召喚されし少女・望みは未だ果たされぬと囀る
えー、前のページで『次回は、義姉さんにもぶたれた事ないのに!』と言ってましたが…………。
――――それは次の更新分になっちゃいました。
ゴメンヨー…………。
つーか、今回は眠くてブレブレになったかも…………。
――――意識は暗い暗い海の底。漂って居る訳ではない、何処かへ精神が引き摺り込まれそうになる。そこから先には何もないハズなのに、咲生の身体はゆっくりと深い場所へ沈んでいく一方だ。
(私…………何をしてるんだろう? ここは…………どこなの…………)
そこは彼女の精神世界なのか、それとも死の淵に存在する世界なのか。
現実でないのは確か、ここは酷く冷たい水底。光が全く射さない深海。
だと言うのに、咲生は当然の様にそこに存在している。これが現実での出来事だというのなら、とっくに溺死なり、圧死なりしているだろうに。
でもそうなっていないと言う事は、ここはまやかしの世界なのだろうと検討をつけ――――様として、不意に息苦しさ。
酸素が突然供給されなくなった様な感覚。――――いや、実際に首を絞められている。
彼女を更に深い場所へ連れて行こうとする邪悪な意志が、黒い靄として姿を現し、それは人へと形を変えて首を締め上げていく。
「うぅ……ま、真琴……!」
自身が置かれた状況が何も把握できずとも、彼女は愛する者の名を呼びながら必死にもがく。ボコボコと口から空気の塊が吐き出され息苦しさは増す、それでも抵抗は止めない。
足をバタバタと動かし、首を絞めている黒い腕を外そうと渾身の力を入れる。すると、僅かに腕が首から放れ、その隙を見逃さず黒い人影に頭突きを見舞う…………!
「い――――つぅっ!」
ガンとぶつかり合った頭部の痛みに耐えかねて、涙目を晒す。海の中に居るハズなのに涙なんておかしい――――――――そう、思った瞬間。
(起きてください主、アナタの望みはまだ果たされていない!)
無感情、無機質な音声が耳にハッキリと届く。誰の声かなんて解らない、聞き慣れた恋人や義姉の声ではない。でもその声が響いた時、暗い深海の世界は光で溢れて――――――――。
――――――
――――
――
――――異世界ノレッセア、大陸東方トコヨ地方。そのとある山奥にひっそりと暮らす英雄の一族“キサラ”。一族を取り仕切る“キサラ御三家”が一つ、“巫女クーネット”の家にて…………。
「…………う、うぅ…………」
この地に住まう英雄の子孫と、育った世界は違えど同じ血を持つ少女――――里見咲生。
彼女の呻き声がクーネットの寝室にて漏れる。謎の女レディによって気絶させられた彼女は、こうして召喚された時と同じ様な状態に居た。
太陽の光をたっぷり浴びたふかふかの布団、本来なら寝心地は最高だと言うのに、漏れるのは呻き声。
身体には冷や汗をたっぷりと掻いて、悪夢に翻弄され魘される。
「――――はっ!? ま、真琴は! 真琴はどうなったの!」
そんな彼女の瞳が唐突にカッと開いたかと思うと、何かに弾かれた様にガバッと状態を起こす。
――――飛び起きた、と言うよりは覚醒したと言う挙動。明らかに自分の意志によって目覚めた気配。
気になったのは恋人のこと。目の前で心臓を潰された…………腕の中で抱いた血で塗れた死体。愛する人を失うと言うゾッとする恐怖、あの感触が突然こみ上げてきてガタガタとみっともなく震えた。
それでも自身の身体を抱きしめて耐える。耐えながら視線を彷徨わせ、恋人の姿を探して――――――――。
「――――あっ」
――――気付く、真横で聴こえる規則正しい寝息。恐る恐る振りぬけばそこには――――――――。
「ま、真琴!?」
探していた最愛の恋人。布団の中で胸がゆっくりと上下し、口から微かに寝息も聴こえる。
――――が、真琴の無事な姿を見た途端に、脳裏を掠める血塗れた彼女の姿がリフレインする。
有り得ないと、心臓を握りつぶされて生きている生物など居る訳も無い。これは自分が都合のいい様に見ている夢ではないのか? 不安に胸を押し潰されそうになりながらも、眠っている恋人の頬にそっと触れた。
そこから伝わってきたのは温もり。微かな、しかし確かに生きていると断言できる証拠。
「い、生きてる? じゃあ、アレは夢――――」
(望みは果たされていない!)
自分が見た彼女が心臓を握りつぶされた光景は夢だったのだろうか…………。そう思おうとして――――出来ない。胸の深奥、そこにあるとされる心がそう叫ぶ。
咲生の中に宿った祝福“暴走する望み”の叫び声。それは心臓が高鳴る様にドクンと胸を打つ。
その感覚が全てが幻ではなく、現実として起こったものだと再認識させた。
「――――でも、だったら何で……」
何故、真琴は生きているのだろう…………。自分が彼女を蘇らせる為に力を使ったのは覚えている――――誰かが、そうして暴走した自分を止めてくれた事も。
けれどそれ以上は何も解らない。きっと、全ては自分が気絶した後に何かが起こったに違いない。
ハッキリとした意識で理性を持って考えを纏めていると、襖がガラリと開かれた。そこに立っていたのは黒いローブに身を包んだ赤い髪の女性――――死神イーシャだ。
『あら? やっと起きました?』
穏やかな声で問いかけながら咲生の枕元に座る。手にはお盆、その上にはお茶とお粥らしきものが入った鍋。どうやら、それは咲生の為に用意されたものらしいが…………咲生には彼女が誰だったか、殆ど覚えが無かった。見た記憶はあるが、こうして言葉を交わしたのはこれが初めてなのだから。
「あ、えっと貴女は…………」
『ワタクシは上級死神イーシャ・グライクェン。ちなみに、アナタが気絶してからもう三日経ちましたのよ?』
「えっ……、あれからもうそんなに経ったの?」
問われて名乗るイーシャから告げられた事実は思いの外驚愕であった。
いつの間にか召喚から三日経っている…………。それだけ長い間寝込んでいたのが、無茶な望みを叶え様とした結果だと察するのは難しくない――――が、直ぐに納得は出来ない。
表情はそんな気持ちを代弁したのか、複雑な苦い表情。理解が追いつかず、下手をすればパニックになってしまいそうな位に不安が胸に押し寄せて来るばかりで、どっしりと構えるのは無理に近い。
『――自分の身に何が起こったかは、把握できているみたいですわね』
そんな弱気な胸中の咲生とは裏腹にイーシャは感心したと言わんばかりの表情を浮かべていた。
異世界に来て起きていたのは二時間にも満たないハズだ。だと言うのに、この状況に対しても、現状を認識しようとする努力と冷静さ。
最早それは一種の才能と言えるのかも知れない。
「…………あの、訊いても良い?」
その才能に導かれたのか、咲生は自ら進んでこの未知溢れる世界に関わって行こうとする。
意識しているのか、居ないのか。未だにレディと普通に会話できている事に驚いていない。
――――或いは彼女がそのレベルまで適応したという事なのだろう。
『その子――――マコトさんの事ですね?』
「は、はい、あの…………真琴は、どう――――なったの?」
おずおずとイーシャの顔を見ながら横目で真琴に視線を移す。『どうして生きているの?』と訊かなかったのは単純に恐怖。まだ彼女が一度完全に死んだと言う事実は飲み込めない。だから言葉を濁す。
『――――良いですか? 心してお聴きになって下さい。マコトさんは――――』
その不安がバッチリ伝わってしまった様で、イーシャは前置きし、念を押してから質問に答えた。
最悪の事態になっていません様に――――と願いをかけて咲生は死神の言葉を――――待つ。
ほんの数秒が長く感じられ、ゴクリと飲み込んだ唾が音を立てて…………。
『――――――――生きています』
「…………ほ、本当に?」
――――予想よりも良い答えにほっと胸を撫で下ろした咲生は、イーシャが申し訳無さそうに顔を歪めたのに気付かない。
『本当です――――――――が』
――――だから言わなくては。どれだけ残酷であっても、受け入れ難くとも。
『彼女は生きているだけです。今後一切目覚める事はありません』
――――彼女にはそれを知る権利と、受け止めなければならない義務があるのだから。
次回こそ、義姉さんにもぶたれた事ないのに!