祝杯、グレッセ王都!・妬き餅焼きの聖女様
今日は安定して書けた――――気がしないでもない。
でも、頭が『わーっ!』ってなったりはしなかったから、程々に出来たと思う。
終戦の式典にてアルゥソ・ツイターとヨーナリア・アード・グレッセの結婚が祝福されてより約8時間後…………。グレッセ王都では二人を祝う為に宴が開かれていた。
昼間は式典で厳かな雰囲気に包まれていた中央広場も、今は本来の賑やかな街並みへと戻っている。
酒場や飲食店からテーブルを持ち出し、足らなければタイルに布を敷き、赤ら顔で笑いながら酒を酌み交わして新たな王の誕生を祝う。
結局、アルゥソの宣言はそのまま“プロポーズ”として定着してしまい、あれよあれよと言う間にグレッセ王国の新たな王として迎え入れられる事になった。
あまりにもとんとん拍子に行き過ぎて怖いくらいだが…………、女王補佐となったセレイナやかつての英雄グレフの太鼓判を押されては反論できる者など居ない。それに今のグレッセに一刻も早く新たな求心力が必要不可欠。
此度の一件による活躍や、式典でのパフォーマンスで住民達を魅了した点から言えばまさにうってつけの人材であり、文句の付けようも無かった訳だが。
その様な経緯で、アルゥソと聖女カーニャ、その一行はこの国に腰を落ち着け、国力を回復させながら世界再生へと乗り出す事になったのだった。
そして、そんな一行は宴の最中にどこで何をしているかと言うと――――――――。
「まったく! いきなり、んぐんぐ……プハァっ、結婚とか、モグモグ……なんなのよ!」
「ま、まぁまぁ、落ち着いて姉さん……」
セレイナ達が着替えに使った高級宿“大輪の伯爵亭”にて、聖女として紹介された少女が荒れた様子で酒を飲み、肉料理をがっついていた。今現在、ここにはカーニャ、ノーレ、ファルール、レーレの四人しか居ない。
宴が始まった三時間前は中央広場にて住民と共に愉しんでいたのだが、対応に疲れた今はこうして貸切状態となったここで、仲間内だけの二次会と洒落込んでいる。
最初はマーリィやリスディアも居たのだが、主がおねむの時間となった為、侍女も一緒に二階で一足早く夢の中だ。残ったノーレとファルール、レーレはカーニャの愚痴に付き合っている、と言うのが現在の状況。
ちなみにノレッセアでは地方にもよるが、成人は大体十六から二十の間。カーニャ達姉妹の出身地は十五と早く、もう酒を飲んでも咎められる事はない。――――と言っても、彼女ががぶ飲みしているのはアルコールが最も低く、子供でも酔わないと評判の果実酒だったが。
そして現在の話題はと言えば――――勿論、悠理のこと。
レイフォミアが能力を解放した反動で疲労状態となり、カーニャが目覚めたのは宴が始める三十分ほど前。
彼女からしてみたら、気絶状態から目を覚ますと彼が結婚してこの国の王となって居たと言う急展開っぷりで、既に決まってしまった事だから文句を言う事も出来ず、宴で挨拶する関係上、良く解っていないのにも関わらず二人の結婚を祝福しなくちゃいけないわで…………。
――――要するに、本人達に不満をぶつける機会を逃したので、こうして自棄飲みと馬鹿食いを敢行している次第である。
「これが落ち着いていられますか! ほら、レーレとファルールも付き合いなさいよ」
「あ、ああ……、解った」
『んー、俺は遠慮するぜ。……よっと』
もう何杯目かも解らない果実酒をコップに並々と注がれ、剣幕に圧される形で受け取るファルール。
しかしレーレはそれを断って座っていた椅子から立ちあがり、入り口へ向かって歩き始めた。
「ちょっと! どこ行くのよ?」
『散歩だよ。じゃあな~』
酔っ払いに片足を突っ込んだカーニャが呼び止めようするも、レーレはひらひらと手を振って宿を出て行ってしまう。からんとドアが閉まって場に静かな空気が流れる。
アルコールで鈍り始めた彼女の脳はその付き合いの悪さに更なる愚痴を零す。
「――もうっ、アイツも薄情ね。あれだけユーリにベッタリだったって言うのに……」
悪態をつきながらも、彼女ならきっとこの胸に沸き起こる怒りに共感してくれると、そう思い込んでいただけに誘いを袖に振られたのは少なからずショックでもある。
そんな様子から『ああ、そうか』と何かを悟っ感じでファルールがこう指摘した。
「……成程、カーニャどのはミスターをヨーハどのに取られた気がして寂しい、と?」
「べ、別にそんなんじゃないったら! ちょ、ちょっとだけ、ちょっとだけだし……」
ちょっとだけと口では言いつつも、アルコール以外の要因で顔を赤らめる様は明らかに図星。
そう、怒りの原因は実にシンプル。嫉妬と寂しさ。悠理を召喚してから一ヶ月と十数日…………。
殆どの時間を共に過ごして居たと言うに、気付けば彼は一国の王になっている。と言っても、それは棚から牡丹餅と言うヤツだが。しかしそれでも、それは悠理自身が掴みとった力と絆の結果。
一方の自分も聖女と持て囃されては居るが、それは偶々手に入れた神の力あってこそ。
――――もしかしたら、自分は何も成長してしないんじゃないか、と考えて身震いする。嫌だ、それは。
何だか悠理が遥か遠くの存在となっていく気がして、置いてけぼりにされていくみたいで――――怖い。
「もっと素直になった方が良いと思いますよ?」
「ノーレまで何よもう……。――――アンタ達はどう思ってるのよ?」
見透かした様なタイミングでかけられたノーレの声に内心ビクッとしながら、表情に出さない様に気をつけながらも応じる。
この気持ちを抱いているのは自分だけなのだろうか? 分かちあればいくらか気持ちも楽になるハズだと、そう期待して――。
「私は素直に凄いと思ってますよ? 異世界から来た勇者様が、異国の姫と添い遂げるなんて、まるでお伽噺みたいで」
「女としては複雑だが……、主は主。どうなろうとミスターはミスターだ。祝福しよう――――騎士としては、な」
――――けれども、やはり自分は自分、ノーレはノーレ、ファルールはファルールであると知る。
きっと心のどこかに同じ不安を抱えていても、彼女達は彼女達で既に対処法を確立しているのだろう。各々の胸の内を語りながらも、確かに二人は納得し晴れ晴れと表情をしている。
ノーレは英雄として物語を作りつつある悠理に、キラキラとした顔をしている。それは街の文化や歴史を語る際と同じで生き生きとした輝きをも宿していた。
一方、ファルールは果実酒を飲みながら苦笑交じりに答える。女としては素直に喜べない、自分も少なからず彼に思いを寄せているのだから。けれど騎士としては主の躍進が嬉しくないハズが無い。
だから彼女はどちらか片方ではなく、各々の立場で抱いた思いを肯定することにしたのだ。
それはもしかしたら自分を苦しめるかも知れないが――――その時はその時だと区切りをつけておく。
少なくとも女騎士であるファルール・クレンティアは、そうする。
「へぇ、そうなんだ? ユーリ本人は……どう思ってるのかな? やっぱり、嬉しくてはしゃいでたりするのかしら……」
今、悠理やヨーハ達はここには居ない。王家の一員となったと言う事で、宴の挨拶を済ませた後はグレッセ城へ招待されたのだ。
彼はどう思っているのだろう? 喜んでヨーハと結婚し、二人で幸せな家庭を築いていくのだろうか?
最初に交わした約束通り、悠理はきっとそれを果たすその時まで共に戦ってくれるだろう。
けれどその後は? 遠いまだ見えないの事を考えても無駄かもしれないが、それでも考えてしまう。
戦いが終わった後は自分の世界に帰るのだろうか、それともノレッセアに残るのか。残るとして、彼はやはりヨーハと共に居ることを望むのだろうか…………。
そう思うと、胸がチクリと痛んだ気がした。あくまで、カーニャがそう思っている内は唯の錯覚で済むのだ負だろうけど。
彼女がそんな苦悩をしているとは知る由もなく、ファルールは『ん~…………』と唸っていた。
「本人に聞いてみない事にはサッパリだな…………。ああ、そう言えばそろそろ三時間半経ったのではないか?」
ファルールが宿に置かれた大時計に目を向けると、確かに宴の開始から三時間半が経過していた。
何故そんな事を気にしたかと言えば、それはセレイナから『三時間半が経ったら城へ来てくれて構わない』と言われたからだ。
悠理達がグレッセ城へ行ったのは遊びではなく、アルゥソとして王族の一員になるのに必要な面通しやら、今後の方針などを決める為。だからそれが済むまでは如何にグレッセ解放の功労者である聖女と解放軍と言えども、入場は禁止されていたのだった。
「そう言えばそうですね。姉さん、会いに行ってみたらどうです?」
「そうね……、一言文句いってやろうかしら? アンタ達はどうする?」
酔っぱらい特有の怖いもの知らずな勢いでカーニャが立ち上がる。酩酊状態とは言え、アルコールが低い事もあって泥酔とまではいかない。ファルールから見ても歩いてフラつく心配はないと判断できる。
そして、ノーレは返答に困ったのか、申し訳なさそうな顔をして……。
「えっと、私は――――」
「私達は後でお邪魔しよう。一足先に行くと良い」
――――遠慮します。だって――――と、続きそうになったのをファルールが遮った。
その先を今はまだカーニャに知らせる訳には行かないと判断したからだ。
自分と同じ結論に達した事に気付いてノーレがはっとした表情でファルールを凝視する。
しかしカーニャは場に流れた微妙な空気に気付いた風もない。
「あっそ、じゃあアタシ行って――――」
「――――姉さん」
そのまま一人で宿を出て行こうとするカーニャを、ノーレが呼び止めた。
振り返ればそこに真剣な、ともすれば思い詰めた様な妹の顔があって…………。
「どうしたのよノーレ?」
「あ、あの、後悔しない様にユーリさんの前では素直になってくださいね?」
――――けれども、ファルールに止められた以上は迂闊な言い回しは出来ない。考えに考えた結果として、そう言う言い方しか出来なかった。
「な、ななな、何言ってるよ! それじゃあ、アタシがユーリの事気になってるみたいじゃない!」
「違ったのか?」
「違うわよ……。もうっ、アタシ行くからね?」
カーニャは『じゃあ、貴女は一体なんでそんなに怒っていたんだ?』と言いたげなファルールに背を向けて再び歩き出す。もう二人共その背中に声はかけない。
唯、自分の背に何か意味深な視線が送られた気がしたが、『どうせ二人の茶々だろう』と気には留めなかった。そのまま入り口のドアを押し開いて外へ出る。
カラン、と音が鳴ると同時、夜の寒さが酒で火照った身体を撫で付けた。ぶるっと身震いしながら溜息を吐くと、白い息が零れるのみだ。
「はぁ……、何なのよ……」
自分の胸に潜む怒りと、ノーレに送られた言葉の意味を考えながら、聖女は夜の王都を歩いていく。
――――早く悠理にこの思いをぶつけてやろうと、うっすらと微笑みながら。
次回、グレッセ城でナニをしていたのか編。