召喚されし少女・喪失は胸を掻き毟る様な
ふぃー、久々に書けたー! って、感じかな。
まだまだ本調子とは言えないけれど、これからちょっとずつ取り戻していこう。
※前頁の前書きで言った様に、一回後半部分を誤って消してしまったので今回は地味に苦労したぜ。
――ほぼ全部書き直しだったもんな…………。
「はぁはぁ…………、終わったのか、な?」
血溜りへと沈んだ死神の姿を見ても、その手に確かな手応えを感じていても尚、真琴は半信半疑だった。
それもそのはず、恋人を守る為に一層修練に励んだとは言え、こんな異世界で、それも異形の存在に鍛え上げた一撃を叩き込むことになろうとは果たして予想できただろうか?
――――いや、無理だ。祝福によって確かに流れは自分へと引き寄せられていた――――が、だから勝って当然などと言う単純な言葉では片付けられない。この戦いに勝利できたのは咲生がグウェイを負傷させていたから。
万全な状態で死神と戦っていれば、こうして五体満足ではいられなかったであろう事は真琴が一番良く解っていた。如何に“押し通しの理”が強力であるとは言え、何処かに必ず穴というものはあるのだから。
『マコトー!』
拳を握って手にした勝利の危うさを噛み締めていると、戦闘終了の気配を読み取ったのか、クーネットが咲生を背負って駆け寄ってくる声が背後から届いて、真琴は『ああ、戦いが終わったんだな』と安堵してしまった。
「クーネットさん! 咲生! もう大丈夫だよ、悪いヤツはボクがやっつけたか――――」
悪を退治したと、子供の様に笑いながら報告する真琴をクーネットと咲生の表情が強張った。
「――――真琴!」
『馬鹿ッ! 避けなさい!』
咲生と…………それからイーシャが叫んで、真琴ははっとして振り返り――――詰めが甘かったと己を呪う事になる。
「……なっ!?」
『――――遅ぇんだよぉッ!』
振り返ったと同時、音も無く立ち上がったグウェイが無造作に手を突き出す。
この時、真琴の“押し通しの理”は機能していなかった。一度戦意を鎮めれば、咄嗟に気持ちを“戦闘”へ切り替える術は実戦経験が殆どない彼女には難しい芸当だ。
だから、虚をついた死神が渾身で放つ恨みの一撃は――――――――至極あっさりと真琴の胸を貫いてしまった。彼女の血で真っ赤に染まったグウェイの手には彼女の心臓。
死神はそれを躊躇する事無く笑って――――。
『マ、マコトッ!』
「あ、あれ? 咲生……ごめん……………………ね」
『ま、真琴? い、イヤァァァァァァァァァァッ!?』
――――少女達の絶叫が鳴り響く中、握りつぶす。ぶちゅっと熟れたトマトが潰れる様に。
真琴と言う少女を動かしていた意志も、愛する恋人への熱い想いも、赤い心の臓が潰れた事で実にあっけなく…………止まった。
ずるり、と死神が腕を引き抜けば、既に死体へと成り代わっている彼女は何の抵抗もなく地面に倒れる。
そのままピクリとも反応は無い。糸が切れた人形そのものとなって、真琴は時を止めてしまった。
即ち――――死だ……。
死神本来の役目を果たしたからか、グウェイは満足そうに狂気の笑みを張り付かせて盛大に嘲笑う。
『ひ、ひひひ…………ヒャーハハハハハハッ! ザマァね――――』
――――でもそれが死神グウェイの最期だった。元々、真琴の一撃を喰らってほぼ死んでいたのに、狂気に満ちた執念がほんの少しだけ肉体に動く猶予を与えた。しかし、もう猶予は無い。いや――――。
『勝者に泥をかけるとは――――無粋な!』
――――猶予はたった今ゼロになった。グウェイの凶行に怒りが頂点へと達したイーシャは、真琴の威圧を跳ね除けて突撃し、彼の首を迷う事なく跳ね飛ばした。不快なニヤニヤ顔のままで、ようやく死神グウェイ・ターキソンの五百と二十年に渡る生は幕を降ろしたのだった。
「真琴っ…………、ねぇ……目を開けてよぉ……」
恋人の亡骸を抱きかかえ、咲生がすすり泣く。仇が討たれた事にも気付いていない様だった。
唯々、血塗れの真琴を抱きかかえて、自分の身体が重傷である事を忘れて泣き喚く。
そんな何処にでも居る普通の恋人達が体験したありふれた悲劇を、やるせない顔で見つめるイーシャ。
『――――間に合いませんでしたか…………』
――出さなくても良い被害を出してしまった。そう言いたげな表情にクーネットが食って掛かった。
『ッ、元はといえば貴女達が襲ってきたから!』
『それについては、アナタにも責任はあるのではなくて? 何の知識もなく召喚儀式を行ったのだとしたら尚更と言うものですわ』
感情的に突っかかるクーネットに対してイーシャは恐ろしいほど冷静に返した。五百年以上生きる死神として、命の死を殺めた数、看取ってきた数が違う。
今回の真琴やグウェイにしてもそうだ。ストイックに割り切らなければ死神としては生きていけない。
それが出来なければ――――とてもじゃないが、今こうしてここに立っては居なかっただろう。
イーシャ・グライクェンの生と死に関する考え方は非常にクールだ。
『そ、それは――――でもマコトは巻き込まれただけで…………こんな、こんな事になるなんて…………』
無論、そうした冷静な対応で返されてクーネットが困惑しない訳がない。
確かに軽率な召喚儀式だった事は否めず、責任の一端がある事も否定は出来ない。
でもその犠牲者が自分ではなく巻き込まれただけの真琴であるのには心を打ちのめさせられる。
自分が彼女を殺してしまった――――そう考えると身体がガタガタと震え始め、咲生に恨まれるのではないかと想像しただけで恐怖が湧き上がり、顔は蒼白になって瞳には涙が溜まっていく、それはもう滑稽な程に。
『――偉そうに言うつもりはありませんが、泣くのはお止めなさい。それは彼女に譲るべきですわ』
――――その意外な一言で、クーネットの震えは止まった。イーシャの言う通り、今ここで泣く事が許されるのは愛した人を失った咲生だけ。手の甲でぐしぐしと涙を拭い、泣き続けている咲生へ何とか声をかけようとするが…………。
『サキ様……。あ、あの――――』
『そっとしておいてあげなさい…………。どんな言葉も慰めになるハズありません。自分で受け入れなければ立ち直る事すら出来ないのですから…………』
『…………はい』
やはりイーシャに止められ、素直に従うクーネット。納得できる言葉であったし、自然と受け入れてしまう優しい響きが、その声にはあったのだ。
そうして、敵であるハズの死神と共にクーネットは下がろうとして――――。
「――――――――なきゃ」
『えっ…………サキ、様?』
――――咲生の口から漏れた呪詛と言っていい、恐ろしく、力の篭った呟きに身を震わせた。
今、確かに彼女はこう言ったハズだ。頭の中でリピートしようと試みて本人の口からもう一度、呪詛が発せられる!
「真琴を――――真琴を蘇らせなきゃ…………私のチカラで!!」
『ッ!? お待ちなさい! 何をするつもりで――――』
「う、うあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
咲生の異変をイーシャが感じ取った時には最早手遅れ、“暴走する望み”は彼女の願いを叶えるべく、真琴の胸にぽっかり空いた穴へと手をかざす。
するとまるでそこがブラックホールにでもなったかの様に、目的のモノを吸い寄せんとして突風を巻き起こし始めた!
『きゃあっ、な、何ですか……この風…………は、力がぬ…………抜けて』
『――――どうやらかなり深刻な事態の様ですわよ。周辺から生命力をありたっけ掻き集めている様です』
額に汗を掻きながらも落ち着いて状況を分析するイーシャ。生命力の流れを感知する瞳には自分や、横に居るクーネット。村のあらゆる場所、更に森の奥へと続く道からも生命エネルギーが漂っているのが解る。
それらは全て真琴の胸目掛けて飛び込んでいく、まるで新たな命を生む為の生贄の様に……。
「マダ足リナイ! モット、モット、命ヲ集メナイト!」
本体である咲生の瞳が虚ろになり、声から抑揚が消え、機械的で無機質なものへと変化していく。祝福である“暴走する望み”が、肉体の主導権を握ったと見て間違いないらしい。
しかも、彼女が叫ぶと突風が勢いを増した。それに伴って吸い込まれる生命力も量が増す。
クーネットはもう立っていられなくなってフラリと身体を崩したが、イーシャが無言で彼女の身体を抱き止め、深刻な顔でこう告げた。
『どうしますの? こうなったら動ける内に仕留めないと、退避した村の皆さんもお陀仏ですわよ?』
静かに鎌を構えて、戦闘準備。イーシャは上級死神として相応しい強靭な肉体と精神、生命力を有している為、命を吸われながらでもまだ余裕がある。
だからと言って、当たり前だが命も体力も有限だ。どこまで生命力を集めるつもりか検討もつかないが、カラカラに搾り取られる前に手を打たねばならない。
――――そう、咲生を殺してでも。
『ダ、ダメ…………で……す!』
言わんとしていることを察して、力の入らない身体を精一杯動かして、懇願と言っても良いほど懸命にイーシャを止めようとする。だが彼女はゆるゆると首を振ってその頼みを断った。
今ここでやらなければ自身も危ない。そうなっては何の為に召喚儀式に手を貸したのか解らなくなる。
『――――ですがワタクシもまだ死ねない身…………。ここで倒れる訳にはいきませんから』
――果たさねばならない目的がある。それだけはイーシャも譲れない。
なれば――――――――打倒するしかあるまい。気の毒と思うがそんな同情も断ち切るような勢いで鎌を振りかぶって――――――――。
「だったら、私に任せて貰えませんか?」
――――耳元で囁かれた声に硬直した。視線だけ真横にずらせば、直ぐ近くに真っ黒い顔――――面をかぶったおかしな服装の女が立っていた。断言するにさっきまでそこには居なかったし、気配だって微塵も感じなかったとも。
『…………っ、誰ですの――――って見るからに怪しげな…………』
バッと女へと振り向きながら、意識せずにクーネットを背中に庇った。
女の面はとても奇妙なもの。真っ黒で目の部分は大きな白い丸、頬の部分には同じく白で動物の肉球を模したマーク。服装も奇抜、全身をぴっちりと包み込む黒い衣装に派手な意匠の追加装甲。
鎧にしてはあまりに粗雑。素顔を隠すにしては緊張感がなさすぎる――――と言うか、どこか間抜けだ。
『だ……………………れ?』
女に訝しい視線をイーシャが送っていると、息苦しそうに根本的な問題をクーネットが問う。
「――――レディ」
問われて女はこれまた奇妙なポーズ――――右手で仮面を押さえ、左手は身体を抱きしめる様にして背中へとまして、返答した。
「レディ・ミステリアと申します」
――――正体不明な謎の女にイーシャは怪しむ視線を投げつけるのだった。
次回、説教炸裂。