召喚されし少女・朝陽が昇ればそれが合図
今日もちょっぴりオーバー。
何だかんだで長くなっちゃった。
――――つーか、ブクマ減っちまって、未練を振り切る様に執筆してたんだぜ…………。
――――里見咲生が異世界ノレッセアに召喚されて五日目の朝。
太陽が山間から顔出し、鶏に似た声が響く早い時間。死神イーシャと咲生、そしてレディ・ミステリアの三人は村の郊外、森の入り口へと集合していた。
彼女達以外の姿は見えない。出発を見送る者も居ない。
最もそれは好都合と言うもの、ロクに面識も無い住人達に見送られた所で何の感慨があろうか。
唯一してくれそうなクーネットは既に森へ行き、昨夜咲生に語った儀式の準備を行っている。
それにレディがクーネットとレディが事前に手回ししてくれたらしく、ここへ近付く者も居ない様だった。
『――さて……、準備はよろしいですか?』
背中に大きな旅行鞄を背負いつつ、イーシャが腰に手を当てて咲生へ問う。
鞄の中身は長旅に必要であろう一式が詰め込まれている。主に食料や調理器具はクーネットから、下着や路銀に至っては何処からかレディが用意してくれた。
外界と交流が絶たれるこの山奥では、金と言う概念は殆ど意味を成さない。
しかし、これからの旅には必須の代物。イーシャはどうするか悩んでいたらしいが、見事に解決したのでホッと胸を撫で下ろしていた。――――唯、見覚えのある下着を持って来られた際は激しく動揺したが、咲生も似たような反応だったので、深く考えない事にする。
「……ちょっと眠いけどだいじょ――――ふあぁぁ……」
旅立ちの朝とは思えないほど能天気な欠伸。緊張の欠片もない、と叱責されるかも知れないが朝は大の苦手な咲生だ。地球に居た頃はまずしたことすらない早起きは身に堪えると言うもの。
「確りなさい咲生。長い旅路の始まりなのですよ?」
盛大な欠伸を注意したのはレディ。義姉の流海を髣髴とさせるお叱りに、『うっ』と息を詰まらせる。
「わ、解ってますよ…………。イーシャ、ここからグレッセ王都まではどれくらいかかるの?」
妙に懐かしい雰囲気に戸惑いながらも、旅の第一目的である“虹の男捜索”へ話を切り替える。
レディからもたらされた情報によれば、現在は大陸南方グレッセ王都に居ると言う。
昨日は結局、クーネットと少しお喋りした後はつい三十分前までぐっすりだったので、打ち合わせはほぼしていなかった。案内役が居て心強いと思う反面、『もしかして私、イーシャの足を引っ張るだけなんじゃ……』と言う現実に気付いて内心はちょっと凹み気味だ。
そしてイーシャからの返答はそれに拍車をかける事になる。
『徒歩で行ったら二ヶ月弱ですわね』
「――――は? そ、そんなにかかるの!」
――――ここは大陸東方と南方の境界線に位置する山脈。その深奥に位置するキサラ村。
峻険な山々を抜けて南方へ辿り着くのにはかなりの時間がかかる。
キサラ村の住人はほぼ全員が獣系亜人種である為、足腰は人間よりも数倍頑強だ。
だから彼女達が村から出る――――機会は少ないが、出るとしても普通の人間よりは速く下山可能である。
何せキサラ村の住人はほぼこの山で一生を終える。だから山の環境に慣れきっており、移動方や危険な場所は把握済み、効率的な移動が出来るのが大きな理由だ。
逆にこの山に入る部外者はまず乗り物を用意をする。ディーノスや、空を飛ぶ動物等、移動方法は様々だが、徒歩で入る事は先ず避けるのが普通だ。よほど山に慣れているか、ガイドでもつけない限りは咄嗟の判断に困るだろう。
それほどにここ一帯は普通の山とは異なって危険も多いのだ。
『ワタクシは空を飛べますから、そんなにかかりませんけど…………。ああ、アナタも一応近い事は出来ましたわよね?』
――――飛べるとは言っているが、イーシャもどれ位かかるかは正確には掴めていない。
何故なら、彼女もここへは飛んで来ていないからだ。召喚儀式の“召喚”は、契約に力を貸した死神の事も含まれている。
何故、そんな形式になっているのか? と言うと、イーシャも詳しくは知らないが……。
まぁ、膨大なエネルギーを要求する召喚儀式だ。何があっても不思議ではないと思っておく事にする。
「えっ? あ、ああ、祝福を使ってる時の事は殆ど覚えてなくて……」
対して咲生であるが、グウェイ戦で使用した爆発を推進力とする“空中跳躍”、または“多段ジャンプ”と呼ぶべきスキル。確かにアレを使用すれば障害物を飛び越え、飛行と変わらぬ感覚で移動可能な訳だが…………。
――――困った事に咲生にはその記憶がほぼ無かった。何せ祝福に意識を交代していたと言っていい状態だ。
うっすらと記憶に残る程度で意識してやれるか…………と問われるとかなり怪しい。
そしてその感覚は第三者であるレディ発言によって明確なものとなる。
「咲生は祝福を使う事に慣れていませんし、この子がアレを使いこなせるのには時間がかかると思いますよ? ――――よって、移動の足を確保せねばなりません」
『…………と言いましても、東方はディーノスの生息地が極端に偏っていませんでした? 少なくともこの近辺には居ないし、南方に入ってから調達するにしても二十間程かかるのでは?』
流石は五百年以上生きる死神といった所だろうか? 各地域の情報もさる事ながら、調達に関する計算も中々に優秀だ。確かに彼女の言う通り、この東方ではディーノスは他よりも生息地、及び目撃例が少ない。
ましてやこんな山奥に居ると言う話は聞かない。居るとしたらキサラ村でも飼育されていてもおかしくないだろうに。
そして南方に入ったところで都合よく街でディーノスを調達できるとも限らない。
普通の馬で良いならば手に入るかも知れないが、疲れ知らずのディーノスと比べてしまうと些か旅路には心許ないと言えた。
「――――イーシャ、貴女は重要な事を見落として居ますね」
しかし、そんな正確な見立てをレディはゆるゆると首を振って否定する。
解っていない。その計算にはイレギュラー要素が足りないとでも言うように。
『ワタクシ、計算は得意ですのよ?』
「ですが、その計算を上回る要素もあるのですよ」
『――やけに自信ありげですわね……。参考までに聞かせていただけます?』
得意と言うだけあって自信があるのだろう。レディの意味深な言い方に若干ムッとしながら、イーシャが訊く。
「簡単な事ですよ。それは…………」
『…………それは?』
場が一瞬、静寂と奇妙な緊張感で満たされる。レディはたっぷりと溜めてから、旅の足を引っ張るその致命的な要素を明かした。
「――――咲生は運動が苦手なので、祝福抜きだったら軽く倍以上はかかると言う事です」
『…………は? まさかそんな――――』
――――何の冗談ですの? これから長い旅になりそうだと言うのに、体力や運動に自信がないというのは困る。流石にこれは冗談だろうと、イーシャが咲生を見れば…………。
「――――――――あ、あはは…………」
――――そこには全力で目を泳がす咲生の姿があった!
『ちょ、ちょっと、本当ですの?』
「ご、ごめん。実はこの間の戦闘でまだ身体中があちこち痛くって…………」
あまりに洒落にならない最大の障害を突きつけられ、思わずイーシャも咲生へ詰め寄る。
彼女は瞳を逸らしながら、自信の状況を告白。生来の運動不足、運動音痴が祟ってか身体の節々は未だ悲鳴を上げ続けている。勿論、上級死神相手にあれだけ身体能力を強化して挑めば、こうなるのは仕方ない。
けれど、咲生が寝ている間にレディが緑色の光で治療をしていたのをイーシャは知っている。
だと言うのに、未だ疲れが抜けないだと言うのであれば、もうハッキリ言って彼女肉体が弱いと切って捨てる他無い。
――それでも、真琴の為ならばと気力で身体を動かしている点には感心するが…………。
『ど、どうするんですのレディ! このままじゃ、レーレさんの純潔が!』
これでは計算が狂う。咲生のペースに付き合っていたら二ヶ月弱が半年になってもおかしくない。
それでは困ると、テンパりながらレディの身体を激しく揺さぶるイーシャ。
「大丈夫、です。ちゃんと、考えて、あります、から」
首をがっくん、がっくんと跳ねさせながらも、レディはいつもの調子で喋っていた。
そんな様子を『ど、どうしよう!』と、咲生が対応に戸惑っていると……。
『おーい! おねーさぁーん! 言われた通りの物を持って来たよー!』
背後から元気一杯の声が聴こえ、振り返れば垂れ耳の少女が、身体の倍はあろうかと言う大きな荷物を背負ってこちらへ駆けてくるところだった。
――確か、死神襲撃時にクーネットを見つけてスライディングして少女だっただろうか?
「ああ、ありがとうございます。ルルルさん」
『いえいえー、それじゃー勇者様達、お気をつけてー!!』
ルルルと呼ばれた少女は荷物をそっと地面へ降ろすと、人懐っこい笑みを浮かべて森の中へと消えて行く。直後、『待っててねークーちゃあぁぁぁぁん!』と言う叫びが聞こえたが、とりあえず誰も突っ込まなかった。
「あのこれは――――」
垂れ耳少女が置いていった物体を見ながら咲生が首を傾げる。
いや、物の正体が解らなかったからではない。むしろ、見慣れた事がある故に困惑したと言えば良いのか……。間違いなく森の入り口に置くには場違いな代物だったのだ。
イーシャも咲生同様に首を傾げて、それをしげしげと眺めた。目の前にそびえるのはどう見ても――――。
『――――木製の扉…………ですわね。しかも、この村には似つかわしくない様式ですけど』
そう、それは大きな扉。様式のドアノブが着いたもの。
このキサラ村は古き良き日本家屋風の建築物だらけだと言うのに、こんな物が一体何処にあったのだろうか?
――――頭から湧いて出てくる疑問を余所に、レディが扉の横に立ち咳払いを一つして…………。
「えー、コホン。どこでも扉~♪」
――――相変わらず抑揚の無い声で、何処かで聞いたことのある台詞を言っていた!
「…………はい?」
思わず聞き返す咲生だが、成程と思ってしまう部分もあった。確かに形はそれっぽくはある、これでピンク色だったら完璧だったかも知れない、と。
『……茶番は良いですから本題を』
しかし、現代日本人ではないイーシャには通じるハズも無く、茶番と吐き捨ててレディに本題を促した。
謎の女はリアクションが薄かった事に、何処かがっかりした雰囲気を見せながらも、求められた回答を返す。
「――――この扉を一時的に大陸南方まで繋げます。一回しか使えませんが、三週間程でグレッセ王都に着く距離までは行けるハズです」
もしもこの場に、あの男が居たなら『本当にどこでもド○じゃねぇか!』と好反応を見せてくれたに違いないが…………。そこまでは行かなくとも十分に驚きはあった様だ。
「そ、そんな便利なものって実際にあるの?」
『まさか…………、そんな事が可能な彼女が異常なだけですわ』
現代日本人ならば殆どの人間が知っている架空の便利アイテム……。
それと異世界で遭遇した事に謎の感動を覚える咲生だったが、イーシャはさっきまでとは打って変わって冷静さを取り戻したキリッとした表情だった。
――――空間を繋げる…………。随分と簡単に言ったが、その手の能力はかなり稀少である事を死神である彼女は良く知っている。扉自体は唯の媒体で何の力もない。間違いなくネタ重視で持って来たのだろう。
本当は媒体すら必要なく、彼女ならば息を吸う様に空間を繋げられる――――そんな奇妙な、或いは危機感にも似た確信を抱いて、イーシャは戦慄を覚えると共に、レディ・ミステリアの底知れなさに警戒心を覚えた。
「…………さて、では旅立つ前に――――咲生へ餞別です」
死神から向けられた警戒の視線に気付かないフリをして、レディは何処からともなく紙袋を取りだした。
馴染み深い洋服ブランドのロゴが入ったそれを受け取る咲生。中身を確認すると…………。
「あれっ…………これって…………真琴のジャケット?」
見覚えのあるジャケット。召喚されていた時に着ていたものは血塗れになってしまい処分した。
――――が、それは確かに彼女の所有物だ。男だったら憧れてしまう様な本皮の高い代物。父親からのおさがりで、かなり使い古された感じのそれを見間違うハズもない。
咲生も咲生で、着ていたダッフルコートが真琴の血で汚れてしまった為、正直言ってこの差し入れはありがたい限りだが…………何故ここにあるのだろうか?
そんな素朴な疑問は『何故なら彼女は謎の女だから』と言う言葉で済まされると、直後咲生は思い知らされる事になる。
「ええ、浅野邸から拝借してきました。それを彼女だと思って励みにしなさい」
「――――なんかサラッとヤバいこと言いませんでした? それと…………何ですかこれ?」
聞いてはいけない事を知ってしまった気がしたが、あまり追及してはいけないと考え、一緒に入っていた拳大の何かに疑問の矛先を移す事にした。
「私手製のレディ人形です」
あっけらかんとレディが答えて確認すれば、確かに咲生の掌に居たのはデフォルメされた謎の女そのものだ。不思議と人形化されたそれは本人よりも可愛らしい気もする。
「何を作ってるんですか…………。それで、これは何――――」
『何かあればここから連絡してあげます』
「つ、通信機!」
何の用途で作ったのかと問う前に手の中で人形がピクッと動いて挨拶した。どうやらトランシーバー代わりと言うことらしい。
『本当…………アナタって何者ですの?』
「私は謎の女、その名もレディ・ミステリア。さぁ、準備が出来たなら潜りなさい」
見せ付けられた力に警戒を更に強めた視線でイーシャが問えば、レディはポーズを取ってそう返した。
どうやら、いつの間にか主導権を握られてしまっているらしいと気付いて、イーシャは脱力した様に大きく溜息を吐いていた。
「あの、真琴の事をお願いします…………!」
扉の前に立って、咲生は心の残りをレディに託す。得体が知れない誰かなのはイーシャに同意するが、それでも頼れるのは彼女しか居ないのだから。
頭を下げて精一杯お願いするしかないというのも芸がないが、誠心誠意に頼み込めば応えてくれそうな気がした。咲生はいつのまにか、そこまで彼女に妙な信頼を寄せている。
「――――勿論ですよ。貴女のお願いなら、命に代えても必ず守って見せます」
――――そしてそれは当たっている。相変わらず声に抑揚はなくとも、はっきりとした物言いは咲生が未練を吹っ切るには十分なものだった。
「い、命を賭けられるのちょっと…………でも、ありがとうございます。それと…………行ってきます!」
『また会いましょうレディ。今度はゆっくりお茶でもしましょう』
「はい、では二人共お気をつけて」
各々に別れの言葉を交わしつつ、咲生がドアノブに手をかける。ギギィと、木が軋む古めかしい音と共に扉が開かれた。
その先に広がっているのは闇。明らかに別の何処かに繋がっていると予感させるには十分な光景。
咲生は真琴のジャケットを羽織って、深呼吸をするとその暗闇に飛び込んでいく。イーシャも無言でそれに続いていく――――――――が。
「――――あ、そうだ」
言い忘れてましたと、レディが口を開いた時には既に何もかも手遅れだった。
「南方の何処に出るかはテキトーなので、後は何とかしてくださいね?」
背後から聴こえてきたそんなトンデモ発言に二人は思わず振りむいて――――――――。
「――え!?」
『――はいっ!?』
驚きの声をあげた瞬間に扉がバタンっ! と勢い良く締まってしまい、抗議の声はあげること叶わず…………。
「それでは良き旅を…………」
微かに聴こえたそんな言葉を二人は後になって恨む事になる…………。
――――が、とりあえずはこれが始まり。
愛する恋人を助ける為の冒険譚――――その開幕に相応しい慌しい始まりである。
果たして、少女が辿り着く未来はハッピーエンドか、それとも無残なバッドエンドか?
それは――――蓋を開けてみなければ解らない…………。
次回、番外編になるか、もしくは一ヵ月半後に物語りは進みます。