邂逅せし召喚者達・再開と再会はいつの間にかに
うごご…………、中々上手くいかなーい!
いつもの事とは言え、精進が全然足りねぇ…………。
もっとちゃんと勉強すべきだよなぁ――――方法がないのと時間が取れない事からは目を逸らすとしてさ…………。
「おーっす、帰ってきたぞー!」
――――自称、自由の使者を名乗る男“ユーリライト・ヒロイック”。
彼に連れられ砂漠を突っ切ること十数分。辿り着いた洞窟は砂嵐を防ぐには絶好な場所であった。
今までの発言から考えるにユーリライトはここをねぐら、もしくは拠点にしていたのであろう。進み方に迷いがなく、一直線にここへ来た事からもそれは明らかだった。
「おぉ、無事でしたか!」
洞窟へと響き渡るユーリライトの帰還の声を聴き、奥から男が一人駆けよってくる。恰幅の良い、小洒落た格好の中年だ。その表情は心配と、帰りを待ちわびていたと言う気持ちが半々。
ユーリライトの身に何の変化もないことを確認すると、その表情が安心感からほっと弛む。
すると、男の背中から小柄な少女が元気良く飛び出てきて、中年とユーリライトの間に割り込んだ。
「オジサンお帰りー! どうだった?」
期待する様な目で自身を覗き込む少女に、ユーリライトはコートの下から首飾りを取り出す。
「応よ、落としたってブツはこれで良いのか?」
「あー! これだよこれ! 良かったぁ……」
「もううっかり落とすなよ?」
「……うん、ありがとねオジサン!」
手渡された品は少女が求めていた物だったのらしい。喜びにぱあっと笑顔を咲かせ、礼を言うと少女は洞窟の奥へと走り去っていく。
「私からも礼を言いますぞユーリライト様。亡き妻の形見をよくぞ――――」
「別に良いって、困った時はお互い様だろ?」
どうやら、中年と少女は親子だった様だ。そして先程の首飾りは、彼にとっては妻であり、少女にとっては母親の形見であったらしい。更に言えば、ユーリライトはあれを探す為にこの砂嵐の中を――――いや、砂に埋もれて捜索は困難を極めるだろうと解っていて、それでも尚、首飾りを探しに外へ出ていたのだ。
礼を言う中年男性は、本当に心底助かったっと言う感じで、深々とお辞儀をしている。
(――――ワタクシ達を助けた事といい、余程のお人好しなのでしょうね…………)
二人の会話を聞きながら、イーシャはユーリライトをそう分析する。男の礼に対して、困った時はお互い様――――そう言える所からもそれは明らかだ。
―――ほんの少しだけ、イーシャは彼を眩しく感じて、けれどもそんな人物に何処か好感を覚えて、心がくすぐられた様な気がしてうっすらと笑ってしまう。
「――――ははっ、そうでしたな。所で……そちらの方々は?」
ユーリライトとの会話を済ませた男が、イーシャと、その背中に負ぶさった咲生を見て首を傾げていた。
――――ちなみに、イーシャが咲生を背負っているのは、彼女がそうしたいと希望したからであり、ユーリライトが奥さんの怒りを恐れたからではないと付け足しておく。
「ああ、拾い物さ。奥で休ませたいんだが、良いか?」
「私共は構いませんが……奥方に怒られても知りませんぞ?」
「だ、大丈夫だろ? 確かに一人にさせて拗ねた所へ見知らぬ女を連れ帰ったらマズイ気もするが……」
拾い物と言われてイーシャの笑みはムッとした物へと変わり、中年の男は大凡状況を理解した様で、頷きを一つ。そしてユーリライトは奥さんの不況を買う可能性を突きつけられ苦い顔。
どうやら相当嫉妬深く、根に持つタイプの女性らしいのはイーシャも安易に想像できた。
「ちゃんと弁解するのですぞ? 夫婦円満の秘訣でも教えましょうか?」
「――――いや、そう言うのは自分で探ってくよ。ありがとな」
「いえいえ、では私はこれで……」
そうして会話を終える二人。中年男性はお辞儀をすると、洞窟の奥へと消えて行く。
場から邪魔者が消えると、イーシャは胸に抱いた不満に唇を尖らせた。
『――――誰が拾い物ですか、誰が』
「まぁ、気にすんなよ。とりあえず付いてこい」
抗議の声はあっさりと流され、ユーリライトはそのままはぐらかす様に洞窟の奥へと進む。
仕方なく、無言でその後に続いていくイーシャ。歩いていくと、そこは想像以上に広々とした空間だった。
奥へと進むにつれて、先程の二人の他にも大勢人が居たと気付く。皆、思い思いに休み、疲れを癒して理居る様だった。そんな人々の格好、そして手荷物と言うヒントから、イーシャはある共通点と、彼等の職業に思い至る。
人々は歩いていくユーリライトに各々挨拶しながら、それと同時に箱や鞄に詰まった道具を整理している最中だった。その手つきや、品を確認する目つきは紛れも無く本職のもの。
『彼等は――――行商人ですか……。アナタが率いている……と言う訳じゃ無さそうですわね』
「ああ、コイツらとは砂漠の横断中に会ってな。ここを抜けられる目処が経立つまで用心棒として雇われてんだ」
イーシャが出した結論に頷くユーリライト。
彼等はその通り行商人だが、より正確に彼等を称するならば――――行商隊。
大胆にもこの“シユラギ砂漠”を基本的な行商ルートとして活用するやり手の商人達だ。
――少し彼等についての話を簡単に補足しよう。
いつもなら、今頃問題なく砂漠を抜ける予定だった彼等だが、遡る事二日前、雇っていた護衛部隊がモンスターとの戦いで逃げ出してしまうと言う憂き目に会う。
そこを通りかかったユーリライトに助けられ、彼に護衛を依頼し、現在に至ると言う――――実にシンプルな話だ。
『確かにアナタほどの強さがあれば安心でしょうね』
「まぁ、あんまり仕事ねぇけどな。――――っと、あれが俺と奥さんのねぐらだ」
お喋りをしている間に辿り着いた場所は洞窟の一番奥の行き止まり。
指差しされた場所には二人で休むにはちょっとばかり窮屈そうなテント。相当に使い込んでいるのだろう。見るからに古く、テントとしての機能は必要最低限を何とか維持している様にしかみえない。
――――が、彼等には彼等の事情がある。きっと愛着でもあるのだろうと、イーシャは黙っておく事にした。
ユーリライトはそんな彼女の胸中に気付く訳もなく、中で休んで居るでハズの奥さんへと呼びかけを行う。
「おーい、レイラ~。今、帰っ――――」
『――――遅ぇぞユーリッ!』
――――彼が全てを言い切る前に、テントから何かが高速で飛び出してユーリライトの身体にガバッと抱きついた。あまりにも素早い動きに驚いて、イーシャは確認出来なかったし、彼の身体に確りと抱き付いていてその姿は今も見えないまま。
それでも解った事はいくつかある。身長は百六十cmに届くか届かないか辺り、髪は後ろが短く、前髪の横部分は顎先まで垂れていると言う変則的な髪型。
髪の色は――――少し自分に似ていると思った。ただし、イーシャの真っ赤な髪色とは濃さが違う。
あちらの方がかなり薄い。それと肌色もそうだ。黄色よりは白に近い綺麗な肌をしている。
そして身体付きから察するに少女から大人へなりかけている――――年齢からすれば十六~二十歳くらいのそれ。しかし、声にはまだ幼さが残っているから判断は早急か。
胸は小振り、だがそれでもしっかりと女性らしさを主張する確かな胸の膨らみ。
(――――明らかに若そうな奥さんですわね。人の趣味をとやかく言うつもりはないですけれど、これは流石に…………)
美少女と野獣――――頭の中にそんなフレーズが浮かぶ。強面なユーリライトが、若々しい奥さんを連れているならば避けては通れない評価かも知れない。
そん風にイーシャが考えを巡らせている間にも夫婦の会話は続く。
「お、おう、悪かったな」
『うるせぇ! こう言う時は言葉じゃなくて――――ん!』
遅れた事に謝罪をすれば、少女は更に怒った――――フリをして瞳を閉じ、帰りを待ち続けた旦那様へ唇を突き出していた。これにはユーリライトも面食らった様で――――――――。
「――――何この可愛い生物。……それじゃ、失礼して」
『んっ、ちゅっ……』
一瞬唖然とするも、自分の妻からされたおねだりを男が嬉しいと思わないハズがない。
逡巡などする訳もなく、要求に応えて唇を重ねれば、少女は嬉しそうに自分からも唇を押し付けていく。
『さ、寂しかった…………んちゅ、ちゅる…………ぷはっ……だからな!』
唇の接触音は吸う音からいつしか啜るものへと変わり、純粋に再会を喜ぶ為のキスから、欲望を刺激し、快感に耽るキスへと淫らな空気を孕んで変化していく…………。
『ッ!? ひ、人前でなんて大胆な!』
その光景――――いや、ユーリライトの背中越しで良く解っていないのだが、ナニが行われているかは雰囲気でイーシャにも伝わるのは当然と言える。
そして淫らな空気に当てられて思わず絶叫したところで――――。
『むぅ……?』
叫び声に反応した少女が、初めて何かに気付いた様に愛する男の背後を確認して…………。
『――――あ』
『――――むぐっ!?』
――――イーシャとバッチリ目が合う。ようやくこの場に第三者が居たと言う事実に気付けば、絶叫するのは少女のば番だった。
『ぎぃやぁぁぁぁぁッ!? ユユユ、ユーリッ! ど、どーしてコイツが此処にいんだよ!』
顔を凄い勢いで真っ赤に染め、それを見られないようにユーリライトの胸に顔を埋めながら、指だけは確りとイーシャを指し示して問いかける。
「ああ、帰ってくる途中で拾――――ん? お前ら知り合いだったのか?」
『い、いえ、初めてお会いしたと思いますけど……』
解答中に違和感を感じたユーリライトがイーシャへと確認を取るが、彼女はゆるゆると首を横に振るだけ。その頬は少女程は無いが紅潮してるのが解り、目の前で行われた口の吸いあいに中てられたのか、恥ずかしそうに視線を彷徨わせている。
そんなイーシャに少女は不満そうに声を荒げて――――。
『あぁんッ? テメー、俺を忘れ――――あっ』
『な、何ですの?』
『い、いやいや! なんでもねー、なんでもねー……。――――危ねぇ、今の俺はレイラだってこと忘れてたぜ……』
――――墓穴を掘りそうになった事に気付いて慌てて口を引っ込めるが、それでも情報は漏れてしまっている。聡いイーシャにはそれだけも十分な推理材料になると、思った時には遅かった。
『……今の? それにその荒っぽい口調……。何処かで聞いたような……』
ユーリライト・ヒロイックの妻である彼女に、記憶の中に居る誰かがダブりかける――――が、どうしてもその姿は完全には重ならない。口調こそ似ているが、見知った彼女の姿とは似ても似つかないからだ。
それでも彼女は違和感の正体を掴もうと頭を働かせようとするが――――。
『お、俺はレイラ・ヒロイック! このユーリライト・ヒロイックのおおお――――奥さんだ!』
ユーリライトの元から飛び出した少女――――レイラに両手を掴まれ、強引に握手された事で思考は雲散霧消した。――――その顔は探していた少女とは明らかに違う。
感情豊かで、誰かを愛する女の顔で、少女のままで時を止めた彼女と違って大人だった。
ガッカリした様な、ではどうして目の前に居る女性と、記憶の中に居る少女――――レーレ・ヴァスキンが重なりかけたのか?
『は、はぁ、初めましてレイラさん。ワタクシはイーシャ・グライクェンと申します。旦那さんには偶然助けて頂きまして…………』
――――そんな疑問を抱きつつ、イーシャは一先ず自己紹介をするべきだと、律儀にも丁寧な対応を取る。
自分が抱いた奇妙な感覚はきっと気の所為だったのだと、気を紛らわすような素振りで会話に逃げたのも――――きっと気の所為なのだろう…………。
ぎこちなくやり取りを交わす二人を見ながらユーリライトは頬を掻き、どうしたものかと思案する。
(――――別に偶然じゃなかったんだが…………。まぁ、黙っていて欲しそうだったし言わないでおくか)
――――イーシャ達を見つけたのには理由があり、助けたのはそう依頼されたから。
しかし、その依頼人はここに居ないし、内密にとも言われている。
ならば、言わずにおくのが無二の正解。今はそれで終わり、追及の手は誰も伸ばさない。
――――いつか自然と明らかになるその日まで、謎は謎のままなのだ……。
次回、目的の合致。