉を出す事が出来なくなった。
それでようやく理解する、悠理だけでなくレーレも化物極まりない実力を有している事実に。
『さっきも言ったがこれは警告、俺も訳合ってコイツとの約束は敗れないから殺しはしない。だがよ――』
音も無くその手に処刑鎌が握られていた。あとほんの少し、レーレが気紛れにでも手を引けば首が落ちる。リスディアがそれを理解し、見ている側も気の毒になりそうな程に恐怖に顔を引き攣らせる。
だがまだだ、まだレーレの言葉は終わっていない。――だけど、その続きを聴いてもいけない気がして耳を塞ごうとする。でも、恐怖に支配された身体はぶるぶると震えなのか痙攣なのか判別が出来ないほどに怯えて言うことを聞かない。
そうしてる間に――――放たれる。死の宣告が。
『――――今度コイツと、コイツがやろうとしてることに手ぇ出したら……殺すぜ?』
そう言って鎌を手前に引いた。
「~~~~!?!?!?」
命を奪われる恐怖心から声にならない悲鳴をあげるリスディア。
――が、その時には既に鎌は手から消えている。
『言ったろ? 殺しはしねぇってさ』
ケラケラと愉快に笑う死神らしさを思う存分発揮してご満悦のレーレ。
一方、リスディアはと言うと……。
「…………」
気の毒なことに泡を吹いて気絶していた。
『ぐげー』
アズマが顔を近づけ、フンと鼻息を一つ。最早恐怖心が限界突破した彼女はそれだけでばたりと地面に横たわってしまう。
『お前も容赦ねぇなアズマ』
『ぐげっぐげっ!』
主に敵対する小娘を懲らしめたからか、上機嫌の鳴き声が返ってきた。
『よし、帰ろうぜファルール』
「あ、ああ、そうだな……」
レーレ達の容赦のなさっぷりに若干引き気味のファルール。
ともあれ、ここに完全決着。悠理達の圧倒的勝利で幕を閉じる。
『――ちょっとやり過ぎたか?』
「――いや、これで懲りなかったらもう救いようがないから良いんじゃないか?」
そんなやり取りを交わしながら彼女達はこの場を後にする。
残された侍女達は完全にその姿が視界から消えたあとやっと我に返り、慌ててリスディアを介抱するのであった……。
うぇー、疲れたー。
喉痛いし……、もう寝るー。