英雄か覇王か
とりあえず、手直しは後回しにして投稿。
スルハから北東250km地点に広がるグリガラッソ大平原、そこに犇く影あり。
アムアレア王国スルハ攻略隊本隊、先行している約1200の軍勢。
一糸乱れる事無く行軍する様はその錬度と実力を示すものであり、たかが工房街一つを陥落させるに過大な戦力なのは言うまでも無い。
兵士のほとんどは自分達が直接動くことになるとは思っていなかったらしく、口々に疑問を並べ立てた。
白風騎士団が失敗した、それどころか本隊の指揮を務めるリスディア・ベルパルクの契約の祝福すらも打ち消した存在がいる。
興味、恐れ、嘲笑、個々に抱いた感想はばらばら。しかし、例え何がスルハに居ようとこの軍勢には成す術もあるまい。兵士の誰もがそう思っていた。
――――この時は、まだ……。
「ん? おい、何だアレ!」
先頭を行くディーノス隊が、前方約2500mを疾走する何者かを視認。
数はディーノス2匹、内1匹は角付きと、搭乗者がひの、ふの、み。真っ直ぐこちらへ突撃の構えで、搭乗者達は獲物を構えていた。
片手にグラディウスを構え角付きを操る者、同乗する小柄な影はその身に不釣合いの巨大な処刑鎌を。後方に続くもう1匹のディーノス操縦者は長剣を抜刀、万全の臨戦態勢。
「分隊長、何者かが高速で突っ込んで来ます! 攻撃の意思有り、敵であると考えられます!」
ちょっとした緊急事態に兵士達にざわめきが起き、困惑が広がる。襲撃を仕掛けられた? しかも、たった3人に?
皆、この暴挙に対して一様に不審を抱き、その真意を探ろうとする。まさか何の策も無く突っ込んで来るとは信じ難い。
しかし、ここはグリガラッソ大平原のど真ん中。伏兵を忍ばせておくにしても身を隠す場所も無く、罠を仕掛けている気配もない。
大規模攻撃系の祝福を発動させるつもりなら態々姿を現す事もないハズだ。
本当に突っ込んでくるつもりか無策で……。
ざわめきが加速し、困惑は混乱へと悪化。どう見ても数で勝る我々こそが優勢。何も心配する必要などない――ハズだ。だと言うのに酷く追い詰められた気分、戦う前から勝敗を勝手に定められた様な不可解な息苦しさ。
後方の部隊にこの空気は伝わっていないだろうが、先頭部隊は最早飲み込まれている。
「――総員戦闘態勢! 我等に逆らうなら例え女子供、多勢に無勢でも容赦するな!」
分隊長と呼ばれた男が兵士を一喝、例えどんな相手であれど、自分達兵隊がすべきは唯一つ。
仕える主君の命を忠実に実行し、その存在意義を証明すること。例えどんなに卑怯、卑劣と罵りを受けようとも、だ。
誇りを重んじる騎士と兵士の違いはそこにある。
故に分隊長の指示が下されてからの行動は実に迅速、ディーノス隊約350名総員戦闘準備――――完了。
獲物を構え、目標に向けてディーノスを走らせる。
「――本当に寡勢じゃないか……」
接敵まで残り500mを切った所で兵士の一人が我を忘れ呟いた。
男一人に女二人、小柄な赤髪美少女と白銀の美女に一瞬目を奪われる。
それ以上に、先程の一喝で消え去ったハズの困惑が再び押し寄せて来そうになるを抑えながら眼前に集中。
激突まで残り250m。
「クソっ、悪く思わんでくれよ!」
何を考えての行動か理解できないまま、兵士は剣を振り上げようとして――。
「――――えっ」
固まる、周囲を走っていたハズの仲間達が全員いない。
いつの間にか彼等はディーノスから振り落とされ、地面に寝転んでいる――いや、白目を剥いて気絶していた。
「な、何だ、何で皆――――」
異常を察知してディーノスの足を止め後方を振り返り―――――――有りえないものを見た。
「…………」
あまりの光景に唖然とする事を余儀なくされた。強制的に自身の感情をコントールされた様な事態に
対する動揺も何もない。
――――な、何だこれは?
彼の後方、行軍を続けて居たハズの軍勢は――――。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁっ!」
一人残らず倒れていた。
ディーノス部隊は元より、後ろに続く騎馬隊、歩兵隊、弓隊……。
その尽くが全滅……悲鳴を上げる他ない、全力で喉を震わせ叫びきりでもしない限り気が狂ってしまう。目の前に広がる景色は冗談でも幻でもなく現実と言うなの質の悪い悪夢。
――何故だ、どうして!? 先程まで皆いつも通りでバカ話に興じていたじゃないか。
――――死屍累々……。瞳に映る光景に名を付けるとすればまさにそれ。
身体に走る恐怖と震えに兵士は涙すら浮かべて後ずさる。嫌だ、死にたくない! こんな所であんな成れの果てに加わるのは御免だ!
「――――あ」
その場から逃げ出そうとして――絶望する。既に退路など存在しない事に。
己の背後に立つは敵、たった三人。1200に触れもせず黙らせたであろう怪物。
「ば、化物共めぇぇぇぇぇぇぇッ!」
死にたくない、ただその一心で剣を振り上げる。その蛮勇に小柄の美少女が応じ、ディーノスの背を蹴って飛び、空中で処刑鎌を構えた。その姿はさながら処刑台。
『ヒデェなぁ―――ま、当たってるけどよ!』
空から落ちてくる彼女はそう嗤った。妖しくも美しく、狂気を込めて。
筆舌に尽くし難い壮絶な表情を網膜に焼き付けて、兵士の意識は途絶えた……。
こうして、1200人との戦いは個々にあっけなく終わり、彼等は残りの800を目指す。
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――――
「取り敢えず、7割は潰したよな?」
平原を抜けて森の中に入る悠理達。先行していた1200はきっちり自由を奪ってある。気絶している相手なら発動条件など関係ないらしい。
念の為、野生動物に襲われないようにレーレの眷属達に見張りとして置いて来た。
何かあれば主の元に連絡が来るだろう。
『ハッハッハッ、楽勝楽勝!』
久々に存分に力を振るって大喜びのレーレ。ここ数百年の間は大きな戦い起こることも無く身体が鈍っていくばかり……。故に今回は大いに張り切ったてた――少々張り切り過ぎたかも知れない。
まさか、兵士だけでなく周囲にいた小動物達も気絶させるとは……。
「改めて言わせてくれ――――何て出鱈目なんだ二人とも……」
頼もしいと感じると同時に恐れを通り越してひたすら呆れる。
かつてこんな馬鹿げた上に一方的な戦いがあっただろうか?
あったとしても、数百年前に起こったとされる神をも巻き込んだ争い以来だろう。間違いなく。
(しかも、唯の一人も殺さずに済ませるとは)
タネを明かそう。レーレは死神の力を広範囲に解放して1200の兵士達を半殺しにした。いや、正しく表現するならば魂を半分だけ引っこ抜いた――とでも言えばいいのか……。
死神は魂を回収することが仕事、死んだ人間の魂は勿論、生きているなら自らの手を下して刈り取るのも必然。しかし、明かに死神の仕業と気付かれてはマズイ場合がある。
そう言う時には先程の1200にやった様に、身体を一切傷付けず魂だけを刈り取る技を駆使して回収を行う。今回は殺しはするなとの悠理からのお願いにより半殺しで済んだ訳だが……。
それを幸運と呼ぶかどうかはファルールは判断しかねた。当人達には強烈なトラウマになっているに違いない。傍から見てもあれは酷い。
戦う以前の問題だ。子供と大人の差――――いや、蟻と巨人との差とでも称するべきか?
とにかく、結果が解りきった勝負だと言うのは間違いない。
「レーレ、まだまだ行けそうか?」
森の中を進みつつ、同乗しているレーレに気を配る。今のところ作戦は順調、彼女も良く働いたと褒めてやりたい程だ。しかし、残りを片付けるまで安心は出来ない。それまではその力を当てにさせてもらうつもりだ。
『あったぼーよ! 力もバッチリ補充したからな。まぁ、しなくてもこの程度だったら一万でも二万でも余裕余裕!』
肩をぐるぐると回して元気一杯の返事、今日はなにやらテンションが高い。こうして思う存分力を行使できるのだから気分が高揚しているのも頷けるが。悠理はそれだけではないと感じている。理由は解らないが、何か良い事があった、そんな気配。
「おお、頼もしいかぎ――――ん? 補充?」
僅かな引っ掛かり、何か聞いてはいけないような、知ってしまったらマズイ単語が耳に届いた気がして反射的に聞き返す。
『――! な、何でもねーよ! ほら、さっさと行くぞ!』
――――が、やはり聞いてはいけない事柄であったらしく顔を真っ赤にして睨まれる悠理。
あと、何故か並走しているファルールも顔を赤らめていたが、レーレと同様に聞かない方がいいのだろうと判断する。
「お、おう。この調子なら案外早く終わりそうだな――――まぁ」
空へとグラディウスを掲げ、虹の光を放出。粒子はたちまち半透明の盾となって彼等の周囲に展開し、森のあちこちから飛んできた矢を砕いていく。
この“虹の盾”は悠理が操るエネルギーの粒子が高速回転によって渦巻いているもの。
さながら停滞するカマイタチ、強烈なエネルギーによるミキサー、とでも言えばいいのか。
「油断も慢心もしないけど、なっ!」
言いつつ剣を振る、既にグラディウスは攻撃仕様に切り替え済み。剣から放たれた衝撃波が森を揺るがし、隠れていた敵をあぶり出す。
先行した1200の末路を見ていたのだろう。敵はあからさまに接近戦を避け、こうして遠距離からの射撃しかしてこない。それさえも通じないとなると――――――――最早逃げの一手。
戦う事を放棄し、敵に背を向け逃走を始める。何処へ逃げると言うのか、そもそも何故逃げ切れるなどと考えたのか?
『狩りじゃー!』
彼等が逃がしてくれるハズも無い。結論に至った頃にはもう遅い。
圧倒的な力の前に平伏され、気絶させられる。
「狩りじゃ狩りじゃ!」
二人は完全なコンビーネーションによって次々と敵を捕縛していく。
微塵の容赦も慈悲もない――――いや、殺してはいないのだから慈悲はあるのかも知れないが。
「――――私もいつかこれに馴染んでしまうのか……」
敵の背を追い続ける主と戦友を追いながら溜息を一つ。
――何はともあれ、こっち側に居ることを選択したのだからいずれは慣れてしまうのだろうか。
――――それも悪くは無いのかもな。
だが、今はこの戸惑いを持った常識人のままでいよう。
目の前で広がる狩人達の狩猟にファルールはもう一度溜息をついてその背を追い続ける。
この戦いの決着までそう時間はかからない……そんな確信を抱きながら……。
うおー、かなり味気ないかナァ……。
大規模戦闘なんて書ける技量が無いのは承知だったんですけどね……。
まぁ、死神がオーバースペックだって知ってもらえればそれで良いかな、と言う感じではありますが。
あと、2~4回の間で本隊襲撃編は終わりですかね。
あくまで予定ですけど。