番外編・キサラの守り刀・前編
――――色々やってて、気付いたら夜になってて時間なくなちゃった上に、眠いわ腹痛いわで、頭全然働かなかったよ…………。
番外編になっちゃいましたけど、思ったより長くなりそうだったので分割商法。
――――――――キサラ村郊外の森、その深奥に洞窟あり。
中はかなり大きな空間となっており、そこに神社で言う拝殿と似た役割を果たす社が建っている。
名を“キサラの社”。代々、“巫女”の家系が祈祷や儀式を行ってきた場所だ。
里見咲生をこのノレッセアに呼び寄せた召喚儀式もここで行われた。現在はクーネットが、村に満ちた争いの穢れと、咲生の悲願成就、及び旅における安全を祈って祈祷している。
――――ハズなのだが。
『…………はぁ、サキ様大丈夫かな?』
社から溜息、浮かない顔は集中が乱れている何よりの証拠。事実、複雑な祈祷の手順、儀式において重要な言葉の羅列は零した息によって中断されていた。
――――無理もない。彼女は知らないだろうが、咲生達が旅立ったのは先ほど漏れた溜息と同時。
それを無意識に感じ取ったのか、振り切ったハズの心配と不安が込み上げてしまったのだろう。頭を締めるのは己が呼び寄せた異世界召喚者…………。
先祖を共にする遠い血縁者である少女――――里見咲生。彼女がこれから歩む苦難の道を思えば、心配で他に手がつかなくともそれは何ら不自然ではない。
『ハッ!? いけない、いけない! 儀式に集中しなきゃ…………』
――――それでも、この儀式が何の為、誰に捧げる祈りであるかを考えればやり遂げねばならない。
気を取り直したクーネットは再び儀式に取り掛かろうとして…………。
『クーちゃぁぁぁぁぁぁん!』
社の中へ飛び込んで来た元気な叫び声と、自分へと飛びついてきた少女に心臓を思いっきり跳ね上げさせられた。
『うわぁぁぁぁぁっ!? ル、ルルル、ルルちゃん? どどど、どうした、の?』
胸に手を当ててバクバクと高鳴る鼓動を抑え様としつつ、クーネットのテリトリーである屋敷に侵入した少女に問いかけた。
『何ってクーちゃんの護衛に来たに決まってるじゃない!』
垂れ耳のクセっ毛セミロング、元気一杯に遠慮なく身体へベタベタと抱きついてくる知り合いは唯一人。
――――“ルルル・キサラ”、キサラ村を統括する“御三家”が一つ“守人”の家に生まれた子だ。何を隠そう、クーネットの大親友でもある。
ちなみに“守人”は村の自警団とも言える存在だが、非常時には“巫女”を護衛する役目も担っているのだ。
『え、でも、ここは“巫女”以外は入っちゃいけないって……』
『何言ってるのさ、キサラ御三家“守人”が次女、このルルル・キサラなら許されてとーぜんよ!』
――――ここは神聖な儀式を行う場。例え“御三家”同士と言えど、ここへの出入りは容易ではないハズなのだが…………。ルルルは漫然の笑みと自身有り気に大丈夫だと言い切っていた。
『えっ、お爺様達から許可が出たの?』
お爺様――――と言うのは、キサラ村の賢人と呼ばれる老人達を指す。村の統括は“御三家”に課せられた役目だが、そこに対等の立場で意見を述べ、支える存在が居る。それが“キサラ賢人衆”。
儀式や祈祷における決まりごとは全て彼等が定めたもの。であれば、彼等からの許可があればここに出入りしても問題はない。唯、クーネットが不思議そうにルルルへ尋ねた事から察するに、その許可が降りることは極めて異例なのだが――――。
『いや? とってないけど、多分だいじょーぶ!』
『――――怒られても知らないよ?』
あっけらかんと無許可でここへ立ち入ったと言うルルルに、半ば予想通りだった答えに眉をひそめるクーネット。一人が決まり事を破ればそれは他の村人にも伝播する。
ましてや彼女は御三家の一つ、“守人”が次女。立場から考えればこの行為はかなりマズイ。
けれど、そんな巫女の心配を余所に、垂れ耳少女はにっこりと能天気に笑ってみせる。
『アッハッハッ、そんなの慣れっこだもん。ウチはクーちゃんの事が一番大事なのだ。へーき、へーき』
抱きつかれた背中越しから響く明るい声。でもそれは、紛れもない彼女の本心。
まじりっけなしに純粋な、大好きな少女への気持ち。あまりにストレート過ぎて陳腐かも知れないが、だからこそ解りやすい。
――――ルルルは本当に怒られても構わないのだ。自分の立場など知った事ではない。
大好きなクーネットが落ち込んでいる時に、その傍で励ますこと。それが彼女のやるべき、己で定めた使命。“守人”の娘――――なんて型に嵌った枠ではなく、“ルルル・キサラ”としてどうあるべきか?
そう考えた時、彼女の思考回路は全てクーネットを最優先してしまうのだった。
『――――もうっ、調子良いんだから…………。でも、ありがとね?』
決まりを破るのはいけない事――――と解っていても、彼女の率直過ぎる気持ちは胸にじんと響いて、クーネットの心を暖かくしてくれる。
礼を言いながら、抱きつくルルルをひっぺはがして向き合うと、彼女はやはり満面の笑みで――――。
『お礼は唇へのチューで――――良いのよ?』
――――とんでもない要求をしていた! が、これはいつもの事だ。
クーネットはおふざけだと思っているが、ルルルにとってはかなり真剣だったりする。
まぁ、良くも悪くも普段通りの二人…………であれば、当然この後に訪れる展開もお決まりだ。
『ダーメ! 初めては素敵な旦那さんに捧げるって決めてるんだもーん』
『そ、そんなっ!?』
微笑みながらそっぽ向いて断りの常套句。と言っても、クーネットのそれも本心だ。
大好きな旦那様にファーストキスを捧げたい――――子供の頃から言っていた事を、今も変わらずささやかな願いとして持つ純粋さと、自分の割り込む余地が欠片もなさそうな気配にルルルは思わず絶句した。
しかも頭を抱えて本気で落ち込んでいる様子。その姿が何だかおかしくて、クーネットから思わず笑いが零れる。
『あはは…………。それにしても――――サキ様達は大丈夫かな?』
『やっぱり心配?』
――――が、零れたのは笑みだけなく、心に留まっていた心配事もだった。
親友の声音から何かを感じ取ったルルルが、落ち込んだ状態から即座に復帰し、話をあわせてくる。
『それはそうだよ。だって、サキ様の祝福は――――』
『――――“暴走する望み”……。ご先祖様の言い伝えを、まさか子の目で確認する日が来るなんてね』
『時間も無かったし、この先祝福に頼らないで済む訳ないから、あえて“英雄キサラの末路”は言わなかったけど…………』
『祝福が言い伝え通りならそっちの方も信憑性高いよね…………。確かに心配かも』
――――そう、二人の心配事は咲生に宿った祝福にある。彼女たちと咲生の祖先である“英雄キサラ”……。
召喚された少女が手に入れた力は、まさしく先祖が使ったそれと一致する。であれば、その身に掛かる負荷や最期に降りかかる悲劇…………。たかが伝承と笑って捨てられない。
でも…………言えなかった。咲生の決意に水を差す訳にはいかないと、そう思えたから。
しかし、やっぱりそれは後悔だ。だから今もこうして不安で心配で、何か力になれないかと考え続けている。――――本当は今すぐにでも追いかけて力になりたいのだけれど…………。
『――――うん、でもウチはここで儀式をしなきゃならないし。レディさんにはマコトについててもらないといけないし…………』
『ルガーナとガル――――“ツルギ”の子達が帰ってくるのは一ヶ月位先って話しだしねぇ。ウチ等、“守人”だって、“ツルギ”が居ない間は、村とクーちゃんを警護しなくちゃいけないし…………』
他の村人には頼れない、咲生の旅に付いて行ける様な人材が居ないのだ。かと言って、山奥でひっそりと暮らしてきた彼女達には他に知り合いも――――居ない訳ではないが、力を借りれたとしても、それは大陸南方のとある街、彼女が住む“ヨモツ”だけの話だ。
行方不明となっていた“ツルギ”の面々に後を追いかけてもらう…………と言うのは有り得ない。
一刻も早く村に戻ってきて元気な顔を見せて欲しい。その為に咲生を呼び寄せたのだ。
――――だが、その彼女もどうにかして手助けしたいという気持ちもまた真実。二律背反。
助けたかった人達と、今助けたい人。どちらを優先すべきかなど、正しい答えはあるまい。
『誰か他に頼れる人が居れば――――』
口から漏れるのは本心にして願い。けれどそれは虚しく響くだけで、受け取ってくれる誰かは何処にも――――。
『――――拙者が行こうか?』
『ひゃあっ!?』
――――居ないハズだった。けれどもクーネットの背後から、確かに願いを受け止める声がした。
唯、見事に不意を突かれ驚きのあまりに飛び上がって、クーネットは思わずルルルに抱きついてしまう。
『わっ! ね、ねーちゃん!?』
大好きな少女に抱きつかれて役得と思う暇は彼女にもない。目の前に居た人物、顔が前髪で隠れている――――と言うレベルじゃない。僅かに口元が覗けるだけで、顔全体は髪の毛で隠れきっている。
そんな不審と言うしかない人物は――――ルルルの身内だった。
妖怪髪顔隠しとも言うべき女性は、驚く二人を置き、再度話を振る。
『この不肖、キサラ御三家“守人”が長女、メメメ・キサラが、サの勇者を補佐しよう』
――――その申し出にクーーネットとルルルは、驚きのあまりに揃って口をあんぐりと開けるしかなかったのである。
明日は後編か、本編に行っちゃおうかなーって感じです。