第二章プロローグ・運命の血筋
うぃーっす、何とか予定通りに第二章を始められました!
――――が、プロローグなのに長過ぎぃ!
――――廣瀬悠理が地球でその消息を絶ってから一ヶ月とちょっと…………。
ノレッセアでコルヴェイ王を撃退その直後。
彼の住む日本のとある街、悠理が働いていた会社の事務員“里見流海”の家ではこんなやり取りがあった――――と、今はノレッセアに居るあの男には知る由もないこと…………。
『――――続いて地域密着取材です。○○市で社会人の男性が行方不明になってから早一ヶ月、その後の進展はあったのでしょうか?』
日曜の朝、一週間のまとめニュースを行う番組が流れている。日本の日曜特有であるヒーロータイムは既に終了した後だ。
リビングでは里見流海とその義妹――――“里見咲生”が、これまた古き良き日本の朝食メニューで食事中。ご飯に味噌汁、焼鮭と言う鉄板中の鉄板だ。
「…………ズズッ」
流海はニュースには目もくれず、かといって無関心と言うわけでもなく、耳だけで情報を聞き取りながら汁椀に手を伸ばし啜る。
――――美味しい。自分で作っておいてなんだが、お嫁に貰われても恥ずかしくない出来だと自負できる。
――――――――貰ってくれる候補など居ないのだけれど…………と考えて悲しくなったが、口の中が味噌の風味で満たされるとその悲しみも薄れていく様だ。
「…………ご馳走様でした」
そんなアラフォーならではの悩みで葛藤していると、向かいに座って黙々と食事をしていた咲生が手を合わせた。体調が悪かったのか、汁椀は空だが、ご飯は半分以上、焼鮭はほんの一切れだけ残こしていた。
確かに顔色は…………ほんの少しだが悪い――――と言っても、咲生は一般人より少しだけ肌が白い為、常人には見分けがつかない。保護者である流海位しかその差は見分けられまい。
「――咲生、もう良いのですか?」
「はい……それと、今日は出掛けますので…………」
アンダーリムのピンク縁の眼鏡、長い髪を綺麗で上品なデザインのシュシュを使い後ろで一本に縛ったプラチナブロンド。彼女は所謂クォーターと言うヤツで、外見はかなり目立つ。
そんな目立つプラチナの髪が席を立った事で揺れる。出かけると言う割には心なしかダウナーな受け答え。――――が、それは平常運転だ。この義妹は義姉に対して、少なくともこの二、三年はずっとこんな態度だ。
最も、彼女がそうなってしまったのには理由がある。そしてその理由は今日もまた咲生を知らず知らずの内に追い詰めるのだ…………。
「そうですか、でも今日は止めておきなさい。駅前は特に」
「――――友達と約束をしているので」
――――姉の忠告。これが素っ気無い態度の理由。
何もかも見透かした様なこの忠告は、咲生を無意識に苦しめる呪いの言葉。
彼女の忠告が外れた事は一度もない。もう八年も共に暮らしているが、一度も外れなかったのだ。
咲生にはそれが――――不気味だ。これ以上何かを言われる前にと、急いで食器を片していくが…………努力の甲斐も虚しく追い討ちがかかった。
「なら尚更止めておきなさい。浅野さんを巻き込みたくないのなら」
「――――!? 義姉さんはどうしていつも――――ッ!」
出して欲しくなかった名前を出され、頭にカッと血が昇る。そうなったら冷静では要られず、バンっと力任せにテーブルを叩いてしまう。彼女が使っていた箸が転がって床に落ち、カランと音を立てた。
義妹のそんな姿を見ても流海には何の変化もない。冷静そのものだ。
唯、掴んでいた汁椀を置いて咲生の顔を真正面から見据えた。冷静極まりない無表情。
これも彼女が義姉を苦手とする理由の一つ。まるで機械と会話をしている様で、心が我知らず焦り、不安から動悸がほんのちょっとだけ速くなる。
そしてその速度は――――流海の一言で更に上がった。主に怒りと言う要素で。
「貴女に何かがあってはご両親に申し訳が立たないからよ」
「――――貴女は…………!」
――――両親が亡くなった後、遠い親戚だと言って引き取られ、今まで育てて貰った恩がある。
けれども、いつの間にかその無表情無感情でされる忠告に、隠し切れない怒りを覚えていたのも事実。
そして、長年に積もった怒りはストレスとなり、一気に――――爆発する。
「もう嫌…………、もうこんな所には居たくない!」
みっともなく喚いて、叫んで、その場から、義姉の目から逃れるようにリビングを飛び出す咲生。
扉が乱暴に閉められ、階段を上って自室へ戻る音。必要なものをとりあえず引っつかんで、急いで階段を降り、勢い良く玄関から飛び出していく様を、音だけで認識。
元々、出かける準備は既に終わっていた。恋人とのデートに浮かれて寝不足気味だった様で、そわそわしながらおめかししていたのも知っている。
「――――ふぅ…………」
咲生が癇癪を起こして出て行った後、流海は動じずに食事を続けていた。そして、最後の切り身をご飯の一欠片と共に放り込み、十分に咀嚼した後で味噌汁で胃へと流し込む。
手を合わせてご馳走様をして溜息。
――――それは後悔から。誤解されている様だが、流海には彼女を怒らせる気などなかった。
唯、感情の表現とその発露は彼女が最も不得意とする分野。
あの忠告も義妹を思っての事だったのに何故こうなってしまったのかと、表情に反映されなくても気が滅入っていたし、現在プチ自己嫌悪及び反省中だ。
――――が、結局の所、今日の忠告は破られていたかも知れない。
「結局、血に流れた運命は変えられない…………。無理矢理止める事も今となってはもう…………」
そうだ。流海はこれから咲生に何が起こるか知っている。知った上で忠告したのだ。
力ずくで止められるならそうしているのだが――――厄介な事にそれは流海の抱える事情が許さない。
――――許されないが、ギリギリ手を貸せない事もない。仕方ないと溜息を吐く、今回は身代わりとなる囮もいないのでペナルティを負うのは必至。
しかし、それも可愛い義妹の為となれば喜んで負おうとも。
――――下手したら最悪消されるかも知れないが、その時はその時だ。
「覚悟しなさい、キサラ・サキ。貴女はもう――――逃れられない」
義妹の旧姓を口にしながら、流海は何処からともなく仮面を取り出して装着する。それは真っ黒で、デフォルメキャラの様な真っ白いヌボーっとした丸い目と、頬についた猫の肉球マークが特徴的な可愛らしいものだった。
謎に満ちたあの女は、再びノレッセアに関わっていくらしい。
――――それも立派に運命と言うやつなのかも知れなかった。
――――――
――――
――
「はぁっ、はぁっ…………!」
家を飛び出した咲生は全速力で駅へと疾走していた。なりふり構わず全力で体力ゲージがゼロになるまで走る。そのあまりにも必死の形相に、通行にがぎょっとして振り返るのが解る。
しかし、そんな事に一々反応している暇などない。そうして走りに走った結果――――辿り着いたのは駅前。
先程、姉に忠告された場所。
今朝のニュースでもやっていたが、社会人の男性が一ヶ月前にここで行方不明になった事で有名だ。
近くの電柱には彼の目撃情報を求める張り紙がしてあり、顔写真もあったが――――こう言うのは失礼だが、ボサボサの髪に無精髭、痩せこけた頬と睨む様に細まった瞳。
とてもじゃないが尋ね人に見えない。指名手配と言った方がしっくりくる顔付きであった。
「はぁ…………はぁ…………何で、何であんな事言うの義姉さん…………」
そんな顔写真を横目に見ながら、咲生は荒れた息を整える。息が整い冷静さが少しでも返って来ると――――考えてしまう。義姉に言われた言葉を。
「わ、私が、真琴を巻き込む? そんなっ、まるで私が――――」
――――疫病神みたいじゃないか。
マイナスの方向に一度考えがシフトすれば後は一方的に転げ落ちていくだけ。
次々と浮かんでくる嫌な想像に脳がズキリと痛んだ気がして、走ってきた所為もあってガクガクと全身が震えてしまう。
「い、イヤっ、違うッ! 私の所為じゃないっ、私がお父さんとお母さんを――――」
頭の中が混乱と妄想で満たされていく。頭を大きく振って、勝手に浮かぶ嫌なイメージを吹き飛ばそうとするがそうもいかない。
かつての事故、その光景が瞼の裏で鮮明に再生され、当時味わった不快感を思い出して堪らず膝をつきそうになって――――。
「――――咲生~ッ!」
「ま、真琴!?」
一刻も早く聞きたかった声が耳に届いて立ち直る。不思議な事に駆け寄ってくるその姿を見ると、一気に気が楽になっていく。そのことに気付いて胸が温かくなる。きっとそれは自分がどうしようもなく彼女を愛しているからなんだろう。
自分を奮い立たせてくれるものの正体が愛である事を結論づけている内に、“浅野真琴”はもう目の前にやって来ていた。
黒髪のショートカット、ダメージジーンズに男物のジャケット。背丈も高く、立ち姿も格好良くて最高にきまった恋人だが、一つだけ世間的な問題がある。
それは――――彼女が同姓だと言うこと。咲生は言うに及ばず、真琴も正真正銘の女性。
一応断っておくに、彼女達は根っからの同性愛者ではない。二人共、たまたま好きになった相手が女性だったと言うだけだ。
最も、真琴は黙っていればどう見ても男性。むしろ、そこら辺の男子よりも男らしい外見と言動をしている。
――――それを彼女に伝えると盛大に凹む姿が見れると思うが…………。
女性らしさがないと嘆く真琴の姿を想像していると、咲生の目の前でゆっくりと呼吸を整えてから口を開く。耳に届くハスキーボイスが心地良く感じられた。
「何か嫌な予感がして早目に出てきたんだ…………大丈夫かい?」
「う、うん、ちょっと、ね…………」
「またお義姉さんに何か言われたんだね?」
真琴は勘が鋭い。約束の時間より一時間以上早いのにも関わらず、こうして咲生の身を案じて駆けつけてくれる事もそうだが、彼女のちょっとした表情や言動で問題を見抜くのにも長けている。
そう言うところは流石恋人――――と言うべきだろうか? 交際を始めてから一年も経っていないが、間違いなく咲生にとっては最高の、最愛のパートナーであると言えた。
「…………うん、真琴を巻き込みたくないなら駅前には近付くなって…………」
勿論、真琴には義姉から時々“忠告”を受ける事も、未来予知の様で少し気味が悪いと思っているとも伝えてある。こういう部分においても、彼女が恋人として如何に優秀であるかを物語っているだろう。
けれど、先程伝えられた内容をそのまま話すのには多少なりとも勇気がいった。
何が起こるか、そもそも本当に起きるかどうかも怪しい何かに巻き込まれると言ったら、嫌われはしないだろうか? 普通に考えれば真琴に限ってそんな事は有り得ない。
しかし、どうも流海の忠告はいつも以上に咲生の脳にこびり付いているらしく、不安を消し去れなかった。でもそれも――――杞憂に過ぎない。
「それはまた――――随分ピンポイントだねぇ…………。でも大丈夫だよ咲生」
「あっ……」
ぎゅっと優しく抱きしめられ、咲生の顔は服の上からだと目だ立たない、けれどもこうして密着すると隠し切れない女性の柔らかな感触に埋まる。
温かくて、まるで亡き母に抱きしめられている様な感覚にまたも胸が温かくなっていく。
真琴はぽんぽんと背中を撫で擦りながらも耳元で優しく語りかけた。咲生の不安を全部拭い去ってあげる、と言わんばかりに。
「こうして二人、駅前に居るけどなんともないじゃないか。大丈夫、何があっても君はボクが守って見せるから」
「――――うん、ありがとう真琴…………」
心強い言葉に嬉しさと愛おしさが溢れ出て、咲生の方からもぎゅ~っと抱き締め返す。
彼女からは見えないが、真琴の顔はほんのり赤くなっていた。彼女が甘えてくれる様にカッコ良く振舞うのを心がけているだけあり、甘えられた時の感動は物凄いものがる。
――――と言うか、実は咲生が真琴を思う以上に、真琴の方が咲生にメロメロなので、こうされるとドキドキしてしまうのは逆に真琴だったりするのだ。
こうなってしまうと真琴は大胆になってしまったりするわけで…………。
「咲生――――」
名前を呼び、見上げた彼女に唇を近づける。ファーストキスはとっくに済ませた二人だが、キスを交わした回数は少ない。やっぱり女の子同士のキスと言うのは背徳的で、日常的にするにはお互いに勇気が必要なのだ。
だから真琴は行ける時には流れでキスをしてしまおうと心に固く誓っている。
――――こう言う、思春期の男子的な発想が男らしさに磨きをかける要因なのだろう。
「ちょ、ちょっと駄目だよ真琴っ、今日は休日だけどここじゃ人目が…………! ――――――あれ?」
近付く唇を前に咲生が顔真っ赤にして慌てる。休日の駅前は比較的空いているハズだが、全く人が居ない訳じゃない。公衆の面前でキスをするのはまだ心の準備が出来ていなくて…………言い訳を探すようにして周囲を確認して――――違和感を感じた。
「ど、どうしたの咲生? もしかして…………イヤだった?」
「そ、そうじゃないけど…………人が…………」
顔を背けられたことを拒絶させられたと思ったのか、真琴の顔が遊んでもらえなかった時の飼い犬みたいにしゅんとしたものになっていく。見ていて申し訳ないと思う位に。
――――でもそうじゃない。そんな咲生の唖然とした様子に彼女は直ぐに気付き、胸に恋人を抱きしめたままで周囲を見渡す。そして同じ違和感に辿り着いた。人が…………居ない。
確認出来る範囲内には人っ子一人、だ。
「――――変だね。いくら休日だからって流石に…………ボクから離れないで」
異様さに警戒心を高めながら、真琴は咲生を自分の背中へ隠す。
丁度、建物が背になっているから、死角を突かれることにならないハズだ。
そうしておいては、真琴は前方と左右にのみ注意を注ぐ。
「う、うん、わか――――――――」
――――解った、ありがとう。そう言おうとしたが…………。
『見つけました、キサラの血筋…………我が一族の勇者』
「えっ、いっ、痛っ――――あぁぁぁぁぁぁあっ!?」
唐突に鈴の音と、凛とした声が耳に届き――――それを前触れとして頭痛が咲生を襲った。
「咲生ッ!? 咲生! どうしたんだ!」
「う、ああああっ…………!」
背後から上がった悲鳴に振り向けば、そこには目を見開き、両手で頭を押さえながら苦しむ恋人の姿。
立って居られないほどの激痛に転びそうになって真琴に支えられる。いつもは安心して緩みきってしまう恋人の腕の中でも、痛みは治まるどころか増していくばかり。
「咲生っ、待ってて今救急車を――――な、何だ? 急に景色が…………う――――」
気遣いながらも真琴は冷静に対処するべく、スマホを取り出そうとして――――手からそれを落としてしまった。それは目の前の景色に変化が生じたから。
周囲の光景がグニャリと歪んだかと思うと、今度は眩い霧に包まれた様に朧になり、やがて彼女の視界を真っ白に焼いて――――――――――――。
「うわぁぁぁぁぁぁっ!」
「きゃあぁぁぁぁぁっ!?」
二人は宙に身体を投げ出された様な感覚を味わって、そのあまりの衝撃に気絶した。
――――目を開けた時、咲生は己の運命を呪う事になる。自分の中に流れたキサラの血を…………。
次回、異世界に放り込まれた恋人達。
ちなみに咲生と真琴が異世界召喚された経緯と事件が終わるまでは悠理達は出てきません。
予定では長くても10~15話位までで終わらせて、悠理を出したいと思ってます。